クラウンクレイド
[零5-3・悪戯]
0Σ5-3
それはまるで神の悪戯じゃあないか、そう語った人物を、そして最期の言葉を思い出す。
三奈瀬優子は言った。ゾンビ、そしてそれに関わる全てが、理解は出来ど説明が付かない人智を越えた事象だと。それはまるで、神の悪戯の様だと。
それならば、今私の目の前で起きているのも、神様の仕業だとでもいうのだろうか。
フレズベルクがゾンビを運んでビル上空に現れ、防護扉のロックが出来ずにゾンビの侵入を許し、そしてそのゾンビがたまたま「スプリンクラー」であった。
それを偶然で片付けるには、世界はあまりにも残酷過ぎないだろうか。
「スプリンクラー!?」
私は驚愕の声を漏らす。人混みの中でゾンビは突如その身体を破裂させた。脂と内臓の欠片が混ざった高粘度の赤黒い血液が撒き散らされる。それは食堂にいた人々の頭へと降りかかった。
話には聞いていたものの初めて見た光景に私は奥歯を噛みしめる。込み上げてくる吐き気よりも絶望的な状況に陥った危機感が先に頭を横殴りにする。
しかしウンジョウさんは一歩も動き出そうとしなかった。私は怒鳴る。
「早く退避しないと!」
スプリンクラーの破裂は周囲にその体液をばらまき、それを切っ掛けとして血液感染を起こすことになる。この数十人が密集した部屋では二次感染は避けられない。部屋の中心でまともに血を被った人達が何れも抗体を持っていない可能性の方が高い以上、この場でゾンビが発生しそれが他の人間を襲ったならば。
このビル内でパンデミックが起きかねない。
しかし、ウンジョウさんから返ってきたのは意外な反応だった。
「なんだあれは」
「え?」
レベッカもまた、目の前で起きた光景に混乱していた。スプリンクラーによる感染拡大の危機を理解していない。
この世界のパンデミックではスプリンクラーは関与してないというのか。そもそもこの世界のゾンビの性質が私の知っているゾンビとは違う。スプリンターしか走ることは出来なかった筈なのに、この世界のゾンビは全てが走っている。
いや、それよりも。
「体液がかかった人は感染します! あれはそういう進化を遂げてる!」
私がウンジョウさんに叫んだ言葉は、部屋中に響いて。一斉に部屋にいた人物が私の方を見た。それが引き金となった。一斉に人々はこの場から逃げ出そうと扉へと押し寄せる。食堂にあった三か所の入り口それぞれに人雪崩れ込み、その内の一つにいた私達も無数の人の壁に押し退けられる。パニックに陥った彼等は互いにぶつかり押し合い突き飛ばす。スプリンクラーの血液がかかった人達も逃げ出そうとして、近付かれた人達もより一層のパニックに陥って。そのもみ合いで床に転がった人は悲鳴を上げた。その悲鳴が更なる混乱を加速させる。
食堂と別セクションを繋ぐ廊下には無数の人でごった返していた。人混みに突き飛ばされて廊下の壁で唖然としていたレベッカに私は怒鳴る。
「血のかかっている人を撃って! ここで殺さなきゃパンデミックが起きる!」
「な、なにを言って……」
「あの日と同じ事が起きる!」
その声は。
悲鳴の中から聞こえてきた呻き声に私は振り返る。逃げ惑う人の群れの中に今まさに変異したばかりのゾンビの姿がそこにあって。
「やはり感染してる……!」
そのゾンビは唐突に近くの人間に噛み付く。皮膚を簡単に裂き血飛沫を上げる。
廊下を埋め尽くした人の群れへと、ゾンビが噛みつくその光景はいつか見た地獄と同じもので。噛まれた人間が一瞬で変容していく。まるで溢した絵の具によって塗りつぶしていくかのように、溢れ出し流れ出す血が拡がっていく。血の匂いと悲鳴とで私の頭の中は一杯になって。
突如鋭い銃声が轟いた。ウンジョウさんがライフルの引き金を引く。ゾンビが音に反応したと同時にその頭部に穴が開く。撃ち抜かれて地面に臥せたゾンビを乗り越えて別のゾンビが疾走する。
「レベッカ! 後退してこのセクションを封鎖する! 急げ!」
「ここで食い止めるのは」
「無理だ!」
銃声が数度轟いて疾走してきたゾンビが勢いよく地面に転がる。レベッカがショットガンを手に顔を歪めて頷いた。別セクションへと逃げ込もうとする人々の背中を急き立て私とレベッカは後退する。ウンジョウさんが銃を連射しながら向かってくるゾンビを撃ち抜いた。
食堂からの出口は三か所、それぞれの通路が独立しており別のセクション及び別階に繋がっている。私達がいた廊下は崩れ落ちた死体と血だまりだけが残り静まり返ったものの、遠方からは呻き声と悲鳴が聞こえてきていた。
部屋の入口と廊下の間に設置されている防護扉を閉める。重厚な音が響き渡り金属音が擦れる。扉がロックされると私は一つ溜め息を吐いた。重厚な扉である以上、構造的にゾンビに突破される事はないだろう。廊下の先の広場の様な場所には逃げてきた人々が床に座り込みその表情に絶望の色を落としていた。
