覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

ダンジョンに住まう王と訪問者

 ダンジョンの奥深くに1人。
 若者が潜んでいた。 

 彼は怪物だ。

 ……それも生まれついての怪物。
 これは異世界の話ではない。古代ギリシャに生まれた怪物の話。

 彼の名前は、アステリオス。彼の国では雷光を意味する。
 人間離れした巨躯。隆起した筋肉。
 その雄々しい姿には、誰もが強者として認めざる得ないだろう。
 そして、彼には可能性があった。
 王の息子として生まれた彼は、賢王にも、愚王にも、善き王にも、悪き王にも―――
 何より、覇王にもなれる。そんな可能性を秘めた存在として生まれる―――はずであった。
 そんな彼の運命は、彼が生まれる直前に大きく狂ってしまった。
 彼の父が王に選ばれたのは神の力によるものだった。
 王に相応しい証明として神から預かったモノ。それを知らしめる事で彼の父親を王として認められた。

 しかし―――

 それこそが、彼の運命を狂わすモノだった。
 王は、神から預かったモノを神に返却する事を拒んだ。
 それを知った王を怒った。
 怒り狂った神は呪いをかける。
 しかも、その呪いは王に向けられたものではなく、彼の母親に―――

 そして、その呪いを一身に受けて生まれたのがアステリオスだった。

 異形の肉体を持って生まれた彼を、王はダンジョンに幽閉した。
 人と交わる事ない漆黒で、彼は―――
 どうなのだろうか? 彼は生まれついての怪物である。
 だが、心は? 精神は? ―――どうだったのだろうか?
 心までも、生まれながらにして怪物だったのだろうか?
 それとも―――
 それとも、心は人間として生まれて、漆黒の闇に飲まれて怪物に成り果てたのだろうか?

 それは、もはや誰にもわからない。
 彼の父親であり、彼を幽閉した王も、
 彼に呪いを向け、怪物を誕生させて神ですら、
 何より、狂気以外の感情を失い、ただの怪物に過ぎない彼自身ですら……

 もはや、彼はアステリオスではない。なぜなら、アステリオスは人間の名前だから……
 ならば、彼の名前は?ただの怪物に過ぎない彼の名前は何か?

  半人半獣。  人身牛頭。  牛頭人身。

 人々は彼をこう呼んだ。

 『ミノタウロス』

 ……と。


 そんな彼、ミノタウロスは異世界に飛ばされていた。
 飛ばされて、到着した場所は―――やはりダンジョンだった。
 ひょっとして、彼の逸話が、彼の生き様が、召喚された場所にも影響を及ぼしたのかもしれない。
 彼の生活の拠点は、このダンジョンの奥地に決まった。
 凶悪な凶暴なモンスター。命を奪うために設置された罠の数々。
 しかし、人生の大半をダンジョンで過ごした彼に取って、このダンジョンは、いささか温過ぬるすぎた。
 たった1日で、ダンジョンの最奥層に到達。ダンジョンの生態系の頂点を極めてしまった。
 もはや、このダンジョンで彼を襲おうとする命知らずのモンスターは存在しない。
 ダンジョンでありながらも、彼に取ってそこは安全圏である。
 かつて、ダンジョンの主として恐れられていた大型モンスターを倒した時、彼は主の住処だった場所に自分の住処を作り暮らす事にした。
 もはや、彼に取って、このダンジョンは、住み慣れた我が家であり、同時に遊び場と同じである。
 それについては、かつて彼を閉じ込めるためだけに巨悪なダンジョンを作った人物―――
 羽を持つダンジョンマスターの異名で知られていた『ダイダロス』に感謝すらしている。

 ……そう
 彼は感謝という人間の感情を有している。

 「やれやれ……今日も1日、人助けをしたぞ」

 住処に帰った彼は、1人きりで過ごしたために癖になっている独り言を言う。
 そして、手に持つ大剣で壁に傷をつける。
 その傷は、ダンジョンで困っている人を助けた時に証としてつける事にした。
 しかし、大型モンスターの住処で、巨大な空間だった場所の壁には―――

 「困ったなぁ~場所がなくなってきたぞ」

 既に傷をつけるスペースがなくなっていた。
 壁につけられた膨大な量の傷。これら全てが、彼が人助けをした証である。
 彼の手には兜が1つ。元々、大柄な騎士が使っていた兜を拾って、作り直したものだ。
 炎魔法と、簡易的なハンマーを使い、時には力づくで、溶接して作った兜。
 自分でもかぶれる希少な手作り兜だ。
 薄暗いダンジョンの中では、この拙い兜でも怪物という正体を隠せる。
 それを使って、彼はダンジョンでモンスターに襲われている人や、罠にかかった人。
 さらには迷い込んでしまった子供を出口まで安全に返す事。
 つまりは慈善行為に勤しんでいる。

 彼は怪物の姿のまま、人間性を取り戻していた。
 いや、それは正確ではない。
 この世界―――異世界に実在する神。その神がミノタウロスを召喚するさい、ある事に手を加えた。

 ミノタウロスから消え去った人格。

 ―――もしもアステリオスが人間としての生まれていたらどうなっていたのか?

