天の仙人様
閑話 ザイン1
俺の名前は、ザイン。ザイン=バルドランだ。バルドラン男爵領の領主である。領主といっても四つほどの村をまとめ上げているだけで、大したことはしていない。爵位も男爵程度の小さなものだ。それでも、俺の祖父の祖父の祖父の祖父の代からこの地を治めてきているそうで、その誇りというやつはある。
俺の子供は四人いる。男が三人、女が一人だ。
俺の娘であるアリスは普通の女の子だ。どこにでもいそうなお兄ちゃん子である。しかし、息子たちは天才だ。親バカかもしれない。それでもいい。それだけ、息子たちから才能を感じずにはいられない。
長男のルイスは、魔法の才能がある。
魔法というものは魔力を動かせるようにならなければ使えない。それを自力で出来るようになる人と、他人の力を借りて動かせるようになる人の二種類がいる。前者は10パーセントしかいないと言われているが、正直そこまで少なくはない。俺だってその一人である。
だが、ルイスはそれだけではない。5歳という幼さでありながら、二重元素の発現と、無詠唱を行えるのだ。
無詠唱は、呪文を発することなく魔法を発現させることのできる技術である。ルイスの年齢だと無詠唱の中でも最も初歩と言われる補助無詠唱と言われる方法による無詠唱であろう。補助無詠唱は体で何らかのアクションを起こして、それを起点に魔法の発現を促すという手法である。発現させたい魔法の元素の種類を想起させるアクションを起こすことによりそれは起きる。火の魔法を使う場合は手をこすり合わせるなどである。摩擦を起こし、その熱から発火する。それで炎が生まれると想起することで魔法を出すのだ。最近のルイスは、指を鳴らすだけでよくなったそうだが。
二重元素の発現というものは、火・水・風・土の元素から2種類以上の元素を使用した魔法を発現させることである。基本的に、魔法を攻撃手段として使うためにはこちらの技術を扱えなければならない。例えば、火の元素のみによる魔法というものは火の塊を打ち出し、燃やす。正直火力は期待できない。が、火と風を組み合わせることにより、火の火力を跳ね上げ、風の操作性を火に付与させられ、より激しい動きを持たせられるのだ。これは一例でしかないが、その技術を持つことで、魔法というのは1つも2つも上の段階へ進めるのだ。
普通は、この2つのうち、どちらかはすぐに習得できる。魔法の修練を初めて1,2年もすれば、たいていの奴なら出来るようになっている。が、2つとなると途端に難しくなる。魔法使いの最高峰ともいわれる宮廷魔術師たちですら、10年はかかると言われている。それを、5歳の息子が両方できるというのだ。これで、天才だと思わないほうがどうかしていないだろうか。英雄叙事詩にえがかれるような大賢者に匹敵するほどの才能があるかもしれないと、親ながらに思ってしまうわけだ。
などと考えながら、仕事をしていると、ルイス本人が俺の部屋に入ってきた。この仕事部屋には基本的に誰も寄り付かないのに、珍しいことである。みんな、俺の仕事を邪魔しないようにと気を使っているのだろうと思う。俺は、それがなぜだか嬉しく感じる。
俺はルイスを見やると、ルイスは顔を真っ赤にして涙を目じりに溜めながらこちらを睨み付けるように見ていた。俺はこのような顔をするルイスなど見たことがなかった。いつもみたいに冷静な顔つきではないのだ。ここまでの、感情を見せてくるというのはなかなかに貴重だろう。だが、男はこういう顔を他の人に見られるのがあまり好きではない。だから、誰にも言わないでおいてやろうと思う。父のやさしさだ。
「どうした? その顔を見る限り何かあったんだろう?」
わからないものは聞いてみるしかなかった。そして、ルイスはその言葉を肯定するように静かに頷いた。
「父さん、僕に剣術を教えてください」
ルイスは頭を下げて俺に言った。
ルイスは魔術の才能はあったが、そのせいか剣術というものに全く興味を示さなかった。おそらくは、魔法だけで十分なのではないかと思っているのだろう。たしかに、強大な力を持つ魔法使いは、剣術が出来ないこともある。そのせいだろうか、俺とカインが何度か無理やり誘ってやらせてみたが、つまらなそうにしているのは俺もわかっていたし、そんなことでは剣もうまくなることはないだろうと、誘うのはもうやめていたのである。しかし、自分から剣術を教えてほしいなどと言ってくるとは。俺はつい頬を緩めてしまう。
