覇王の息子 異世界を馳せる
関羽、自身の未熟さを喜ぶ
だが、男の口から出てきた物は、彼の名ではなかった。
代わりに出た物は―――
どす黒く、液体と個体の中間のようなものであり、それが血であると即座に判断がつかなかった。
吐血。男は腹の辺りを抑え、大量の血液を口からばらまいた。
それだけでも異常な光景と言ってもいいかもしれない。
だが、男の身に起こった変化はそれだけには収まらない。
体から煙が立ち上っていく、離れている場所からも感じられる熱量。
腰まで伸びていた髪が白く染められていく。
顔に皺が走り、急激な衰え―――
つい先程まで若者と言っても良かった男が、老人へと変わっていく。
何が起こったのか?あまりにも唐突な出来事に関羽は反応ができない。
理解できない現象。これは、この世界における仙術。
確か・・・・・・魔法。そう、魔法による現象ではないのか?
関羽には、そう結論付けたところで、この光景に対して、どうする術も持っていない。
できることは、ただ見続ける事しかできない。
そう思った次の瞬間―――
関羽と男の間に風が走った。
風が止むと、新たに男が立っていた。奇妙な装いの男であった。
背丈は小さく、手足が隠れるほどの大きめの着物を身につけている。
何より奇妙なのは顔である。顔が奇妙という意味ではない。
なにより、その顔が見えないのだから、奇妙も何もない。
その男は包帯のような頭巾を被り、顔全体を隠していたのだ。
関羽はこの小男に警戒心を強める。
先程まで戦っていた若者が、急激な老化を見せた。関羽はそれを魔法だと判断したのだが、目の前の小男の現れ方。風と共に現れたあの方法は、まさしく関羽の知る仙術そのものであった。
仙術。この世界でいう魔法。
この小男の仕業で、目の前の若者が血を吐き、苦しみながら老化していっているのではないか?
そう考えるのは道理であろう。だが、その予想はあっさりと裏切られる事になった。
「私の名前はマキビといいます。今、この者に軍師として仕えております」
確かにマキビと名乗る小男は、今なお血を吐き続ける若者を庇うように立っているようにも見える。
そして、マキビは話をこう続けたのであった。
「我が君主は、悪性の腫瘍を体に宿しており、我が秘術により治療を行っている最中なのでございます。こちらから刀を向けた非礼を謝りますゆえ、どうか刀を引いてくだされいませ」
マキビの哀願は鬼気迫るものがあり、関羽は「うむ」と唸り声をあげた。
確かに、病気で血を吐き、四つん這いに身を縮めた者を切り捨てたとあっては、武人としての恥ではある。
さらに言ってしまうと、刃を交えた時には若き好敵手であったが、今の姿は老人である。
どのような理由があれ、病弱な老人を切り捨てる事はできない。
それに理由・・・・・・。
考えてみると、なぜ、この者が我等に襲いかかってきたのか、その理由も聞いていない。
どのするにしても、まずは治療を進めさせるべきであろう。
そう結論づけ、関羽は構えを解き、青龍偃月刀を下ろし、戦いの終決を示した。
だが―――
「関羽殿、まだ相手はやる気ですぞ」
それは、静かでありながら、遠くまで響くような不思議な声であった。
声の主は、曹丕。
彼は、馬車の荷台に腰をかけたまま、足をぶらぶらとさせながら、今だに書物に目を通していた。
関羽やマキビ、うずくまる老人。その場にいる者を一瞥する事すらない。
一見すれば、これまで繰り広げられた戦いにまるで興味がないかのように見えるだろう。
しかし、その声には力強く断定する響きが含まれていた。
関羽は曹丕に目を向け、その意を汲むと、慌てて視線を戻した。
四つん這いで倒れこみ身動き一つしない老人。
しかし、地面と顔の隙間、僅かな空間から覗いて見える眼光の鋭さは衰えていなかった。
まるで獰猛な猛禽類が獲物を襲う瞬間に見せる眼光。
このまま無防備に近づいていたのならば、一太刀、浴びていたかもしれぬ。
認めなければなるまい。自分の未熟さを。
その一方、湧き上がってくる歓喜はなぜか?
この世界に来て僅か数日間、自身の物差しが役に立たない事を何度経験しただろうか?
まだまだ、この関雲長。自身を未熟者と実感させられるほどの世界に喜びを感じている。
曹丕の言う通り、戦いは終わっていない。そう判断した関羽は後ろに下がり、老人との距離を離す。
すると、うずくまっていた老人が立ち上がる。
その足取りはフラフラとぎこちなく、立ち姿は、まるで幽鬼。
マキビの言葉に嘘偽りはなく、病が体を蝕んでいるのは事実なのであろう。
だが、老人は戦う事とやめようとしない。
マキビは自らの主君を止めようとするも、何か言葉をかけられ、後ろへと下がった。
再び空気が張り詰め、場所は完全に戦場へと変化した。
目の前の老人が、何か喋る。言葉は分からないはずであるが、何となく意味は通じた。
老人が喋った言葉の意味はこうだ。
「てめぇが手を差し伸べてきたら、切り捨ててやったのに残念残念」
老人の顔に張り付いていたのは、強烈な笑みであった。
関羽もそれに応えて、笑みを浮かべる。
それが再戦の合図となった。
代わりに出た物は―――
どす黒く、液体と個体の中間のようなものであり、それが血であると即座に判断がつかなかった。
吐血。男は腹の辺りを抑え、大量の血液を口からばらまいた。
それだけでも異常な光景と言ってもいいかもしれない。
だが、男の身に起こった変化はそれだけには収まらない。
体から煙が立ち上っていく、離れている場所からも感じられる熱量。
腰まで伸びていた髪が白く染められていく。
顔に皺が走り、急激な衰え―――
つい先程まで若者と言っても良かった男が、老人へと変わっていく。
何が起こったのか?あまりにも唐突な出来事に関羽は反応ができない。
理解できない現象。これは、この世界における仙術。
確か・・・・・・魔法。そう、魔法による現象ではないのか?