 その可能性を、複雑怪奇にねじ曲がった歴史の中からサルベージさせた。
 結果として、ミノタウロスの体に、アステリオスとしての人格が合わさっている。

 よくよくミノタウロスを見てみよう。
 獰猛な狂牛の如く、鋭い眼光を消え去っている。人間特有の知性が瞳に燈っているのがわかる。
 そして、その瞳は、まるで―――
 まるで、広大な草原で育てられた穏やかで愛くるしい牛のように優しげであった。

 彼は反省していた。猛省していたと言ってもいい。

 王の息子として生まれながら、怪物として狂った事を。
 だから、彼はこの地で王として生きようとしているのだ。
 王とは何か?国とは何か?
 王は民に養って貰う者である。その代償として、民にはできない巨大な事を民のために行うもの。
 そのために、巨大な事するために国は存在し、王は国を指導しなければならない。
 かつて、怪物ミノタウロスだったアステリオスは、そう結論づけた。
 ならば……自分は……今の自分ならば……

 人に出来ぬことができる。

 たとえ小さな力であれ、この場所で王として生きれる。
 だから、彼は牛の頭を隠し、人を救うのだ。


 「……しかし、奇妙だ。これはおかしい。本当におかしい」

 彼は自分の領土ダンジョンでの異変に気づいてた。
 手作りの椅子に座り、手作りの本棚から書物を数冊抜き取り、机に並べる。
 無論、机も手作りだ。
 彼はダンジョンに潜る冒険者の間では有名になっている。
 助けた冒険者に、暫くしてから出会うと、誰もがお礼の品を渡したがる。
 彼は王として当たり前の事をしただけなのだが、もて余すほどの過剰な礼を渡されて困ってしまっていた。
 そこで、彼が唯一、受け取ると宣言したのが、書物であった。
 1人きりの生活は、寂しさがある。狂っていた時代なら平気でも、理性を取り戻した途端に寂しい生活だと気がついた。 だから、彼は唯一の娯楽として書物を求めた。
 彼は、その書物を並べ、調べ物を開始した。

 ここ数日、ダンジョンのモンスターに奇妙な現象が起こっている。
 確かに倒したはずのモンスターが、急に息を吹き返し、襲ってくるのだ。
 体の四肢を失っても、頭部を破壊するまでは動き続けるモンスター。
 流石のアステリオスも、その光景に気持ち悪さがこみあげてくる。

 「新種のモンスターだろうか?それとも原因が、他に……」

 不意に本をめくる手が止まる。

 「誰だ?」

 獣化で高まった五感に加え、動物的六感が人間の気配を告げる。
 現れた人物は奇妙な人間だった。

「……聖職者?」

 臭みがしない。こういった人間は、動物の肉を食さない聖職者に多い。
 しかし、その人物はアステリオスの知る聖職者とは大きく違う。
 黒を基本とした服。腰には剣を帯びている。頭部には毛がない。
 理由はわからないが、自分で剃りあげているようだ。
 歳は……わからない。若くも見えるが、それと同時に年寄りにも見える。
 アステリオスは、ダンジョンの異変がこの者によるものだと確信する。
 いや、違っても構わない。なぜなら、こんなにも―――

 死臭は臭わせる人間が存在して許されるはずがないのだから―――

 「……これは意外」とソイツは一言漏らす。  
 「何が……意外だと?」

 「牛の頭を持つ人間が人の心を保っている事がじゃ」

 アステリオスは大剣を抜く。
 大剣と言っても人用に作られたソレは、アステリオスが握ると小ぶりの片手剣に見える。 
 そして、武器を持ったアステリオスの姿は、まるで、巨大な山が動き出したかのようだ。
 その威圧感を男は、平然と受け流す。
 そして、事もあろうに―――

 男は歌い始めた。

 「心なき身にも…… ……秋の夕暮~」 



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