クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零6-5・苦戦]

0Σ6-5 

 ワイヤー長と距離の問題からAMADEUSの推進力では間に合わず移動中に高度が落ち続ける。アンカーを打ち付けた建物の高さからして、現在振り子のように飛ぶ私の身体は地面に衝突しかねない。少なくともワイヤーを巻き上げるスピードからして建物より手前で一度着地し、そこから上へと引き上げられる形でないと無理そうであった。
 そして。
 地面を埋め尽くすゾンビの群れが嫌なクッションとして、私の身体が地面に落ちてくるのを待ち受けていた。私の姿を認めてかその声は狂乱染みたものに変わり、その肌色と赤色の蠢く得体の知れない生き物だった様な物から、無数の腕が突然生えてくるように空へと向かって伸びた。その中へ、手のひら大の黒い球体が私の後方から投げ込まれて。籠った音が膨らんで小規模な爆発が起きてゾンビの肢体が空中に吹き飛ばされて跳ね上がる。続けてウンジョウさんが更に幾つもの黒い球体を投げ込んだ。
 爆発音がまた鳴って、空中にゾンビの群れが巻き上がる。手榴弾を投げ込んでゾンビの群れの中に足場を作る、そんな無茶苦茶なやり方だった。ゾンビの群れの中に死体の山場による土台が出来て。爆発音に反応して周囲のゾンビの注意が一斉にこちらに向く。銃声が轟いた。WIIGを左手で操作したままライフルを右手だけで構えたウンジョウさんが銃弾をばらまく。積み上がった死体の山を乗り越えて飛び込んでくるゾンビを片っ端から死体で出来た礎に変えていく。しかし地面を埋め尽くすほどのゾンビの数は簡単には止まらず、それらは押し退け合い身体をぶつけ合い、同族の骸を乗り越えながら向かってくる。
 もはやゾンビの位置と変わらない高さまで勢いよく私達は落ちてきて。靴越しにでもはっきりと分かるぐにゃりとした感触を踏み締めた。空中から死体で出来たカーペットに着地すると足元で勢いよく体液の飛沫が跳ね上がる。靴底が変色した皮膚を破き中から溢れた肉片を切りつける。ワイヤーの巻き上げは続いたままで、その醜悪な足場を私は駆け抜け、足元を蹴り飛ばす。ビルの壁面まで一気にワイヤーによって引き上げられる。背中のバックパックの出力に私は檄を飛ばして。
 ゾンビの腕が私の靴底を幾つも掠めながらなんとか高度を上げてビル壁面にまで辿り着く。私の後ろでウンジョウさんがライフルを撃ち放したまま空中へと跳び上がり付いてきた。
 ビル屋上に登り切り、ゾンビの群れを改めて眺めながら私は不満を漏らす。

「無茶苦茶ですよ」
「ハウンドが万年人手不足な理由が分かったか」
「そんなの最初から感じてますよ」

 屋上から先程通ってきた一帯を眺めると、ゾンビの蠢く中に空白地帯とでも言うべき死体の山が出来ていた。それを見てレベッカは顔をしかめ、ウンジョウさんは言葉を零す。

「今ので奴等が何匹減った。あとどれだけ殺したら終わりが見える」
「……ゾンビは感染という形でしか増えません。減らせばそれだけ終わりは近付きます」
「だが結果的に、ダイサン区画で感染者が出た」

 私は気になっていた点をウンジョウさんにぶつけた。

「フレズベルクのあの行動は偶然にしては出来過ぎていると思います。ゾンビをわざわざ運んできて、しかもそのゾンビが周囲に体液をばらまき感染させるタイプのゾンビだったなんて、偶然とは思えません。何か意図めいたものを感じます」

 しかも、私達がスプリンクラーと呼んできたあのゾンビは、今までこの世界には存在していなかった。

「……偶然ではないのなら、誰の意図だろうな。フレズベルクが邪魔な人間を殺す為にゾンビを利用する手を思い付いたとでも?」

 まさか、と私は乾いた笑いを返す。けれども会話は其処で途絶えて。
 そんな中私の横のレベッカが突然勢いよく振り返った。何かに反応したかのような素振り。だがそれが一体何に反応したのか分からなくて。レベッカに問い掛ける前に、ビルの屋上にあった鉄の扉が勢いよく弾け飛びそうなくらいの勢いで開く。屋上に通じていた入り口からゾンビの群れが雪崩れ込んでくる。

「走れ!」

 ウンジョウさんが怒鳴った。銃声に急き立てられて私は別のビルへ向けて屋上を走る。今の一瞬。ゾンビの接近を察知できる要素は無かった。だが、レベッカの反応は明らかに何らかの接近を感知していた様に見える。
 その常人離れした直感とやらに、私はやはり一つの可能性を連想してしまう。
 魔法の可能性はないだろうか。何の魔法かも分からない、この世界で私が魔法を使えない理由も分からない。しかしレベッカのいう直感とやらはあまりに冴えすぎている気がする。
 銃声が激しく響き渡る。雪崩れ込んでくるゾンビの出足を挫くには至ったが、数が多すぎる。隣のビル壁面にアンカーを撃ち込もうとした瞬間、そのビルの屋上から影が舞って。ゾンビが屋上から飛び込んでくる。ビル密集地帯とは言え、ビルの間は数メートルの距離がある。しかしそれにも関わらずゾンビは私達の方へと飛び込んでくる。
 咄嗟に私はサブマシンガンの銃口を空中のゾンビに向け、迷わず引き金を引いた。手の中で衝撃が暴れまわり、銃声と共に弾丸を撒き散らす。大きく外れた照準と射線は、ゾンビに弾丸を掠めさせる事も出来ず。
 ゾンビがビルに着地して私達の方へ向かってくる。引き金を引いてもそれを動き回る目標に的中させるのは非常に難しく。走り向かってくるその存在に、当たらない銃弾に、焦りが一気にこみあげてきて私の手元はぶれる。当たらない、それが声にならない悲鳴になりそうで。

「下がって!」

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