覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

宇喜多直家VS舩坂弘

 舩坂弘と名乗る男は「そいや」と掛け声と共に飛び上がった。
 直家に放たれた技は、先ほどと同じ手刀。指の先まで真っ直ぐに伸びきった貫手突きを繰り出した。

 一瞬の交差。

 直家は避けると同時に胴に剣を走らせる。
 またもや、金属音が鳴り響いた。距離を取り、両者相見える。
 しかし、直家の顔には怪訝な表情が浮かんでいた。
 その理由は手ごたえ。舩坂の胴体を打ち抜いた時、剣を通じて伝わってきた質量が異常であった。
 服の下に鎧を着こんでいたり、あるいは鋼の板を身につけていたり、あるいは鎖帷子で剣を防御する者もいる。しかし、自身の愛刀である備前長船から伝わった質量は、まるで鉛の塊。
 ……そう、舩坂弘という男の全身が金属でできているかのような奇妙な手ごたえだったのだ。
 間合いが離れる。
 「マキビ、手を出すなよ」と直家はマキビに声を飛ばした。
 まさにマキビは、舩坂が離れたのを狙って魔法を放つ直前だった。
 「……わかりました」とマキビは答えると、戦いの邪魔にならないように離れ、距離を取った。
 「さて……」と直家は、舌なめずりをする。
 「1対1だ。ここからは本気で行かせてもらうぜ」
 言葉が終わると同時に直家の体から黒いもやが放出される。
 これが直家が持つ魔法である。 

 『狂気解放』

 《渡人》としての直家の特色は『狂気』にある。 
 その『狂気』を魔法に練り混ぜ、周囲に放出する。これが黒いもやに変わり、肉眼でも確認できるようになっているのだ。
 つまり、黒い靄は直家が放つ高密度な狂気。それに触れた人間は、錯乱や発狂といった精神汚染を受けることになる。
 しかし――――直家が放つ狂気を受けても舩坂弘は平然としていた。

 「ほう、俺の魔法で錯乱せぬか。お前、本当に人間か?」

 直家の言葉に舩坂弘は肯定も否定もしない。ただ、無手で構えて直家を待っている。その表情には、なんら変化が見て取れる事はない。
 直家は前に出る。それに合わせて舩坂弘は後ろに下がる。
 しかし、舩坂弘は下がれなかった。直家が放出した靄は、込められた魔力によって質量を有していたのだ。
 その抵抗は、水中と同等。急激に舩坂弘の動きが鈍る。
 1撃 2撃 3撃と直家は剣を振るい。舩坂弘は、避ける事もできず直撃を受けた。
 だが、舩坂弘は五体満足だった。
 むしろ、直家の刀が悲鳴を上げている。
 それを見た直家は、攻撃を止めて後ろへ飛んで距離を取る。
 「うむ……」と直家は愛刀を見つめ、片手を上げてマキビへ合図を送る。

 「マキビよ。進言を許す。あやつをどう見る」

 直家を言葉を受け、すぐにマキビは考えを述べる。
 「おそらくは傀儡の体。魔石―――魔力が込められた鉱物によって作られた人形に魂を込められているかと……」
 「なるほど、つまりはカラクリ人形か。ならば……」

 直家は再び前に出る。だが、動きが先ほどとは、まるで違う。
 氷の地面を滑っているかのような動き。最小の動きで素早く舩坂弘の周囲を回る。
 そして、直家が放ったのは初動作を隠した突きの連続技。
 それが止まらない。頭から足先まで、突きが舩坂弘の全身を襲う。
 しかし、舩坂弘も体の頑丈さに物を言わせて全て受けるわけではない。
 払い、受け、避ける。
 異常なのは、その攻防が終わらない。
 長い。一体いつ終わるのか? マキビがそう考えた次の瞬間には、攻防が終わっていた。
 不意に両者の動きが止まる。
 直家が疲労して止まったとか、舩坂弘が戦闘不能になったわけではない。
 遠巻きに見ていたマキビには、何が起こったのかわからない。

 「やはり、顔だけは守るか。精密な絡繰りからくりならば、精密なほど衝撃には弱いと思ったぞ」
 「……」

 舩坂弘は無言だった。その姿を見て宇喜多直家は笑う。
 直家は上段の構えを取ると、全身に力みを込めていく。

 そして―――

 裂帛の気合と共に刀を振り落す。


 「……参った」

 舩坂弘が降参の声を出した。
 直家が刀を止めたのは舩坂弘の頭部と触れるか、どうかの位置であった。
 直家は、そのまま刀を鞘に納める。なぜか、不機嫌な様子だった。

 「手を抜きやがったな」

 吐き出すような直家の声に舩坂弘は首を横に振った。

 「……本気でしたよ」
 「いいや、お前は剣客のソレを持ち合わせている。素手の時点で本気だったとは思えない」

 舩坂弘は、無表情だった顔を変化させ、驚きを表現していた。

 
 

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