クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

【クラウンクレイド NARKOSE】《N1-1・拳銃と履歴》

【クラウンクレイド NARKOSE】


N1-1

 言葉で例えるならば、鋭い破裂音。それと遅れて金属質の何かが跳ねた音。
 女子高生である由比-ゆい-は、神経を研ぎ澄ませてその音の方向を探った。静まり返った建物の中では音が良く響く。コンクリートの壁を反響してしまうと、何処からの音であるのか把握しづらくなる。
 室内に目を遣ると、由比の双子の姉である波留ーはるーは未だ眠ったままで音には気付いていないようだった。彼女は静かな寝息を立てていて、寒そうに毛布を身体に巻き付けている。
 暫く思案した後、由比は音の正体を探りに静かに部屋を出た。


 突如発生した「ゾンビパンデミック」から四か月。由比と波留は「内浦高校」の一画に籠城していた。パンデミック発生当日に部室棟の一室に籠城し難を凌いで以来、其処が二人の行動拠点となっていた。
 幸運だったのは、校内にいた大量のゾンビ達が学校内から姿を消した事である。パンデミック発生の翌日の夜の事であったか、無数のゾンビ達が何かを追いかけて移動した。それと合わせて校内で火災が発生したのだ。それによって絶対数が減ったのと、食料を求めてか残りのゾンビも数週間後には何処かに移動してしまった。

 ゾンビさえいなければ、学校は避難生活自体には適している。水と食料は震災用の備蓄があるし、移動経路の導線が非常に多いことはゾンビとの接触のリスクを低減してくれる。故に由比と波留は今まで無事に生き延びる事が出来た。問題は救助の可能性が全くないことである。
 この安全な場所を放棄する決断も出来ず、由比と波留は終わりの見えない籠城をずっと続けていた。


 暗い部室棟を足音を立てないように移動する。夜間にゾンビの活動は著しく低下する上、校内のゾンビ数は減っている為、遭遇のリスクは低いとはいえ用心するに越したことはない。それに先程の物音に反応して寄ってくる可能性もある。

 音がしたのは恐らく部室棟の外、そしてすぐ近くであると由比は思った。極限状態で生活している内に自分の聴覚や感覚が以前よりも研ぎ澄まされているように感じる。
 そして、故に。夜風に乗った一瞬の血の臭いを感じて足を止めた。

「っ!?」

 夜中に降り出したのか、外には雪が白く積もっていて。その中に二つの黒い影がうずくまっているのが見えた。手にした懐中電灯で照らすと雪の上には赤い血が飛び散っている。
 一つは頭部の一部が抉られたゾンビの姿だった。全身が薄汚れて衣類の殆どが破けているが、辛うじてこの高校の生徒であったのだろうと判断できる。雪に突っ伏したゾンビの上には微かに雪が積もるのみで、先程の物音はこれであったらしい。ゾンビの近くには、息絶えた男性の姿があった。首筋に大きく噛み跡が残り皮膚が破けて血が流れ出している。だが死因はそれではないようで。

 その男性の右手には回転式拳銃、所謂リボルバーが握られていた。どうやらそれで自分の頭部を撃ったようである。
 二つの死体が間違いなく死んでいる事を確認し、意を決して由比はその未だ生暖かい男性の指先に触れ、その手からリボルバーを引っぺがす。
 黒い銃身は雪に触れて冷たく変わり、手にしてみると思ったよりも軽い。由比の手でも握れるくらいの大きさのそれが、人を殺めることのできる武器であるという実感は中々沸かなかった。そっと雪の上に置く。

「警察官、かな?」

 日本国内で銃火器を手に入れる方法は限られている。警察や自衛隊関係者か、はたまたヤクザの類か。銃の見た目からそれを判別できるほどの知識は由比には無かった。

 ゾンビを撃ち殺すも噛まれた事で感染を危惧して自害、という筋書きだろうか。
 由比はそのまま男性の上着の内ポケットを探る。警察官なら警察手帳を持っている筈だ。それとゾンビが溢れる街で移動していたということは何処かに隠れ家なりある筈で、彼が水や食糧の類を何処かに隠している事を期待もしていた。
 彼の荷物は件のリボルバーと携帯電話だけであった。

 由比は携帯電話とリボルバーを手に部室棟に戻る。二つの死体は少し離れると雪に埋もれて殆ど見えなくなってしまった。

 リボルバーの取り扱いは海外ドラマで見た事があった。その記憶を元に弾倉を振り出す。円柱型の弾倉から手の平の上に弾丸を取り出す。空の薬莢と弾丸は見比べてみると判別が出来た。

「残り一発、ねぇ」

 何かの役には立つだろうか。彼の様な使い方は御免であるが。
 携帯電話の方はロックがかかっておらず、開くことが出来た。身元に繋がる様な情報はないかと適当に触ってみる。携帯のバッテリーは充分に残っていることから彼は小まめに充電していたのだろうか、ソーラーチャージャーの類があれば可能ではある。とはいえ、パンデミック発生後に通信回線はダウンしており手に入れた所で助けを呼べるわけでもない。

「こんなもの大切に持っていても、通じないのにねぇ」

 そこで由比は手を止めた。
 着信履歴には今日の日付が残っていた。

「え? なんで?」

 通話履歴がここ数日、いや数週間ずっと残っている。相手は毎度同じ相手の様で番号は同じ。通話出来ていた証拠に通話時間が残っている。
 彼は誰かと連絡が取れていたと言う事だろうか。
 通信回線が復旧したのだとすれば、その期待は即ち誰かに助けを求めることが出来るのではという希望に変わった。
 由比は焦る気持ちを抑えつけ、彼の通話履歴の相手に電話を掛ける。

 しかし反応はなかった。圏外だというメッセージが帰ってくるばかりである。
 だが間違いなく通話が通じていた事があったのだ。数時間前の通話履歴の表示を信じるならば。
 由比は他に情報はないかと彼の携帯のデータを見ていく。そしてとある画像データで眉をひそめた。
 写っているのは黒髪の少女。同じ内浦高校の制服を着ている。

「祷、茜……?」

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