クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零10-7・無為]

0Σ10-7

 その夜、ウンジョウさんはダイニ区画のリーダーに話へ行ったまま帰ってこず、ムラカサさんもゼイリ氏と共にフレズベルクの解析を行っているということだった。
 私とレベッカは取り残されるような形になって二人で夕食を取る事にした。ダイニ区画というよりもダイサン区画でもそうであったが、食糧は完全な配給制度が取られている。
 別の区画から来た私達に対してもそれは同様で。私達の手にはイタリアン風味の食事がプレートに載せられて渡された。ハイパーオーツによる小麦粉製品、巨大な工場によって品質管理された野菜と肉。パターン化され画一化された食事はこの区画にいる全ての人間に同じ物が渡される。

 食堂と呼ぶべきこの場所の構造もダイサン区画と似通っている。椅子も塗装も壁紙も照明の明るささえも同じ物であるように感じる。
 つまり、この食事も建物も設計思考は同じなのだと気が付いた。
 同じ物を大量に効率的に。この時代の生活を支えるには旧来の社会構造では不可能で。食料危機の時代を乗り越えるために、人々が奪い合う地獄にしてしまわないために、世界は強引に姿を変えた。その是非は兎も角、今の私達の手元には温かい食事があるのは事実だ。

「混んでますね」
「隅の方に行こうか」

 夕方時であったからか食堂内には多くの人で賑わっていた。談笑の声が至る所から聞こえてきて、それになじめず私達は隅の方を陣取った。
 確かに此処にいたら、足元が地獄である事なんて忘れてしまいそうになる。それでも私達はそれを知っていて、それどころか周りの誰も知らない悲劇とそれに纏わる陰謀じみたものを知っていて。私はレベッカのかつての言葉を思い出す、その意味がやっと実感をもって私の中に響く。
 あまりにも平和な場所だ。ダイサン区画が何者かが作り出した機械の怪鳥によってゾンビを投げ込まれ、パンデミックを起こして崩壊した。数千人以上の死者が出て助かったのはたった数人。そんな事実を彼等は知らないままでいる。
 いや、きっと。それはもっと前から地続きだったのだ。
 ゾンビによって世界が壊れた日から。そこから逃れた人々が聖域を造り出して、足元の地獄を忘れてしまった時から。きっとずっと、同じことをしている。

 だって、と私の中の誰かが言う。当たり前ではないか、と。今私達はベッドとシャワーの揃った部屋があって、自分達を傷付けるものは何もなくて、それどころか温かい食事が目の前に何も考えなくても出てくる。それを可能にした巨大で高度なインフラはこの社会が生み出した勝利だ。かつての時代の社会からの「進化」だ。それはきっと正しい。
 けれども、だからこそ。彼等は忘れてしまった。

「あの子の具合はどうだった?」

 会話がなくて、私は何を聞いたものかと思いながら。レベッカの助けた少女について問いかける。レベッカの表情は何処か曇ったまま、彼女は頷いた。

「傷も怪我もありませんでした。多少の衰弱は有りますが、栄養剤で直ぐに回復する筈だ、って」
「そっか。良かったね」
「……心の方は、どうなるか分かりませんけど」

 彼女はそう言いながら食事の手を止めた。
 フォークとナイフを持つ手が小刻みに震えて音を立てる。その瞳にはいつの間にか水晶玉の様な大粒の涙が浮かんでいて。今まで気丈に、そして冷静でいたのは、彼女にとっての精一杯であったのだと私は今になって気が付く。
 あまりにたくさんの事がありすぎて吐き出すことを忘れてしまったのは、もしかして私も同じだろうか。

「みんな死んだんですよ……みんなっ……なのに、なんでこんなに。みんな何も知らなくて平和なままで……!」
「レベッカ」
「どうしてあなたはそんなに冷静なままなんですかっ! あなただって全部見てきた筈なのにっ!」

 食堂の喧騒にまみれてレベッカの叫びは響き渡らなかった。私にだけ聞こえたその叫びに、言葉を絞り出す。

「まだ終わってないから。もしこの戦いが誰かの意図したものであるなら、私達はそれを止めなきゃいけない。だから、まだ冷静でいたいんだ。感情に任せたって真実が見えるわけじゃないから」

 それでも、と私は言葉を続ける。

「本当は叫び出したくて仕方ないんだよ。目が覚めたら2080年だったって言われた時からずっと」
「あなたはそれを突き通す強さがあるんですね。きっとそれは正しいのに、あたしにはそれが出来ないんです」
「強くならなくちゃ生き残れなかった」
「あなたは強い人なんですね」
「環境が違っただけだ。レベッカがどうこうって話じゃないよ」
「それでも、あたしは強くなりたかったです。強くならなきゃいけなかったんです。なのに、誰も救えなかった……あたしたちは……なんで、何のために戦ってきたんですか。これじゃあ何の意味もなかったじゃないですか!」
「でもレベッカがいなかったら、私は多分死んでた。あの女の子だってそうだよ。だから全部を無かったことになんてしないで」

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