いや、先ほどの顔は。おそらく。俺は、すぐさま頬のゆるみを取り払い、顔を引き締めるのである。
「そうか。真剣にやるか?」
「はい、父さん」
その目はしっかりと俺のことを見ていた。真っ直ぐとした目であった。それだけ、ルイスがこれからの修練を真剣にしてくれるであろうことはわかる。
「だったら、教えてあげよう。今日はまだ仕事が残っているし、明日からで大丈夫か?」
「大丈夫です、父さん。……ありがとう」
恥ずかしそうに顔をうつむけると、すたすたと部屋の外に出てしまった。魔法の才能はあるが、こういうところはまだまだ子供だと思わざるを得ない。
俺は、さっさと仕事を終えると、廊下に出る。すると、カインとアランの二人が話していた。
カインは次男である。アランは三男。
カインはルイスとは違って魔法の才能はない。一応魔法を発現させることは出来ているが、それだけだ。しかし、カインは戦闘センスがとても優れていると思う。野生的である。直観が異常に優秀なのだ。子供ながらに、フェイントをうまく混ぜ合わせる。そして、俺がカウンターを合わせようとすると、すぐさま距離をとる。たまに、俺の攻撃に合わせたカウンターを完ぺきなタイミングで放ってくる。衝撃を綺麗に伝えるのも上手い。なんというのか、獣のような神経をしていると感じざるを得ない。聞いてみたことがあるが、なんとなく来るというのがわかるそうだ。ぴりぴりとした神経を張り巡らせているのだろうというのがはた目にもわかるのだ。将来は、騎士団長クラスの実力者になることだろう。
アラン。こいつは、水面みたいな子供だと思う。剣も魔法も水のように軽やかに扱う。カインの直観の裏をかいて攻撃できると言ったほうがいいのか。動きに掴みどころがない。アランは戦っているのではなく舞っているのだと言われても信じてしまうだろう。それに、見つめられるとたまにだが、ドラゴンに見透かされているかのような錯覚を覚える。罪をのぞき込まれているような、そんな気分になる。悪いことをしていないのに、悪いことをしたような気分にされる。独特の雰囲気を持っている。エルフの森に入り込んで住み着いていても不思議ではない。それに、努力家か。ルイスが文字を覚えたと報告した後、アランは、文字の覚え方をルイスに聞いたらしい。「使用人に本を読んでもらって、その内容を全部頭に入れて本を自分で読みながら文字を合わせていくと覚えられるよ」なんて言ったそうだが。そんなことで覚えられるルイスもなかなかだが、アランもよくそれを実行しようと思ったものだ。しかし、それを実現して自分も覚えたなどと言ったものだから、頭が下がる。
「お前らか? ルイスを泣かしたのは? 顔を赤くしながら俺のところまで来たのだぞ」
俺は二人の前に立ち、質問をした。カインはバツが悪そうに下を向いたが、アランは真っすぐに俺を見ている。こちらが目をそらしてしまいそうになるが、俺は必死にその衝動に抗う。アランはおそらく、悪いことをしているつもりはないのだろう。ただそれだけだ。
「はい」
「アラン!」
アランは答えた。それにカインは驚いた声を上げる。
「どうしてだ?」
「あのままだと、ルイス兄さんが食べられると思ったからです。兄さんの力はとても強い。だからこそ、食べられてしまうことに俺はそもそもの怒りを覚えたのかもしれません」
「何にだい?」
「自然に、です。父さん。ルイス兄さんの力では自然に抗うことは出来ません。慈悲もなく殺されるのが見えました」
アランは俺の質問に全て答えたが、俺は意味がわからなかった。カインもよくわかっていないらしい。
「カインはどうしてだ?」
「え? あ、えーっと。……魔力があんなにあるのに、剣術が下手糞なのがもったいないから」
「そうだな」
カインはルイスのことを思っていたのだろう。アランもおそらくは同じような意味だと思う。魔物に殺されるのではないかということを言いたいのだろう、きっと。
カインは申し訳なさそうにしている。アランは全くの逆だ。ここまで堂々としているのは将来大物にでもなりそうだ。
「そうだな。ルイスはまだまだ弱い。それがわかったことだろう。でも、あいつはそれを乗り越えて努力できる男だと思っている。お前たちもそう思うだろ」
二人は、静かに頷いた。俺はそれを見て満足した。二人とも、しっかりとルイスのことを思ってくれているだけということなのだからな。
