クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零16-1・追風]

【零和 拾陸章・人であるが故に】

0Σ16-1

 ダイイチ区画から出発し東進し巨大な高層ビルの群れを抜けた私とレベッカの前に広がるのは、さながら巨大な壁。東京湾沿いを走る首都高湾岸線はこの時代に至るまで増改築を繰り返しており、幾つもの道路が積み重なって立体的に這い回っていた。それぞれが防音の為に重厚な壁を有しており、それが重なり合う事で一つの巨大な壁の様になっているのだ。

 フレズベルクに発見されないように低層を進んでいた事もあって、首都高湾岸線はまるで立ちはだかっているような位置取りだった。その壁を前にしては、その向こうにある筈の海どころか海面の反射光すらも見えそうにない。
 食糧危機を経験した時代の人々は世界を地獄に変えてしまわない為に、全てを効率的に管理して扱おうとした。私の目から見れば異形の壁も誰かの為の祈りの形であるのだろう。
 レベッカが現在いるビル壁面から首都高湾岸線までの距離を測定しながら言う。

「高速道路側面の防音壁はAMADEUSによって超えられます、問題ありません」
「そっか。レベッカ」
「何ですか」
「ありがとう」
「急に何ですか」
「……例えレベッカがどんな理由であれ、此処まで私と一緒に来てくれた事を嬉しいって思う」
「半分は復讐の為だって言ったら、あたしを止めますか」

 右手のハンドガンに装着し拡張したWIIGでワイヤーを撃ち出す。首都高湾岸線の壁を超える為に、空中で身を捩り左手にした杖のトリガーを引きワイヤーを更に撃ち出す。左右二丁のワイヤーガンによって従来よりも立体的な動きが可能となった事で、壁を垂直に上がる難易度はかなり低下した。
 AMADEUSの出力を最大にしながら、レベッカの問いに私は応える。

「……例えムラカサさんを殺したってリーベラを止めたって何が変わるわけじゃない。死んだ人は還ってこないし、ゾンビになった人を元に戻せる訳でもない。世界は壊れたままで、私だってきっと奇妙な存在のままだ」

 ある日世界が突然壊れて。君の見ていた世界は綺麗に出来た虚構だったと知らされて。目覚めた世界は人ならざる者で溢れかえっていて。そして私も人でないと指差される。
 では、人とは何だ。私の身体には元々意志というものが無くて、そこにコードとデータで出来た疑似的な人格を埋め込んだと言うのなら。それがバグを起こしていた特異点であったというのなら。
 私達は何をもって人を人と定義するのだ。
 私とゾンビと人の間にどんな線を引けばいい。

「それでも私達は進むしかない、その根底がどんな感情であっても私達の背中を押すんだから」
「どんな感情でも……ですか」
「でも、その先を私は知らない。分からないんだ。私は本当は人間じゃないらしいから」
「そんな事無いです」
「……レベッカ?」
「あなたはきっと誰よりも強くて……だから誰よりも先を歩いていってしまうだけなんです」
「それはどういう……」

 私の声を遮って鋭く響いた声。フレズベルクの機影が一機、上空に見えた。首都高湾岸線を乗り越えていく私達の姿を発見されたらしい。身を隠す場所もなく待ち伏せされていたのかもしれない。
 リーベラは待つ、と言っていたがその意図も目的も分からない以上フレズベルクが私達を歓迎してくれるという事もあまりに期待できない。手痛い歓迎である可能性が高い。そもそも発見した人間を攻撃するだけのプログラムで動いている可能性もある。絶えずリーベラと通信を行っている方が非効率的だろう。

「レベッカ、周囲の警戒は任せた。此処から50メートル先であれを迎撃する」
「あたしも援護を」
「そう簡単に撃ち落とせない敵である以上、私が対応した方が確実だから。離れてて!」

「クラウンクレイド」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く