クラウンクレイド
「3話・楽園の支配者(後編)」【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】
CCH3-2
地面に臥せた彼らに夜長は死刑を告げた。祷の手に力が入る。夜長に命令された男が躊躇せずその懐から大振りのナイフを取り出す。後ろで縛られた彼らは大声で喚きだした。
その異様な様子を周囲の人々は声も発さず遠巻きに見ている。その表情は読めない、冷徹なようにも無関心のようにも、もしくは怯えているようにも見える。
夜長が手で合図をした。男がナイフを思いっきり振りかぶった。
「待て」
祷は思わず声を出す。彼らに向けて一歩を踏み込む。
祷にとって優先すべきは自らの目的と祷の安全のみ、他者の命や境遇に積極的に干渉する気はなかった。だが、流石に目の前で起きる死を伴う死刑が行われることを見過ごせなかった。
「目の前で行われる殺人をそう簡単に容認出来ない」
祷の言葉に夜長はその表情に陰りを見せる。ナイフを握った男は夜長の支持を待っているようで動きを止めた。そして夜長に言う。
「夜長様、彼女も排除しますか」
「待って、神流かんな」
神流と呼ばれた男は夜長の言葉に素直に従い身を引いた。夜長は祷に向けて問いかける。
「この人達は反乱を企てていました。なら殺すしかないですよね?」
「性急すぎる、殺人を肯定する理由にはならない」
「この国はあたしの国です。あたしが決めます、みんなを護る為に、幸せな世界にする為に」
「人を殺してそんなことが出来ると?」
私達の会話に神流が割って入った。
「五百人もの人間が共同生活をするこの狭いコミュニティを維持するために多少の犠牲は仕方がない。外はゾンビで溢れ夜長様の力がなければ生き残ることは出来ない、にも関わらず夜長様に反逆を企てるなど死に値する」
神流の言葉は一理ある、と祷は思った。夜長の力が無ければゾンビに抗うのは困難だ。この狭いコミュニティを維持するには夜長に依存している。
その夜長を頂点としてコミュニティの維持の為に圧政を敷いていると推測できる。少なくとも誰もが他人を思い遣り理想的で平和な社会を作り上げるには、五百人の生存者というのは数が多すぎる。
祷は周囲を見渡す。年齢層も性別も多種多様、パンデミック発生時にこのテーマパークに遊びに来ていた人間と周辺の生存者、そして祷達と同じように夜長に連れてこられた生存者達が作り上げたコミュニティの筈であった。意志の統率を図るのは難しいだろう、その為には何らかの強力な指針がいる。
それを経験として祷は知っていた。パンデミック発生後、ゾンビに抗うために終結したコミュニティとその内情を幾つも見てきたからであった。
神流がそのナイフを振り下ろそうとした瞬間、祷は踏み込んだ。
「あっ」
聞こえてきたのは明瀬の短い悲鳴だった。祷は咄嗟に振り返る。明瀬が捕らえられていた。気付かぬ内に背後に忍び寄っていた少女が明瀬を後ろから羽交い絞めにして、その手のナイフを首筋に当てていた。
「夜長様に歯向かうな」
明瀬を人質に取られ祷は逆上し、手に灯した焔がそれに呼応する。今まさに衝突せんとする張り詰めた緊張感の中、明瀬が叫んだ。
「祷、大丈夫!」
頭に血がのぼっていても、明瀬の言葉が祷を冷静にさせた。どのような状況にあっても祷にとって明瀬の言葉は最優先すべきものであった。
その言葉は戦闘の制止を意味すると祷は理解する。これだけの数の人間を巻き込んで、魔女同士が戦えばどの様な事態になるか読めない。危険すぎる、と。
祷が動きを止めている間に、苦痛に満ちた悲鳴が上がった。
振り返る、今まさに神流が足元の男に刃物を突き立てたところだった。激しく噴き出した大量の血液が地面に零れていく。打ち上げられた魚かのように、刺された男の身体は跳ね上がり痙攣していた。
血の混じった息が口の端から漏れる、霧のように。今まさに人を刺殺した状況に、周囲からは僅かに同様の声が漏れ聞こえる。あまりにも呆気なく、今一人の人間が刺し殺された。
誰も止めることなく、夜長の下した指示の通りに。
反逆者とされた彼らのうち一人が即座に処刑されたことで残りの彼らは大人しくなっていた。
ゾンビ溢れる世界で、人の生があまりにも呆気なく散る世界で、一人の死など衝動をもたらすようなことではないのかもしれない。
だが、これはあまりにも意味合いが違う。生存者同士で制裁と称して人を殺す、看過出来ることではない。
しかし。
夜長は平然と、そして高らかに言う。
「皆さんの平和は守られました。この国に仇なす逆賊を討ち取りました」
周囲で固唾を吞んでいた人々の中からまばらに拍手が上がる。そして割れんばかりの歓声に変わった。夜長を称えるような声も混ざる。
明瀬を人質に取られたまま、祷は周囲を警戒していた。
異様な雰囲気の中、夜長は祷の前に立つ。祷は言う。
「君の国の在り方に意見はあるが、私達が望むのは互いの不干渉だ」
「そうはいきません、あたしはこの国でみんなを守って幸せになってもらうのですから。あたしならそれが出来ます」
「正義や良心ですら相反することはある、人間の数だけ思想がある。全ての意思統一は無理だ。平和を謳いながら、分かり合えない人間はすべてを殺そうとでも言うのか?」
「あたしはみんなを護って、みんなで幸せな場所を作りたいだけです」
夜長はそう言って祷の前を通り過ぎた。明瀬を捕らえた少女に明瀬を連れていくように命令する。
