覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

魔王城にて その②

 「本来なら王の間で謁見となるのだろうが、生憎、覇業を始めたばかりで、この城の整備に時間が取れなくて困っているんだ。狭い客間で申し訳ないね。ところで君は牛乳を飲むかね?」
 どうやら『魔王』が手にしている飲料は牛乳だったらしい。
 グルカが断ると残念そうな表情を見せた。
 『魔王』は、人間離れしていて、そして、妙に人間臭い。
 グルカは、それが『魔王』の魅力として感じている。
 「私の戦場では、朝は牛乳と決まっていたのだが・・・・・・。まぁいい。それで頼んでいた件はどうだったのかね?」
 『魔王』とグルカの会話は前置きも短く、本題へと入った。

 『魔王』からの依頼。それは、《渡人》たちの調査。
 ほんの数時間前、曹丕達との戦いだけではない。
 この世界各所に散らばっている《渡人》
 それらと実際に戦い、どういった人間なのかを調べる事が『魔王』からの依頼であった。
 『魔王』が、なぜ『魔王』として振舞っているのか?
 その理由は数多くある。その中のひとつが、不信感である。

 一体、どのくらいの《渡人》がこの世界にやってくるのか?そして、彼らはこの世界で何を行っているのか?
 そのを正確に把握しているのは、国の公的機関だけだろう。


 『今日、この世界に新しくやってきた《渡人》さんは、こういうお名前で、元の世界では、このような人物でした』


 そういう情報を国が流すことはない。
 この世界に莫大な利益を生み出す可能性のある人間たち。それが《渡人》であるはずにも関わらず・・・・・・。
 まったく持って非効率な秘密主義。
 国が《渡人》に行う事は、この世界で困らないように戸籍と生活費を与え、ほとんどが放置。
 これは理解しがたい。不自然さを感じさせる。
 《渡人》達の中には、過去に国を滅ぼした経験者が幾らでもいる。
 社会の秩序を乱せるだけ乱した大悪党も数知れず。
 そういう人物を国が放置している現状は、まったくもって理解しがたく・・・・・・
 何か裏があるのではないかと勘ぐってみるほどである。つまりは、この国のあり方に不信感を『魔王』は抱いているのだ。

 最も、それは『魔王』と名乗り、国を滅ぼそうとし、社会の秩序を乱そうとしている本人だから、感じている不信感なのかもしれない。

 この数日間、グルカが各地を飛び回り、集めた情報を聞きながら『魔王』は思考する。
 《渡人》は2種類の人間に分けられる。

 1つは、元いた世界では何らかの偉業を達した人物。

 そして、もつ1つは―――

 何らかの偉業を達成する事になる人物。

 つまり、後に歴史に名を刻むはずの人物が、その偉業を達成する前にこの世界に来ているのだ。
 確かに自分がいた時代に伝わっている歴史。
 それらの多くは、記録媒体が紙の時代だったり、情報伝達が口伝だった時代のもの。
 なるほど、確かに―――
 確かに、記録に残っていないエピソードとして、英雄たちが行方不明となり、この世界に来ていたと可能性は否定できない。
 しかし、ならばなぜ?
 なぜ、元の世界に戻る手段が皆無だとされているのか?

 元の世界で偉業を行う予定の者が元の世界に帰れぬ。
 かつて『魔王』が元の世界で使えていた王がこういう話が好きだった。
 国を挙げて行われるほどオカルト話が好きであり、『魔王』自身も、そういう知識はある。
 『魔王』がいた世界では、そういう出来事を、こう言う。

 『タイムパラドックス』

 
 グルカ評。
 『魔王』とグルカの間にあるテーブル。
 その上に、空中に文字が浮かんでいる。
 内容は、グルカが接触した《渡人》たちのデータである。
 1人1人のデータをグルカが解説していく。
 これを『魔王』はグルカ評と呼んでいた。
 このグルカ評を参考にして、自分の仲間になりそうな者を選別し、スカウトする方針を『魔王』は行おうとしている。
 まだ準備段階であり、本格的にスカウティングを開始するには、まだ時間がかかる。
 グルカ評には知っている歴史上の偉人もいれば、変人、奇人として名を残した人物もいる。
 不意に『魔王』は1人のデータに興味を持った。
 「この少年は?」と『魔王』は1人のデータに指をさす。
 グルカは、そのことを事前に知っていたかのように答えた。

 「曹丕。この少年の名前は曹丕子桓。貴方と同じく、王の素質を持つ者です」


 

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