覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

マキビ、背後に立つ者あり

 曹丕は、素早く剣を抜く。
 重力に身を任せ、襲い掛かってくる敵影は2つ。
 1人だったら、切り殺せるかもしれない。
 しかし、2人同時攻撃。1人を切り捨てる間、もう1人の攻撃は避けれぬ。
 曹丕は手にした剣を投げる。投擲による攻撃目的ではない。
 予想通り、敵は自分に向けられた剣を短刀で弾く。
 この一動作で、完璧と言えた両者の連携に僅かながらの時間差が生まれる。
 曹丕は、そのまま身を縮ませ、床を滑るように机の下へ潜り込んだ。
 全ては生き残るために仕込まれた動作。
 一見、自ら狭い場所へ逃げ込むのは悪手だと思われるかもしれない。
 しかし、自分より力量が上の者を相手にする場合、対等の状態で戦う事は死を意味する。
 ならば、相手が有利な状況になるよう逃げたほうがよい。
 なぜなら、どんな鍛錬を積んだ者でも、机の下を逃げ惑う人を殺す練習などしていないからだ。
 武人が訓練するのは、相手と戦うための術。あるいは強者を打ち破る術。
 圧倒的有利な状況で敵を殺す練習に時間は裂かぬ。
 つまり、どんな武人であっても、逃げ惑う相手を殺すとなれば素人同然の動きになってしまう。
 そう教え込まれた故の生き残る術であった。あったのだが・・・・・・
 机の下へ逃げ込ん曹丕に追撃の手は伸びなかった。
 視覚が閉ざされた机の下に聞こえていくのは、奇妙な音。
 まるで木の枝を折るような、高音。がいくつも響く
 一体、何が起きたのか?静まり返った室内に声がする。

 「もう大丈夫ですよ」マキビの呼びかけてくる声がする。
 警戒心はそのままに、机から顔を出し、周囲を窺う。

 「なんと面妖な・・・・・・」
 思わず、曹丕は声を出した。
 それは凄惨。
 血は一滴も流れていないようではあったが・・・・・・
 地面には襲撃者たちが4人。
 天井から襲ってきた2人以外にも、どこかに潜んでいたらしい。
 全員の四肢は歪な形に変化している。
 まるで人ならざる者の怪力によって捻り潰されたかのように見えた。

 「これはマキビどのが1人で行ったのでしょうか?」
 「まさか、まさか」とマキビは首を振り否定した。
 「私は一介の軍師にすぎません。無論、陰陽の技も持ち得てますが、己の身を守る程度の術でしかありませんよ」
 「では、誰がこれを?」
 曹丕の疑問に、マキビは自身の背後を指差す。

 「私の親友は良い男なのですが、少々、心配性な所がありましてね。
 命を失ってからも鬼として、背後にくっついているんですよ」

 そういうマキビの背後には誰も立っていない。
 しかし、僅かに空間が歪みが生じるのを曹丕は見た。

 「・・・・・・式神ですか?」
 かつてマキビから、そういう存在を聞いていた。
 しかし、マキビは
 「違いますよ。勝手に人の背中に取り付く者を式なんて言いません。まして神だなんて・・・・・・」
 少し、怒ったような言い方であった。
 「さて、この後はどうしましょうか?」
 後に続いたマキビの言葉は、この参事を起こした直後の物とは思えぬほど―――

 どこか、さわやかな物言いであった。 
 

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