クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零7-1・寄生]

【零和 七章・機械仕掛けの神を冠して】

0Σ7-1

 ダイイチ区画に到着した私達を待っていたのは全身を消毒する為のシャワールームだった。ダイサンの時にも同じ事を経験したのを思い出す。
 外部からの感染症の予防と言ったところだろう。私の横でムラカサさんが渋い顔をしていた。

「これ、髪のセット崩れるから嫌いなのよね」

 エアーと揮発性の高い消毒液を浴びながらムラカサさんは不満を漏らす。自身の髪と肌を何度もカメラに映してしきりに気にする彼女の姿からは、先程まで重火器片手に彼等を吹き飛ばしていた事が想像も付かない。
 ムラカサさんならば何か知っているだろうかと私は疑問をぶつけた。

「ゾンビを研究されているんですか」
「まぁね」
「破裂するタイプのゾンビを今まで見た事はありますか?」
「待って、それめっちゃ気になるわ」

 私の言葉にムラカサさんは突然跳ね上がって、押し倒してきそうな勢いで私の両肩を掴んできた。目の前まで顔を寄せられて興奮した様子でその目をぎらつかせる。
 私はダイサン区画で目撃したスプリンクラーの特徴を述べた。今現在、目撃されている物とは大きく違い突如その身体を破裂させて周囲に体液を撒き散らす、それを知ってムラカサさんの語調は興奮しっぱなしであった。
 やはりこの世界においてスプリンクラーの存在は確認されていない。となれば、私の思考をムラカサさんが引き継ぐ。

「突然変異種か、もしくは環境に適応……つまるところ進化を遂げたと考えるべきかしら。是非お目にかかりたいわ」
「……既に破裂しましたよ」
「ほっんと残念ね、それ。宿主の体液を周囲に効率的にぶちまければ確かに感染経路を爆発的に増やせるわけだし。それが特異種なのか調べてみる価値はめっちゃあるわね」

 前を歩くウンジョウさんが忌々しそうに口を挟む。消毒を終えて血液検査を受け、そして応接室に向かう様に医師らしき人物に指示された。
 ダイイチ区画もまたダイサン区画と同様にハイパービルディング群となっており、その中心部に位置するビルが目的地である。建物の意匠や構造はダイサンとほぼ変わらず統一されていた。

「問題は、ダイサン区画に進入してきたのがその貴重なサンプルとやらだったことだ」
「偶然かしら、それ」


 ムラカサさんの言葉に私は背筋が冷えた。この人も何者かの意図の介在を疑っているのだろうか。しかし彼女は私の思っていたのとは全く違う仮説を述べる。

「ウィルスが宿主にその様な行動を取らせた可能性は高いわ。人が沢山いる所に行け、ってね?」
「よく分からんな」
「うーん……そうね、ウィルスの話からは少し逸れるけれど幾つかたとえ話をしましょうか。寄生虫の一部には宿主をコントロールするものがいるわ。有名なのはカマキリに寄生するハリガネムシね。ハリガネムシ自体は水生生物だけど、その生涯の一部を陸上生物に寄生して育つの。ハリガネムシの卵を捕食した水生昆虫が羽化して陸上でカマキリなどに捕食されると、カマキリの体内に寄生するわけ。そして宿主の脳をコントロールして水辺に向かわせるのよ」

 話の途中の辺りでレベッカが至極嫌そうな顔をした。何となくのイメージではあるが明瀬ちゃんなら詳しそうな話題ではある。
 私達の反応が芳しくないのも気にせずムラカサさんは話を続ける。

「今回のゾンビもそれに類似した話と言えるのではないかしら。ウィルスが宿主の行動の方向性を決定する事で、人が多い場所にそのゾンビは向かう。体内のタンパク質を破壊する物質か何かを出す事で体組織を破壊して周囲に体液を撒き散らす。ウィルスにとってはめっちゃ理想的な感染拡大だわ」
「ウィルスがそんな簡単に人間をコントロール出来るものなのか」
「それについては愚問ね、現にゾンビという存在に私達は襲われているわけなのだから。生物の行動の方向性を決定づけるのはホルモン分泌でしかないの。極端な話、非感染者の近くに行くと何故か良い気分になるというだけでゾンビの行動は決定される可能性があるわけよ。少なくとも彼等に理性と呼ぶべき類の物が見られない以上ね」
「仮にそうだとしても」

 しかし、それだけでは今回の事態は説明できない。

「ゾンビが区画内に進入するのは、普通は無理です。今回はフレズベルクが運んでくるという奇怪な行動と噛み合いましたけれど……」
「例えばねぇー、ロイコクロリディウムはカタツムリに寄生する寄生虫なのだけど」

 この辺りで既にレベッカが嫌そうな表情をして顔を背けた。

「触覚部分に寄生するの。そして触覚部分で振動や膨張を行うことで宿主のカタツムリは違和感を覚えて触覚を動かす。更には触覚が機能しづらくなることから、普段は暗所に居る筈のカタツムリは日光の下に出てくるわ。これによってロイコクロリディウムの最終的な宿主である鳥にカタツムリが芋虫であると錯覚させて捕食させるのよ。この話すごく私は好きなんだけど。それで破裂するタイプのゾンビ……スプリンクラーと呼んでいたそれがフレズベルクに干渉される様な特殊な振る舞いを行っていた可能性はあるわ」

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