関羽には、そう結論付けたところで、この光景に対して、どうする術も持っていない。
できることは、ただ見続ける事しかできない。
そう思った次の瞬間―――
関羽と男の間に風が走った。
風が止むと、新たに男が立っていた。奇妙な装いの男であった。
背丈は小さく、手足が隠れるほどの大きめの着物を身につけている。
何より奇妙なのは顔である。顔が奇妙という意味ではない。
なにより、その顔が見えないのだから、奇妙も何もない。
その男は包帯のような頭巾を被り、顔全体を隠していたのだ。
関羽はこの小男に警戒心を強める。
先程まで戦っていた若者が、急激な老化を見せた。関羽はそれを魔法だと判断したのだが、目の前の小男の現れ方。風と共に現れたあの方法は、まさしく関羽の知る仙術そのものであった。
仙術。この世界でいう魔法。
この小男の仕業で、目の前の若者が血を吐き、苦しみながら老化していっているのではないか?
そう考えるのは道理であろう。だが、その予想はあっさりと裏切られる事になった。
「私の名前はマキビといいます。今、この者に軍師として仕えております」
確かにマキビと名乗る小男は、今なお血を吐き続ける若者を庇うように立っているようにも見える。
そして、マキビは話をこう続けたのであった。
「我が君主は、悪性の腫瘍を体に宿しており、我が秘術により治療を行っている最中なのでございます。こちらから刀を向けた非礼を謝りますゆえ、どうか刀を引いてくだされいませ」
マキビの哀願は鬼気迫るものがあり、関羽は「うむ」と唸り声をあげた。
確かに、病気で血を吐き、四つん這いに身を縮めた者を切り捨てたとあっては、武人としての恥ではある。
さらに言ってしまうと、刃を交えた時には若き好敵手であったが、今の姿は老人である。
どのような理由があれ、病弱な老人を切り捨てる事はできない。
それに理由・・・・・・。
考えてみると、なぜ、この者が我等に襲いかかってきたのか、その理由も聞いていない。
どのするにしても、まずは治療を進めさせるべきであろう。
そう結論づけ、関羽は構えを解き、青龍偃月刀を下ろし、戦いの終決を示した。
だが―――
「関羽殿、まだ相手はやる気ですぞ」
それは、静かでありながら、遠くまで響くような不思議な声であった。
声の主は、曹丕。
彼は、馬車の荷台に腰をかけたまま、足をぶらぶらとさせながら、今だに書物に目を通していた。
関羽やマキビ、うずくまる老人。その場にいる者を一瞥する事すらない。
一見すれば、これまで繰り広げられた戦いにまるで興味がないかのように見えるだろう。
しかし、その声には力強く断定する響きが含まれていた。
関羽は曹丕に目を向け、その意を汲むと、慌てて視線を戻した。
四つん這いで倒れこみ身動き一つしない老人。
しかし、地面と顔の隙間、僅かな空間から覗いて見える眼光の鋭さは衰えていなかった。
まるで獰猛な猛禽類が獲物を襲う瞬間に見せる眼光。
このまま無防備に近づいていたのならば、一太刀、浴びていたかもしれぬ。
認めなければなるまい。自分の未熟さを。
その一方、湧き上がってくる歓喜はなぜか?
この世界に来て僅か数日間、自身の物差しが役に立たない事を何度経験しただろうか?
まだまだ、この関雲長。自身を未熟者と実感させられるほどの世界に喜びを感じている。
曹丕の言う通り、戦いは終わっていない。そう判断した関羽は後ろに下がり、老人との距離を離す。
すると、うずくまっていた老人が立ち上がる。
その足取りはフラフラとぎこちなく、立ち姿は、まるで幽鬼。
マキビの言葉に嘘偽りはなく、病が体を蝕んでいるのは事実なのであろう。
だが、老人は戦う事とやめようとしない。
マキビは自らの主君を止めようとするも、何か言葉をかけられ、後ろへと下がった。
再び空気が張り詰め、場所は完全に戦場へと変化した。
目の前の老人が、何か喋る。言葉は分からないはずであるが、何となく意味は通じた。
老人が喋った言葉の意味はこうだ。
「てめぇが手を差し伸べてきたら、切り捨ててやったのに残念残念」
老人の顔に張り付いていたのは、強烈な笑みであった。
関羽もそれに応えて、笑みを浮かべる。
それが再戦の合図となった。
コメント