クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零13-3・泡沫]

0Σ13-3

 リーベラのデータセンターが存在するお台場湾内を目指すよりも先に、私はU34へもう一度向かう事を希望した。確かめたい事ばかりであった。
 私の希望をクニシナさんは認め、レベッカも同行すると申し出た。

 U34はそもそも、ダウンした筈のリーベラと通信をしている可能性があったことからレベッカ達が当初調査に訪れた場所であった。前回は施設内に大量のゾンビが存在していた事から撤退を余儀なくされたが、そもそもこの場所にも何かリーベラに関する手掛かりが残っている可能性は大いにある。

 件の話をしてからレベッカの口数は少なく、事務的な会話のみで私達は此処までの道のりを進んできていた。U34は前回訪れた時と何も変わっていないが、此方には魔法があるのが大きな違いだった。
 この世界での魔法の是非については兎も角置いておくが、有用性は変わっていない。むしろ今までの魔法よりもその破壊力が上がった様に感じる。
 また、詠唱を省略しても生じる隙を、レベッカのショットガンによる攻撃で潰す事が出来る。U34の施設内は通路が狭くゾンビの攻撃が一方向からになることも手伝い、U34 を私達は無事制圧しながら進んでいた。

「前回の時は気が付かなかったけど地下フロアがあるね、下に向かおう」

 動かなくなっているエレベータの横で私達は建物構造を確認し下へ降りる階段を探す。
 下のフロアに続く階段は厚い防護扉で守られていたからかゾンビが侵入した痕跡はない。荒れた様子もなく、明るく清潔な室内に拍子抜けしそうになる。
 一つだけ扉の閉まった部屋があった。レベッカに手で合図を送る。彼女のグリップを握る手に無意識の内に力が入る。
 最悪の事態を想定して、私はゆっくりと歩を進める。手の甲で扉を叩く。扉越しに乾いた音が響いていくも、室内からはそれに反応する気配はない。思いきり扉を蹴破って私は室内に突入した。視界の端に人影があって私は振り返る。

「!?」

 そこにいたのは、椅子に腰かけたまま事切れている死体だった。何処にも怪我や出血の様子はなく、皮膚の表面は乾燥している。衰弱死だろうか。
 彼は何者だろうか、とレベッカと顔を見合わせる。

「U34はAMADEUSが無ければ来れない場所です」
「此処に籠城して助けを待ってた、っていう風でもなさそうだ」

 彼の傍らには紙の手帳が幾つか転がっていた中を開いてみる。横でレベッカが不思議そうに言った。

「紙なんて珍しいですね」
「そうなの?」
「十数年前から電子ペーパーに移行してきていますから、特殊な理由がないと紙は使いませんね。手に入りづらくなってますし」
「電子データでは残したくない何かがあったのかも」

 びっちりと書き込まれた中身を流し読みしながら、私はそんな感想を述べた。
 並んでいた文字があまりにも特殊であったからだ。

「ヒト機能拡張プロジェクト、って言葉に聞き覚えはある?」
「それ何ですか」
「ドウカケ先生の名前があった」
「え?」

 聞き慣れない単語や専門用語が並んでいて、その詳細を理解するのに時間がかかりそうであったが、その概要は何となく見えてきた。

 ヒト機能拡張プロジェクトは人間の脳機能の強化を目指したものであったらしい。投薬と電気信号によって、前頭葉と中枢神経に変化を与える事で超常的な能力の獲得を見込める。それについての具体的な論文が手書きの文字で続いていた。
 人間の脳の中枢神経に絶えず刺激を与える事で活性化させ人間の従来の力を超えた能力を得る。そんな趣旨の話にかつて三奈瀬優子が語った、魔女とウイルスの関係性の話を連想してしまう。彼女は魔女が体質的に持っている抗体が、自律神経を破壊するウイルスの活動を抑え込む事で人間の脳が活性化して魔法に繋がると述べていた。
 奇妙な相似に、ヒト機能拡張プロジェクトとやらの得体の知れない計画に気味の悪さを覚える。ただ、どうも大規模な計画であった名残が見える。名前の出てくる研究施設や大学、会社名を追いかけていると私は背後からの足音に気が付くのに遅れた。

「愚かな夢追い人達の痕跡を見つけて、どう思ったかな? 祷茜」

 振り返った其処に立っていたのは武装した二人組だった。

「ロト……?」

 二人組の片方はダイニ区画で会ったロトの姿だった。AMADEUSを装備しており、抜いてはいないもののハンドガンを提げたホルスターを装着していた。背にも何かを隠しているように見える。私と遭遇した事を何とも思っていないのか、その表情の意味は読み取れない。
 ロトが何故、此処に。と返す前に。

 私に声をかけてきた、もう片方の人物を注視する。その人物もまたAMADEUSを装備しており、顔を覆っているのは金属質の仮面だった。スピーカーと変声機能付きのマイクが内蔵されているのか、今の声は機械音の混じった声だった。
 少なくとも偶然出くわした風ではなく、更に言えばこの場所にはAMADEUSが無ければ来ることが出来ない。この二人組の目的であるとか何の組織であるとかは不明ではあるが、今この場所で私達の前に姿を現したことは。
 あまり友好的な関係性を築けるとは思えなかった。仮面の人物が手から提げているサブマシンガンの銃口が未だ地面に向いているのを確認する。

 仮面のそれは、本来なら此処にいる筈のない人物だった。その正体を暴く前に、全ての合点がいってしまって。
 やはり、という確信。何故、という怒り。そして、当たってしまったか、という諦め。それらの感情を呑み込んで、私は冷静に仮面の人物へと呼び掛ける。

「お久しぶりですね、ムラカサさん」


【零和 拾参章・かの地で旗を掲げるは 完】

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品