「じゃ、二人とも、下に降りるぞ。きっと、夕飯が出来ている」
「「はーい」」
俺たち三人は階段を下りて行ったのだった。
俺の子供は四人いる。男が三人、女が一人だ。
俺の娘であるアリスは普通の女の子だ。どこにでもいそうなお兄ちゃん子である。しかし、息子たちは天才だ。親バカかもしれない。それでもいい。それだけ、息子たちから才能を感じずにはいられない。
長男のルイスは、魔法の才能がある。
魔法というものは魔力を動かせるようにならなければ使えない。それを自力で出来るようになる人と、他人の力を借りて動かせるようになる人の二種類がいる。前者は10パーセントしかいないと言われているが、正直そこまで少なくはない。俺だってその一人である。
だが、ルイスはそれだけではない。5歳という幼さでありながら、二重元素の発現と、無詠唱を行えるのだ。
無詠唱は、呪文を発することなく魔法を発現させることのできる技術である。ルイスの年齢だと無詠唱の中でも最も初歩と言われる補助無詠唱と言われる方法による無詠唱であろう。補助無詠唱は体で何らかのアクションを起こして、それを起点に魔法の発現を促すという手法である。発現させたい魔法の元素の種類を想起させるアクションを起こすことによりそれは起きる。火の魔法を使う場合は手をこすり合わせるなどである。摩擦を起こし、その熱から発火する。それで炎が生まれると想起することで魔法を出すのだ。最近のルイスは、指を鳴らすだけでよくなったそうだが。
二重元素の発現というものは、火・水・風・土の元素から2種類以上の元素を使用した魔法を発現させることである。基本的に、魔法を攻撃手段として使うためにはこちらの技術を扱えなければならない。例えば、火の元素のみによる魔法というものは火の塊を打ち出し、燃やす。正直火力は期待できない。が、火と風を組み合わせることにより、火の火力を跳ね上げ、風の操作性を火に付与させられ、より激しい動きを持たせられるのだ。これは一例でしかないが、その技術を持つことで、魔法というのは1つも2つも上の段階へ進めるのだ。
普通は、この2つのうち、どちらかはすぐに習得できる。魔法の修練を初めて1,2年もすれば、たいていの奴なら出来るようになっている。が、2つとなると途端に難しくなる。魔法使いの最高峰ともいわれる宮廷魔術師たちですら、10年はかかると言われている。それを、5歳の息子が両方できるというのだ。これで、天才だと思わないほうがどうかしていないだろうか。英雄叙事詩にえがかれるような大賢者に匹敵するほどの才能があるかもしれないと、親ながらに思ってしまうわけだ。
などと考えながら、仕事をしていると、ルイス本人が俺の部屋に入ってきた。この仕事部屋には基本的に誰も寄り付かないのに、珍しいことである。みんな、俺の仕事を邪魔しないようにと気を使っているのだろうと思う。俺は、それがなぜだか嬉しく感じる。
俺はルイスを見やると、ルイスは顔を真っ赤にして涙を目じりに溜めながらこちらを睨み付けるように見ていた。俺はこのような顔をするルイスなど見たことがなかった。いつもみたいに冷静な顔つきではないのだ。ここまでの、感情を見せてくるというのはなかなかに貴重だろう。だが、男はこういう顔を他の人に見られるのがあまり好きではない。だから、誰にも言わないでおいてやろうと思う。父のやさしさだ。
「どうした? その顔を見る限り何かあったんだろう?」
わからないものは聞いてみるしかなかった。そして、ルイスはその言葉を肯定するように静かに頷いた。
「父さん、僕に剣術を教えてください」
ルイスは頭を下げて俺に言った。
ルイスは魔術の才能はあったが、そのせいか剣術というものに全く興味を示さなかった。おそらくは、魔法だけで十分なのではないかと思っているのだろう。たしかに、強大な力を持つ魔法使いは、剣術が出来ないこともある。そのせいだろうか、俺とカインが何度か無理やり誘ってやらせてみたが、つまらなそうにしているのは俺もわかっていたし、そんなことでは剣もうまくなることはないだろうと、誘うのはもうやめていたのである。しかし、自分から剣術を教えてほしいなどと言ってくるとは。俺はつい頬を緩めてしまう。
いや、先ほどの顔は。おそらく。俺は、すぐさま頬のゆるみを取り払い、顔を引き締めるのである。
