天の仙人様

海沼偲

第13話 森中の自然の巡り

 俺は三歳になった。大きくなったものだ。三歳の誕生日を迎えた日を境にお師匠様が来なくなってしまったが、これからは自分自身で仙術を磨いていく必要があるとのことだ。がんばろう。俺はそう意気込むのである。
 俺は今、森の中にいる。一人でだ。子供一人で森の中に入ることは出来る。しかし、決められた範囲だけだ。で、俺はその範囲内で森の中に入っている。その区域は危険な生物が出てこないと言われている範囲だ。だから、親もそこまで心配しない。特に俺は、魔法も使えるし、いざとなったら逃げだすことぐらいはできるだろうと思われているのだ。むしろ、そうじゃないとこの世界は生き残れない。人同士の殺し合いで死ぬことは少ないが、他の生物に殺されることが非常に多い。人間が絶対的な食物連鎖の頂点にいるわけではないのだ。とはいえ、人間を食べるというよりも、返り討ちにあって死ぬということの方が何倍も多いが。まあ、仙術の訓練としても森の中というのはいいところなのだ。自然の力に満ち溢れていて。

「よしっと」

 俺は最近見つけた、ひときわ大きな岩の上に乗り、瞑想を開始する。すうっと、自然に溶け込むかのような感覚の中に溺れていくのである。
 ここは非常に心地がいい。森の中は基本的に木が日の光を遮っているために薄暗いのだが、この岩の周囲には日差しが入り込んできており、程よい温かさを感じることが出来る。日光浴は生物にとって重要な要素だからな。
 森の中には自然のすべてが詰まっている。そのために、仙術との相性は最高であると言わざるを得ない。寒さも暑さも、温かさも冷たさも、そのすべてがここに存在していた。その面の全てが知覚できるし、一面しか知覚できない。自然は微笑み、怒り、悲しみ、楽しんでいる。俺はそれを感じるまでになったのだとしみじみと思うが、まだまだその程度では仙人とはいえないであろう。仙人であるが、仙人には程遠いゆるりとした存在であるのだ。だからといって急がない。時間の流れに沿ってゆったりと身を乗せる。急ぐことに意味はない。過去も今も未来も、永遠に変わらずに動いている。俺はそれを歩いていればいいのだ。

 どれほどか。草むらから何かが迫ってくる音が聞こえてくる。俺は片目を開けてそれを確認すると、そこにはオオカミがいた。こちらをすんすんと鼻を嗅いで誰かを確かめているようだ。だが、少なくとも彼の知り合いの中に俺はいないだろう。なにせ、俺自身がオオカミと初めて遭遇したのだから。
 魔物か動物かを見分ける手段として最も簡単なことは魔力をみることである。動物や植物は魔力が一か所にとどまり動くことはない。そうでなければ魔物である。魔物は俺たちと同じように魔力を絶え間なく動かしているからな。
 で、俺の目の前にいるオオカミは動物だ。のそのそと俺の近くへと寄ってくると、俺の背中に体重を預けるように横になる。俺がたとえ触れたとしても、そこに嫌悪感を示すということはしない。ただ、されるがままになることを受け入れたかのように体を預けているのであった。

「グルル……」

 とても気持ちよさそうに目を細めている。
 仙術の基本は自然の力と俺の中に存在する力の交換である。循環である。俺の体内にあるエネルギーを外に放出し、自然に存在するエネルギーを俺の中に取り込む。この循環が仙術の源である。このときに発生する空間は他の生き物にも影響を示し、疲労の回復など自然治癒能力の向上などがある。と、お師匠様が言っていた。
 どうやら、オオカミはそれに本能で気づいているらしい。だから、俺に対して何の警戒も示していないのだろう。ただ安らぐように安心しきった顔で俺のそばに陣取っているのだから。俺でなければ、すぐにでも殺されて毛皮を売られてもおかしくはないだろう。だが、俺はそれはしない。彼に対する裏切りでもあるし、毛皮として彼を着たとしても、それは美しくないように思えたのだからであった。
 またお客が来た。今度は熊だった。これも動物である。

「がう」

 一声上げると近くの木にもたれかかって目をつむった。どこから足を運んできたのだろうか。動物たちにはこの空間を知覚する能力が備わっているのか。少なくとも、この場所には危険な生物が現れることはないと言われているのだから。だからこそ、どこからここまで遠出してきたのかが気になって仕方がなかった。もし見つかったら、二度とこの場所に入ることは出来ないだろう。俺はそれをわずかに恐れた。
 小鳥たちもオオカミや熊に恐れることなく俺の肩へと乗る。誰もが目を細めこの快楽に抗うことをしないようであった。
 俺は周囲を見渡すと、軽く微笑んで再び目を閉じる。自然の大いなる力を感じ、自身と同調させ、頂く。永遠に存在し続けるエネルギーの流れを感じ続けることなのだ。
 俺の瞳から涙がこぼれる。偉大なものに感謝し、震え、俺の心をより強くする。そのための大事な儀式なのだろうと。
 ゆったりとした永遠にも感じる力の本流の中で、俺の精神はゆっくりと溶け込んでいくのであった。

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