クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零16-3・磔刑]


0Σ16-3

 堅牢なコンクリートの要塞。その中は冷たく冷え切っていて、開けた空間が広がっていた。真っ白な床と壁と照明は奇妙な浮遊感を足元に這わす。部屋には天井までの高さの強化ガラス戸とスチールで構成された棚が幾つも並んでいて迷路を思わせる。広く何処までも続くかと錯覚させるような部屋でありながら、壁となって連なる幾つもの金属の棚が立ち並ぶ。その棚の強化ガラス越しにサーバー機器が無数に並んでいるのが見えた。無数のケーブルがうねって無数のランプが点滅を繰り返す。この何処かに私の見ていた世界もあるのだろう。

「それでリーベラは何処に居るんですか」

 無数に並ぶサーバーPCの壁、その隙間から音もなく姿を現したムラカサさんの姿に私は問いかける。

「挨拶もなしとは礼儀知らずだな」
「招いてもらった事に感謝すればいいんですか、この世界に?」

 私の言葉に彼女は小さく笑って、しかし互いの手にはハンドガンが握られたままで。背後のレベッカの滾らせる殺気を背中に感じながらも私は彼女の真意を確かめるのが先だと思った。それが狂気であろうと信念であろうとも。

「この地下でリーベラが待っているが、少し懸念があってね。まさかとは思うが、怒りに任せてリーベラを破壊でもするのではないかと思ってね」
「少なくとも私は、あなたもリーベラも止める必要があると思っています。例え破壊したって構わない」
「それは……いけない、いけないよ。君がそれをする理由が何処にある。この世界の嘆きに、怒りの感情に中てられたとでも?」
「怒りは撒き散らすものではないけれど、消せば良いってものじゃないんです」
「君と私は同じ視線を持っていると思ったのだがね、残念だ。人の身でありながら人を超えた君であっても、同じ轍を踏むのか」
「あなた達を止める事が最善の模索だと私は考えているだけです」

 レベッカはまた違う想いで此処にいるのだろうけれども。
 私は周囲にそっと視線をやる。リーベラは地下で待っていると言っていた。どの様な形であるのかは分からないが、少なくとも地下に行くしかないだろう。そしてその為の入り口は、立ちはだかる彼女の向こう側にある筈だった。

「この世界は限界だ、歪んでいるのは君だって感じ知っている事だろう。一度リセットするしかないのだよ。増え過ぎた人々と煩雑になった世界の構造、それらを一度壊してその反省を元に完璧な世界を造り上げる」
「それで誰かを犠牲にすると」
「社会の歪みは人々を殺すだろう。それは徐々に見えない内に、だ」

 食糧の為に争う世界。いつの時代も、それこそ人が自らをそう名乗る前からも、きっと同質の争いは幾つもあって。
 世界中に牙を剥いた悪意を喉元に突き付けられて世界は変わった。無理矢理にでも全てを救うために、そしてそれ故に歪で完全な社会を造り上げた。
 彼女はそれを憎んでいると、かつて語った。彼女にとっては未だ足りないのだ、この世界はより完璧でなければならなかったのだ。

「だから変えなければならない。今度こそ正しく完全な世界に進まなければならない。人では無理だった。人が感情の生き物である以上、人は何度も同じ失敗を繰り返す。先に進むには感情を捨てる他ない、人が新しい世代に進むためにだ」
「世界中の人間の頭を開いて回るとでも?」
「LP症の患者に疑似人格を埋め込む、それ以外の人間はゾンビで構わない」

 彼女の言葉に、今まで口を閉じていたレベッカが遂に啖呵を切って。

「ふざけないでください! そうやって何人もの人を殺してゾンビに変えて、ウンジョウさんもあなたのせいで死んだんです!」
「彼はよく言っていた、無自覚でも無責任でも生きていけるのが成熟した社会だと。本当は一度聞いてみたかったものだ。必死に守った無自覚で無責任な人間とゾンビに一体何の違いがあるのか、とね」

 レベッカが逆上しショットガンを構えようとした所に私は咄嗟に手で制する。まだ止められるならば、と言葉を尽くす。

「まだ間に合う、これ以上の犠牲を重ねないのなら引き返せる可能性が残ってます。リーベラと、そしてゾンビについて情報を握っているあなたを此処で殺すのは……」
「勿体ない、という言葉を君なら語りそうだ。ならば私達はその根底では分かり合えるだろう。何かを切り捨てなければ進めない、それは必要な犠牲であった、と」

 その言葉を私は決して否定できない。その生き方を私はずっと選んできた。
 彼女の嘆きは、変わらぬ世界に対しての憎悪と焦燥と無力感を孕んでいて。確かに、簡単には世界は変わらない。誰もが最善の模索を続けたならば、その内に潜む本能を乗り越えたのなら、きっと世界は彼女の言う様な完全な世界になれるのかもしれない。
 彼女の言葉も嘆きも、きっとそれは祈りだったのだろう。けれども世界は歪なままでそれを変えることなど出来そうもなくて。だから彼女は全てを一度壊してしまおうとした。
 いつかの三奈瀬優子の言葉が私の脳裏を過って反響していく。

「そうだよ、何かを犠牲にしなければ私達は進めない。だから十字架を立てなくてはならないんだ。私とあなたはきっと、そこが違う」
「残念だよ」

 一発の銃声が轟いた。

【零和 拾陸章・人であるが故に 完】

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