覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

曹丕、童心へ帰る

 「関羽、見よ。人がいるぞ」

 山を下り、人里と発見した曹丕と関羽。
 あさげの準備か、朝早くから、畑で野菜を取っている女性を見つける。
 異国の文化が強い地なのか、頭に布を巻いているようだ。
 しかし、近づいてみて2人は驚いた。
 布に見えたのは髪だったのだ。絹のように美しく金色に輝く髪。
 金髪碧眼の少女。肌の色も白く、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
 驚いたのは少女の方も同じか、2人の姿を見るやいなや走って逃げてしまった。
 そこで、2人は自分達の姿を思い出した。
 燃え盛る宮殿から脱出し、幾人もの袁紹軍の兵を切り捨て、山を夜通し走り、奇っ怪な妖怪変化と戦闘を行った。 全身が泥と返り血にまみれて、さらに焦げ臭い異臭が発しられている。
 年頃のおなごならば、自分達の姿を見て逃げ出すは道理であろう。
 そう結論付け、2人は身を清めようと井戸を探した。

 「北の民族には、ああいった者がいるとは聞いていたが、美しかった」

 井戸場で汚れを落としている最中に曹丕は口にした。
 その表情は、先ほどの少女へ恋心を抱いいているかのように見える。

 「ほほう。曹丕どのの目にかないましたな」

 関羽は笑いながら口にするも、内心では『父親の曹操と同じような女ぐせの悪さがあるのではないか』と不安があった。
 しかし、意外にも曹丕の反応は頬を赤く染め、動揺を隠せずにいた。

 「うぶ・・・…ですな」

 関羽の呟きに、あたふたと慌てる曹丕。
 張り詰めた緊張感が途切れたのか、2人とも笑いあった。
 体の汚れを落とし、衣服の洗濯を始めた頃にガヤガヤと人の声が聞こえてきた。
 見ると、先ほどの少女が村の大人たちを連れてきたようだ。
 予想はしていたが、彼女だけが特別に変わった髪と瞳を有していたのではなく、村人の多くが金髪碧眼の姿。それ以外の者も、朱に染まったかのような髪や目。あるいは藍色。
 黒髪の者は皆無であった。

 「誰か、言葉がわかる者はおらんか!」

 関羽の声に対して、村人は互いの顔を見合わせる。
 やはり、言葉は通じてない様子。おそらく、漢民族とは別の民族なのだろう。
 しかし、これは困ってしまった。
 今、知りたい事は官渡の戦い以後の情勢なのだが・・・・・・
 これでは、この場所がどこなのかすら把握できないではないか。
 困っていると、村人の中から老人が前に出てきた。
 他の村人のような変わった色の髪ではなく、長い白髪であった。
 長く伸ばした白髪に腰の辺りまである長い髭。
 表情は隠れきっていて、感情は読めない。
 服も白で統一され、長い袖と裾が特徴的ではある。
 片手には大きな杖を持っており、その姿は、仙人を思い起こさせる。

 『ここはドレッガ村と言います』

 突然、頭の中に音が響いた。それが言葉であるということに気がつき2人は驚愕する。
 おそらく、目の前の老人から発された物、そう判断した関羽は腰を落とし、構えを取る。
 それに対して曹丕は・・・・・・ 
 悠々と老人に近づいて行った。

 「ご老人!そなた仙人であるか!他には、他には何ができる」

 その姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた童のようであった。
 関羽の制止など、まるで聞こえぬように矢継早に老人へ質問を投げかけ続けた。

  



 暫くして、2人が案内されたのは村の中央にある広場であり、席が用意されていた。
 2人が席へ着くやいなや、2人の前に料理が運ばれてくる。
 曹操の後継者である曹丕は宴会などの席になれている。また関羽も宴会には慣れている。
 関羽の場合は義兄弟である劉備が、漢の将軍であり、有名な儒学者であった盧植を師事していたこともあり、各地の権力者達に劉備は受けが良かったのだ。
 そんな2人ですら、運ばれてきた料理は、初めて見る物ばかりであった。
 そんな中、自分達も知っている食べ物を見つけ、手を伸ばした。
 周囲の者達がどう食べているか、キョロキョロと確認しながら口へ運んで行く。

 「うまい!」 
 「なんと美味であるか!」

 2人が最初に食べたものは、パンであった。
 中華に小麦が伝わったのは、官渡の戦いよりも300年前の紀元前1世紀頃と言われている。
 当然、2人ともパンの存在は知っていた。
 しかし、ここで口にしたパンの味は、今までに食べたことがない物であった。
 「うまいうまい」と2人は声を揃えて、他の食べ物も口にして行く。
 考えてみれば、宮殿を後にしたのが、昨日の夜。それから夜通し走り続けていた。
 今まで食べ物を口にする暇などなかったのだ。

 『ほっほほ、楽しんでおられますかな』

 またも頭に声が響き、例の老人がやってきた。
 曹丕は、すっかり老人を気に入ったの、目に見えるや飛んでいった。

 「このような宴会は初めてですよ、ご老人! さぁさぁこちらの席へお座りください」

 なんという好奇心。それは父親である曹操から受け継いだものらしく、関羽には曹丕と曹操を重なって見えていた。
 

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