「そうか。真剣にやるか?」
「はい、父さん」
その目はしっかりと俺のことを見ていた。真っ直ぐとした目であった。それだけ、ルイスがこれからの修練を真剣にしてくれるであろうことはわかる。
「だったら、教えてあげよう。今日はまだ仕事が残っているし、明日からで大丈夫か?」
「大丈夫です、父さん。……ありがとう」
恥ずかしそうに顔をうつむけると、すたすたと部屋の外に出てしまった。魔法の才能はあるが、こういうところはまだまだ子供だと思わざるを得ない。
俺は、さっさと仕事を終えると、廊下に出る。すると、カインとアランの二人が話していた。
カインは次男である。アランは三男。
カインはルイスとは違って魔法の才能はない。一応魔法を発現させることは出来ているが、それだけだ。しかし、カインは戦闘センスがとても優れていると思う。野生的である。直観が異常に優秀なのだ。子供ながらに、フェイントをうまく混ぜ合わせる。そして、俺がカウンターを合わせようとすると、すぐさま距離をとる。たまに、俺の攻撃に合わせたカウンターを完ぺきなタイミングで放ってくる。衝撃を綺麗に伝えるのも上手い。なんというのか、獣のような神経をしていると感じざるを得ない。聞いてみたことがあるが、なんとなく来るというのがわかるそうだ。ぴりぴりとした神経を張り巡らせているのだろうというのがはた目にもわかるのだ。将来は、騎士団長クラスの実力者になることだろう。
アラン。こいつは、水面みたいな子供だと思う。剣も魔法も水のように軽やかに扱う。カインの直観の裏をかいて攻撃できると言ったほうがいいのか。動きに掴みどころがない。アランは戦っているのではなく舞っているのだと言われても信じてしまうだろう。それに、見つめられるとたまにだが、ドラゴンに見透かされているかのような錯覚を覚える。罪をのぞき込まれているような、そんな気分になる。悪いことをしていないのに、悪いことをしたような気分にされる。独特の雰囲気を持っている。エルフの森に入り込んで住み着いていても不思議ではない。それに、努力家か。ルイスが文字を覚えたと報告した後、アランは、文字の覚え方をルイスに聞いたらしい。「使用人に本を読んでもらって、その内容を全部頭に入れて本を自分で読みながら文字を合わせていくと覚えられるよ」なんて言ったそうだが。そんなことで覚えられるルイスもなかなかだが、アランもよくそれを実行しようと思ったものだ。しかし、それを実現して自分も覚えたなどと言ったものだから、頭が下がる。
「お前らか? ルイスを泣かしたのは? 顔を赤くしながら俺のところまで来たのだぞ」
俺は二人の前に立ち、質問をした。カインはバツが悪そうに下を向いたが、アランは真っすぐに俺を見ている。こちらが目をそらしてしまいそうになるが、俺は必死にその衝動に抗う。アランはおそらく、悪いことをしているつもりはないのだろう。ただそれだけだ。
「はい」
「アラン!」
アランは答えた。それにカインは驚いた声を上げる。
「どうしてだ?」
「あのままだと、ルイス兄さんが食べられると思ったからです。兄さんの力はとても強い。だからこそ、食べられてしまうことに俺はそもそもの怒りを覚えたのかもしれません」
「何にだい?」
「自然に、です。父さん。ルイス兄さんの力では自然に抗うことは出来ません。慈悲もなく殺されるのが見えました」
アランは俺の質問に全て答えたが、俺は意味がわからなかった。カインもよくわかっていないらしい。
「カインはどうしてだ?」
「え? あ、えーっと。……魔力があんなにあるのに、剣術が下手糞なのがもったいないから」
「そうだな」
カインはルイスのことを思っていたのだろう。アランもおそらくは同じような意味だと思う。魔物に殺されるのではないかということを言いたいのだろう、きっと。
カインは申し訳なさそうにしている。アランは全くの逆だ。ここまで堂々としているのは将来大物にでもなりそうだ。
「そうだな。ルイスはまだまだ弱い。それがわかったことだろう。でも、あいつはそれを乗り越えて努力できる男だと思っている。お前たちもそう思うだろ」
二人は、静かに頷いた。俺はそれを見て満足した。二人とも、しっかりとルイスのことを思ってくれているだけということなのだからな。
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