クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零17-3・犠牲]

0Σ17-3


 ナノマシンによって細胞のDNAを書き換え人間の肝臓機能を変異させる。小腸で食物から吸収した栄養素を、変異した肝臓で分解されづらい超超高分子化合物に変える。分解されやすいグリコーゲンと違い超超高分子化合物なら、基礎能力を落とした活動であれば非常に少ないエネルギーで長時間保つ。
 ゾンビの非活動時と同じだった。

「でもクノト氏の論理は否定されました、実用化にまで至らなかった。導入されたのは対案であったハイパーオーツ政策でした。後にクノト氏は人体構造を置き換えるナノマシンの臨床試験を非合法に行っていた事を理由に学会を追放されてる。あなたがしているのは、その復讐じゃないんですか」
「何故、肝臓変異のナノマシン施策が受け入れられなかったか君には分かるか」

 その理由をレベッカは知っている。だが、応えなかった。彼女の言葉でそれを語られるべきだと思った。

「副作用で皮膚の一部が変色する事が、世間には受け入れられなかった。というのが通説だがそれは方便だ。それを煽ったのはメディアであるしそれを焚きつけ乗っかったのは既存の食糧産業だ」

 経済活動の原則として希少性と価値は比例する、貴金属や美術品を見れば分かるように。食糧危機は需要と供給のバランスの崩壊だった。跳ね上がった食糧の価格は経済と武力の二つの戦争を巻き起こした。

「超超高分子化合物は分解に時間がかかる故に長期間の活動を可能とするものだった。確かに身体機能は大幅に落ちるが肝臓が従来の機能を無くすわけではない、活発に活動する時とそうでない時のエネルギーリソースを別けようという考えだ。これによって餓死の確率を下げる事が出来れば、必要最低限のカロリーが減る。全ての人類を活かす為だけなら食糧生産が間に合う筈だった」
「だけど世界はハイパーオーツ政策を選びました」
「この世界は零和だ、誰かが富めば誰かが貧する。誰かが満たされれば誰かが喪失する。全ての人間を平等に満たすのは不可能だ、だが肝臓変異ナノマシンであればそれに近付くことが可能だった」

 レベッカは静かに首を横に振る。何故、世界がハイパーオーツ政策を選んだのか。その選択をしたのは誰だったのか。レベッカは知っていた。静かに口を開く。

「ハイパーオーツ政策は確かに救世の案の様に思えました。けれどもそれを実行するにはそれだけの国力が必要です。国民を局地集中させ、国土を切り開き、高度な科学技術と工業力によって社会構造を新しく作り変える。事実、ハイパーオーツ政策を最初に導入したのはアメリカと中国でした」

 今まさに飢えて死んでいこうとする人々が数年がかりの計画を出来るだろうか、出来る筈がない。金だろうが武力だろうが全て使って生きることを考える。
 そうやって地獄は出来上がった。でもそれは聖域の外の出来事であるとも言えた。
 レベッカは言葉を続ける。

「関連産業はハイパーオーツ政策をビジネスチャンスと考えました。そして富裕層も先進国も現状の生活を維持できる方に期待した。いや、殆どの人々がそう思った。その瞬間に、目の前に死神が立っていない人達の全てがそう思った」
「富める者が更に富む、その仕組みは否定しない。よりよい生活を、より一層の富を、更なる幸福を求めることも正しい。世界はそうでなければ停滞する、経済も技術も生活も全て先に進まなければ崩壊するものだ。だが、人々は考えるべきだった」

 レベッカは思う、祷はこの世界を見てどう思ったのだろうかと。かつて世界は全てを救うよりも、自分達だけを救う方を選んだ。

「あなたは……この社会を歪で完全な社会だと呼んでいたそうですね」
「ハイパーオーツ政策で確かに多くの人は救われただろう、社会もどの時代よりも良い形になっただろう。だがその時犠牲にしたものは何だ、野山を切り開き全てを壊した時に犠牲にしたものは何だ。最初から救おうとも思っていなかったものは何だ」

 これは呪詛だ、とレベッカは思う。
 世界から否定された存在の娘。世界が語った否定の言葉、その根源と理由を理解してしまった彼女。世界が歪だと知ってしまったから、彼女はそれを許せなかった。世界を造り上げてしまった全てを憎んで、そして世界もその悪意も全て、感嘆には変えられない事を悟って。だから。

「だから全部壊すというんですか」

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