祷はその後姿を睨みつけるのみであった。
「3話・楽園の支配者 完」
地面に臥せた彼らに夜長は死刑を告げた。祷の手に力が入る。夜長に命令された男が躊躇せずその懐から大振りのナイフを取り出す。後ろで縛られた彼らは大声で喚きだした。
その異様な様子を周囲の人々は声も発さず遠巻きに見ている。その表情は読めない、冷徹なようにも無関心のようにも、もしくは怯えているようにも見える。
夜長が手で合図をした。男がナイフを思いっきり振りかぶった。
「待て」
祷は思わず声を出す。彼らに向けて一歩を踏み込む。
祷にとって優先すべきは自らの目的と祷の安全のみ、他者の命や境遇に積極的に干渉する気はなかった。だが、流石に目の前で起きる死を伴う死刑が行われることを見過ごせなかった。
「目の前で行われる殺人をそう簡単に容認出来ない」
祷の言葉に夜長はその表情に陰りを見せる。ナイフを握った男は夜長の支持を待っているようで動きを止めた。そして夜長に言う。
「夜長様、彼女も排除しますか」
「待って、神流かんな」
神流と呼ばれた男は夜長の言葉に素直に従い身を引いた。夜長は祷に向けて問いかける。
「この人達は反乱を企てていました。なら殺すしかないですよね?」
「性急すぎる、殺人を肯定する理由にはならない」
「この国はあたしの国です。あたしが決めます、みんなを護る為に、幸せな世界にする為に」
「人を殺してそんなことが出来ると?」
私達の会話に神流が割って入った。
「五百人もの人間が共同生活をするこの狭いコミュニティを維持するために多少の犠牲は仕方がない。外はゾンビで溢れ夜長様の力がなければ生き残ることは出来ない、にも関わらず夜長様に反逆を企てるなど死に値する」
神流の言葉は一理ある、と祷は思った。夜長の力が無ければゾンビに抗うのは困難だ。この狭いコミュニティを維持するには夜長に依存している。
その夜長を頂点としてコミュニティの維持の為に圧政を敷いていると推測できる。少なくとも誰もが他人を思い遣り理想的で平和な社会を作り上げるには、五百人の生存者というのは数が多すぎる。
祷は周囲を見渡す。年齢層も性別も多種多様、パンデミック発生時にこのテーマパークに遊びに来ていた人間と周辺の生存者、そして祷達と同じように夜長に連れてこられた生存者達が作り上げたコミュニティの筈であった。意志の統率を図るのは難しいだろう、その為には何らかの強力な指針がいる。
それを経験として祷は知っていた。パンデミック発生後、ゾンビに抗うために終結したコミュニティとその内情を幾つも見てきたからであった。
神流がそのナイフを振り下ろそうとした瞬間、祷は踏み込んだ。
「あっ」
聞こえてきたのは明瀬の短い悲鳴だった。祷は咄嗟に振り返る。明瀬が捕らえられていた。気付かぬ内に背後に忍び寄っていた少女が明瀬を後ろから羽交い絞めにして、その手のナイフを首筋に当てていた。
「夜長様に歯向かうな」
明瀬を人質に取られ祷は逆上し、手に灯した焔がそれに呼応する。今まさに衝突せんとする張り詰めた緊張感の中、明瀬が叫んだ。
「祷、大丈夫!」
頭に血がのぼっていても、明瀬の言葉が祷を冷静にさせた。どのような状況にあっても祷にとって明瀬の言葉は最優先すべきものであった。
その言葉は戦闘の制止を意味すると祷は理解する。これだけの数の人間を巻き込んで、魔女同士が戦えばどの様な事態になるか読めない。危険すぎる、と。
祷が動きを止めている間に、苦痛に満ちた悲鳴が上がった。
振り返る、今まさに神流が足元の男に刃物を突き立てたところだった。激しく噴き出した大量の血液が地面に零れていく。打ち上げられた魚かのように、刺された男の身体は跳ね上がり痙攣していた。
血の混じった息が口の端から漏れる、霧のように。今まさに人を刺殺した状況に、周囲からは僅かに同様の声が漏れ聞こえる。あまりにも呆気なく、今一人の人間が刺し殺された。
誰も止めることなく、夜長の下した指示の通りに。
反逆者とされた彼らのうち一人が即座に処刑されたことで残りの彼らは大人しくなっていた。
ゾンビ溢れる世界で、人の生があまりにも呆気なく散る世界で、一人の死など衝動をもたらすようなことではないのかもしれない。
だが、これはあまりにも意味合いが違う。生存者同士で制裁と称して人を殺す、看過出来ることではない。
しかし。
夜長は平然と、そして高らかに言う。
「皆さんの平和は守られました。この国に仇なす逆賊を討ち取りました」
周囲で固唾を吞んでいた人々の中からまばらに拍手が上がる。そして割れんばかりの歓声に変わった。夜長を称えるような声も混ざる。
明瀬を人質に取られたまま、祷は周囲を警戒していた。
異様な雰囲気の中、夜長は祷の前に立つ。祷は言う。
「君の国の在り方に意見はあるが、私達が望むのは互いの不干渉だ」
「そうはいきません、あたしはこの国でみんなを守って幸せになってもらうのですから。あたしならそれが出来ます」
「正義や良心ですら相反することはある、人間の数だけ思想がある。全ての意思統一は無理だ。平和を謳いながら、分かり合えない人間はすべてを殺そうとでも言うのか?」
「あたしはみんなを護って、みんなで幸せな場所を作りたいだけです」
夜長はそう言って祷の前を通り過ぎた。明瀬を捕らえた少女に明瀬を連れていくように命令する。
祷はその後姿を睨みつけるのみであった。
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