覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

西行法師の過去

 「ぜぇ…ざぇ…どう、にか、逃げ切り…ました……な」と関羽を切らしながらも話す。
 「……お、おう…追って来ぬか…」と答えるの西行法師だ。
 あの後、3人は途中で分かれることもなく、一緒に逃避行を行い、ミノタウロスの猛攻から生き残ったのだ。
 「…………」
 「おや、曹丕殿?どうかなされましたか?」
 先ほどから曹丕は一言も発していない。妙に思った関羽が様子を窺うと……
 失神していた。逃げだす時、関羽が曹丕の首に手を回していたのが原因だ。
 「曹丕どの!曹丕どの!」
 「はっはっはっ。心配せずとも、いざとなれば拙僧が反魂の術で―――」
 「結構だ!」
 その後、関羽が行った気付けの活術によって曹丕は蘇生した。

 「申し訳ございません!」
 座礼の姿勢で、深々と関羽は頭を垂れる。
 関羽の額はダンジョンの地面を、敷き詰められた石畳を粉砕せんとする勢いであった。
 地震……地面から僅かな振動が発せられる。
 「お、面を上げてください。私は気にしていませんから」
 そこまでされて、『許さぬ』と言えるはずもない。
 関羽は下げていた頭を上げる。その額から血液が零れ落ちた。

 「さて―――」と曹丕は言う。
 「あのミノタウロスから逃げる事はできましたが……」
 曹丕は一度、言葉を切って視線を西行法師へ向ける。
 「何が、どうなってこうなったのか?無論、理由は聞かせていただけるのでしょうな?」
 「無論……しかし、どこから話せば良いのやら」 
 西行法師は記憶を辿るように視線を宙に泳がせながら、語り始める。

 
 まず、西行法師は自分がこの世界に来た時に何を感じたか思い出す。
 何も感じなかった。不思議と、本当に、何も……
 精々、未知で奇怪な世界だと思う程度だった。
 西行法師は、そんな世界に来ても、やる事は変わらなかった。
 それは、和歌を詠む事。
 あふれ出る感情を吐き出す。頭から溢れださんとする無限の言葉を表現す。
 それだけが生きる目的だった。
 おそらく、自分は、そうしなければ生きていけない生物なのだろう。
 今日も今日とて歌を詠む。
 ここは、和歌が伝わっていないはずの世界。
 しかし、自分の表現が他者の心を揺さぶという確かな手ごたえ。
 そんな日々が変わる出来事が起きる。

 「どうも、ありがとうございました」
 そう言って男は西行法師に頭を下げる。場所は小さな村にある男の屋敷。
 その男は村長であった。父から村長の立場を継いだばかりで、まだ若い。
 若さゆえの活力が漲っている。だが、重要なる立場を継いだためか、重圧が見て取れる。
 とにかく、そのような男だったと西行法師は記憶していた。
 男は、自分の歌に深く関心を抱いていた。彼に歌を読み聞かせ、時には彼の作った歌に手ほどきを授ける。その対価として、食事と酒をいただく。そんな関係だった。

 「お見送りに、うちの若い者を準備させております。しばし、お待ちを」

 男は、そのような事を言ってきた。
 確かに、日は暮れている。しかし、連日のように通いなれた道。
 普段はそのような事は言わない。なぜか?と西行法師は男に問う。すると―――

 「近頃、夜になると山からモンスターが降りて田畑を荒らしてるそうです。何人か怪我人が出ています」
 「なるほど」と西行法師は合点がいった。 
 この世界は奇妙だ。特に奇妙だと思うのはモンスターと言われる生き物の存在。
 まるで、あやかしの類が、平然と存在している。
 西行法師は山を見る。月日が隠れ、ぼんやりとした輪郭だけがみえる。

 「しかし、山々には自然が溢れて食べ物が足りているように見えますが、わざわざ、人里へ降りて田畑を荒らすとは……」

 西行法師の言葉を聞くと、男は不思議と笑顔を浮かべた。

 「いえいえ。山々に成る実と草花と、人の手が入ったものは別物です」
 「ほう、そうなのですか?」と西行法師は、男の話に興味を持った。

 「自然の物、天然の物が美味しい。素晴らしい、なんて話が広まっていますが、あれは嘘ですよ。
 人の口に入る食べ物と言うのは、何世代も前から、100年や1000年の時間を使い、創意工夫を繰り返し、作ってきた物ですから、自然の物では敵いません。そういった食物を山から迷い降りたモンスターが食した結果、何度も人里に降りるようになってしまうのです」
 「なるほど、なるほど」と西行法師は考える。
 常日頃から山に住み粗食を心がけていた。しかし、それも人の手が入った食糧。
 西行法師が漏らした『なるほど』の意味は、切り詰めたはずの自分の食生活も獣から見れば豪遊であったのか――――――そう思ったのだ。
 「人が作った物の旨みを知ってしまえば、手間をかけてでも食べにくる。わたしらにゃ、嬉しくもあり、迷惑な話ですが……」
 「……」
 西行法師は黙った。その言葉に、引っ掛かりを覚えたのだ。
 しかし、その引っ掛かりの正体がわからなかった。

 西行法師の足元に火の玉が浮いている。
 それは死者の魂ではなく、魔法と呼ばれる技術によるものだ。
 頭では理解していても、僧侶という立場上、火の玉には嫌悪感を抱く。
 しかし、村長の世話になっている以上、無下にはできない。
 「そちら、御気を付けください」
 そう言ったのは、火の玉を操る男。村長の弟という話だ。
 村長も若いが、彼は村長よりも一回り若い。少年と青年の間の年頃か。
 夜な夜なモンスターが現れる状況で護衛代わりに、自らの弟をつけるのだ。
 おそらく、腕は立つのであろう。
 彼は普通に歩いている。その動作の中で、腰の位置、足捌きから、西行法師は彼の力量を計った。
 (なるほど、中々の腕前と見た)
 西行法師が出家する前の名前は佐藤義清さとうのりきよという。
 武士の家柄だ。ただの武士ではない。代々、近衛兵を務めている家柄。
 西行法師自身の腕前も尋常ではない。
 そんな彼が認めるほどの力量を青年は持っていた。
 しかし、突然に青年は足を止め、火の玉を消した。
 何があったか?西行法師は青年の顔を見る。 
 だが、明かりが消えたばかりで目が闇夜に慣れていない。
 人の顔は分からない。しかし、彼が怯え、震えているが感じ取れる。
 何が、彼を怯えさせるのか?それは、直ぐにわかった。

 獣の臭い。獣臭が鼻に届く。
 (いる。何かが、暗闇に紛れている)
 つい先ほど、話に出ていたモンスターに違いない。
 しかし、姿は見えぬ。 西行法師と青年はジッと動きを止める。
 やがて、雲の切れ目から月明かりが地上へと降り注ぐ。
 暗闇は薄れていった。
 ――――そして見た。
 田畑に蠢く存在を……

 (あれは、ぬえぬえではないか!)

 そう、西行法師が見たモンスターはキメラであった。

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