クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零11-4・殺人]


0Σ11-4

 エヴェレットの鍵は私が加賀野家で譲り受けた杖だった。魔女の家系に伝わって来た由緒ある杖であった筈。それが今、私の手元にあった。トリガーとグリップ、そして何らかの機械機構が付け加えられているものの、その鍵を思わせる特徴的な外観はエヴェレットの鍵そのものであった。

「何故、これがここに」
「それはだな……」
「……話は後にしましょう」

 杖を置いていく気にはなれず、近くにあったストラップ紐で括りつけて咄嗟に杖を背負う。
 私の記憶と現在がエヴェレットの鍵により、連続しているものだと証明できるのなら。いや、それよりも。これが本当にあの杖であるならば。

 ゼイリ氏を連れたまま、私はビル屋上ヘリポートに待機している筈の脱出用ヘリへと向かう。ビル内部は混乱の極みにあった。呻きと悲鳴が入り混じり、泣き叫ぶ声の中からゾンビというワードと誰かの名前が聞こえる。私はその混乱の中を無視して階段を駆け上がる。思っていたよりも感染拡大が早すぎる。ウンジョウさん達で抑え込めなかったというよりも、複数箇所に同時に攻撃を仕掛けられた可能性が高い。恐らくスプリンクラーによってだ。

 当初からそのつもりであったが私とゼイリ氏の安全以外は考慮しない事にした。此処までの感染拡大は最早抑え込めない。目の前を遮ったゾンビの額をサブマシンガンで撃ち抜く。

 進行ルートにドウカケ先生のいる医務室があった。無視するべきだという判断に、一瞬サキガタさんの姿が脳裏を過る。躊躇いが混じって、私はやけくそに医務室の扉を開く。

「無事で……!」

 部屋の床に広がっていたのは血の海で。その真ん中にサキガタさんがいた。
 傍に駆け寄るまでもなく、こと切れているのは直ぐに分かった。私は唇を噛み締める。
 部屋の中にはゾンビの姿はなく。そして何よりも、その死体には何の噛み傷も皮膚が食い千切られた跡もない。確かなのは、その胸元に穴が開き、そこから血が溢れ出している事だった。

「そこで死んでるのはサキガタかっ!」

 ゼイリ氏が死体を見て悔し気な声で吼える。私はその死体に駆け寄ってむせび泣き始めた彼の後姿に、言葉を呑み込んだ。
 間違いなく、銃で撃たれている。私はサブマシンガンを構えたまま、足音を立てないように動いた。銃を持った人間を相手にするのは初めてだった。鼓動が早鐘を打つ。
 隣の部屋を静かに確認する。壁際にドウカケ先生が崩れ落ちていた。彼の胸元からも血が溢れ出している。彼の胸元は微かに上下していて息がまだあった。

「先生、しっかりしてください!」

 駆け寄った私の声に反応して、彼は微かにそのまぶたを開いた。私の顔を確認して、その表情を苦し気なものに変えて。そうして囁くように呟く。

「すまな……かった」
「今、止血を」
「本当は……全て知ってい……たんだ」

 彼の胸元の穴を塞ごうとした私の手を彼は力強く掴んで。私に向かって力を振り絞るようにして声を漏らす。

「クラウンクレイド……だ、探せ……君の正体が……」
「クラウンクレイド?」

 その言葉は知っている。今、瀕死の彼が私に伝えなければならない単語だと言うのか。何か本来の意味とは別の特別な意味を持つというのだろうか。
 その問いは既に彼には届かず。私の手首を掴んでいた彼の手は床に倒れ、動かなくなったその姿に私は踵を返す。
 探したがロトの姿は見当たらなかった。彼女は何処で何をしているのだろうか。意志がないと言うならば、生存というただ一点の本能で行動しているのだろうか。

「脱出します」

 ゼイリ氏を立たせて私は進む。
 状況的にサキガタさんもドウカケ先生も同一人物に射殺されたのだろう。このゾンビ襲撃の混乱に乗じて、犯人は彼らを狙った。それが偶発的か計画的かは迷うところだったが、ドウカケ先生の今際の言葉がある。
 全てを知っていた、と彼は詫びた。何を指すのか分からないが、どうしても幾つもの事象を関連しているように結び付けてしまう。

 フレズベルクが製造物である以上、ゾンビ襲撃には何者かの意図が絡んでいる。区画内のセキュリティが同時に不調を起こしたのは、そこから考えるに偶然であるとは考えづらい。
 そして今、銃を持った何者かが殺人という行動を起こした。サキガタさんが浮かぶ血の海の光景が脳裏を何度もちらつく。

 分からない事だらけの中で確実になったのは、ただ一つの事実。
 私達の、いや。私の敵は人間だ。

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