覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

VSドラゴン戦 完結

 そこからのドラゴンとの戦いは戯れであった。
 関羽は笑みを浮かべ、青龍偃月刀を繰り出す。
 その表情まで読み取るのは困難だが、ドラゴンもまた、笑みを浮かべているように見えているから不思議な光景である。
 ドラゴンが行う不可視の攻撃。
 それを関羽が受ける。しかし、すでに受けるだけではなかった。
 触手と青龍偃月刀の接触音に、もう一つ音が加わる。
 ついに関羽が受けの直後、攻撃に転じ始めたのだ。
 弾くと同時に大きく前に出て、突き技を放つ。
 しかし、効かない。鋼鉄の鱗を前に弾かれる。
 どうすれば有効打になるか?
 思い浮かべるのは最強の一撃。
 最強の一撃。その概念にかつて戦った西洋の騎士を連想させる。
 加速した騎馬から、投擲するが如く、槍の一撃。
 振り落された触手を逸らすと同時に大地を蹴る。
 前傾姿勢から最良の加速。
 ギリギリまで力みを貯めて、ドラゴンとの距離が無に近づく。
 溜め込ん力。その全てを解き放つ。

 『その一撃。見事なり』

 届いていた。
 ドラゴンの胸元に突き刺さっていたのは青龍偃月刀。
 その周囲の鱗は歪に変形している。
 その間から漏れているのは、白い粉のようなもの。
 少なくとも血液には見えない。やがて、白い粉が煙に変化していく。
 肉が焦げるような音と共に再生を開始している。
 致命傷には、とても見えない。
  
 しかし―——

 関羽はその場で寝転がった。手足を大の字に投げ捨てる。
 その姿に戦いの意志はない。
 ドラゴンも関羽に釣られ、その場に座り込む。
 その姿に戦いの意志はない。
 ドラゴンの巨体に体を預けて、関羽は休息を取り始める。
 両者の姿に戦いの残り香は残っていない。
 平和すら感じてしまう。
 両者の戦いに決着がついたのだ。


 『本当にそれでいいのか?』
 「あぁ、構わぬ。貴公が人々の通行の邪魔さえしなければ、それでいい」

 戦闘後、関羽はドラゴンに頼み事をした。
 それは、この場をから離れてほしいというものだった。
 「実を言えば、元より腕試しを目的に受けた依頼。金銭が目的ではない。
 ―——ただ、困っている人々を助けたいという気持ちもある。貴殿にも理由はあるのだろうが、ここは頼まれてくれぬか?」

 『―——そこまで言われた仕方あるまい。』  

 ドラゴンは空気を読んだ。
 ドラゴンがこの場にいる目的が、他ならぬ、人々を困らせて楽しむ事であったが―——

 『其方に免じて我は、この場を離れる。その前に礼を渡したい』
 「礼?」
 『あぁ、あれは良き戦いであった。我を満足させた礼をさせてほしい』
 「それは構わぬが……」

 そう関羽が答えた直後、関羽が持つ青龍偃月刀に変化が起きる。
 刃の部分が青白い発光を繰り返す。
 「これはッ!?」
 『その武器は、名に龍を秘めておる。さらに我の粉を帯びた』
 「粉?」
 関羽は、その意味に考え至った。
 おそらく、ドラゴンの胸を貫いた時に零れ落ちた粉の事ではないか?……と。

 『我が体内に流れる粉は、再生の証。その武器は不壊。すなわち壊れずの武器をしておいた。……無論、気に入らぬば、元に戻るが?』

 「これはこれは……」
 関羽の言葉は詰まり、続きが出てこなかった。
 ドラゴンも不思議そうな表情をみせる。
 「すまぬ。感謝の念が言葉にするのが、私には難し過ぎた。今こそ、私に詩才がないの悔やまれてならぬ」 
 『それでよい。我も言葉に直すと、陳腐な言葉しか出てこぬわ……』

 両者は声に出して笑った。大いに笑った。
 笑った後―——

 「では……」
 『では……』

 それが別れの言葉。ドラゴンを巨大に翼を広げ、飛べ去っていった。
 関羽は、その姿を見えないなるまで、空を見上げていた。

 「さて、では、次はどうします? 宇喜多どのと合流しますか?それともダンジョンとやらへ……」

 関羽は曹丕に向かって話しかけた。少なくとも関羽は、そのつもりだった。
 しかし、曹丕からの反応はない。 
 関羽は、曹丕が出している奇妙な感覚が伝わる。そして背後にいるはずの曹丕へ顔を向ける。
 曹丕はそこにいた。しかし、その表情は、やはり奇妙と言える。

 「……どうかされましたか?」

 関羽の問に曹丕は答えない。
 ただ、腕を上げる。そして、人差し指を一本だけ立てた。
 関羽は、指につられて空を見上げる。
 空は雲一つない晴天。
 しかし、それだけだ。異常は何もない。
 曹丕は何を示しているのか?関羽は視線を曹丕に戻す。
 その表情からは何も読み取れず、関羽は困惑する。
 やがて―——
 曹丕は口にした。
 「……一手」
 「む?何と言われましたか?」
 「……」と再び曹丕は沈黙。暫しの沈黙。
 長い沈黙が終え、その後の言葉はこうだった。

 「一手、ご指南をお願いします」

 曹丕はマントの下から、ナイフを抜く。ナイフは左手に―——
 右手には、関羽から返してもらった宝剣が握りしめていた。


 

 
 

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