しかしビルの構造的に、現在いる階層の中心部に食堂が存在している。出口は三か所あり各セクションに繋がっている。スプリンクラーが撒き散らした体液の量からして数人は感染している筈だ。混乱の最中で見逃したが別の出口に向かった可能性が高い。現に悲鳴が聞こえていた。
各セクションごとに防護扉によって封鎖できるなら、感染者が少ない内に対応できる可能性がある。
私はウンジョウさんに言う。
「別の出口から感染者が移動した可能性があります。封じ込めが出来ている内に射殺すれば間に合います」
「何やってんだよ! お前ら!」
それはまるで神の悪戯じゃあないか、そう語った人物を、そして最期の言葉を思い出す。
三奈瀬優子は言った。ゾンビ、そしてそれに関わる全てが、理解は出来ど説明が付かない人智を越えた事象だと。それはまるで、神の悪戯の様だと。
それならば、今私の目の前で起きているのも、神様の仕業だとでもいうのだろうか。
フレズベルクがゾンビを運んでビル上空に現れ、防護扉のロックが出来ずにゾンビの侵入を許し、そしてそのゾンビがたまたま「スプリンクラー」であった。
それを偶然で片付けるには、世界はあまりにも残酷過ぎないだろうか。
「スプリンクラー!?」
私は驚愕の声を漏らす。人混みの中でゾンビは突如その身体を破裂させた。脂と内臓の欠片が混ざった高粘度の赤黒い血液が撒き散らされる。それは食堂にいた人々の頭へと降りかかった。
話には聞いていたものの初めて見た光景に私は奥歯を噛みしめる。込み上げてくる吐き気よりも絶望的な状況に陥った危機感が先に頭を横殴りにする。
しかしウンジョウさんは一歩も動き出そうとしなかった。私は怒鳴る。
「早く退避しないと!」
スプリンクラーの破裂は周囲にその体液をばらまき、それを切っ掛けとして血液感染を起こすことになる。この数十人が密集した部屋では二次感染は避けられない。部屋の中心でまともに血を被った人達が何れも抗体を持っていない可能性の方が高い以上、この場でゾンビが発生しそれが他の人間を襲ったならば。
このビル内でパンデミックが起きかねない。
しかし、ウンジョウさんから返ってきたのは意外な反応だった。
「なんだあれは」
「え?」
レベッカもまた、目の前で起きた光景に混乱していた。スプリンクラーによる感染拡大の危機を理解していない。
この世界のパンデミックではスプリンクラーは関与してないというのか。そもそもこの世界のゾンビの性質が私の知っているゾンビとは違う。スプリンターしか走ることは出来なかった筈なのに、この世界のゾンビは全てが走っている。
いや、それよりも。
「体液がかかった人は感染します! あれはそういう進化を遂げてる!」
私がウンジョウさんに叫んだ言葉は、部屋中に響いて。一斉に部屋にいた人物が私の方を見た。それが引き金となった。一斉に人々はこの場から逃げ出そうと扉へと押し寄せる。食堂にあった三か所の入り口それぞれに人雪崩れ込み、その内の一つにいた私達も無数の人の壁に押し退けられる。パニックに陥った彼等は互いにぶつかり押し合い突き飛ばす。スプリンクラーの血液がかかった人達も逃げ出そうとして、近付かれた人達もより一層のパニックに陥って。そのもみ合いで床に転がった人は悲鳴を上げた。その悲鳴が更なる混乱を加速させる。
食堂と別セクションを繋ぐ廊下には無数の人でごった返していた。人混みに突き飛ばされて廊下の壁で唖然としていたレベッカに私は怒鳴る。
「血のかかっている人を撃って! ここで殺さなきゃパンデミックが起きる!」
「な、なにを言って……」
「あの日と同じ事が起きる!」
その声は。
悲鳴の中から聞こえてきた呻き声に私は振り返る。逃げ惑う人の群れの中に今まさに変異したばかりのゾンビの姿がそこにあって。
「やはり感染してる……!」
そのゾンビは唐突に近くの人間に噛み付く。皮膚を簡単に裂き血飛沫を上げる。
廊下を埋め尽くした人の群れへと、ゾンビが噛みつくその光景はいつか見た地獄と同じもので。噛まれた人間が一瞬で変容していく。まるで溢した絵の具によって塗りつぶしていくかのように、溢れ出し流れ出す血が拡がっていく。血の匂いと悲鳴とで私の頭の中は一杯になって。
突如鋭い銃声が轟いた。ウンジョウさんがライフルの引き金を引く。ゾンビが音に反応したと同時にその頭部に穴が開く。撃ち抜かれて地面に臥せたゾンビを乗り越えて別のゾンビが疾走する。
「レベッカ! 後退してこのセクションを封鎖する! 急げ!」
「ここで食い止めるのは」
「無理だ!」
銃声が数度轟いて疾走してきたゾンビが勢いよく地面に転がる。レベッカがショットガンを手に顔を歪めて頷いた。別セクションへと逃げ込もうとする人々の背中を急き立て私とレベッカは後退する。ウンジョウさんが銃を連射しながら向かってくるゾンビを撃ち抜いた。
食堂からの出口は三か所、それぞれの通路が独立しており別のセクション及び別階に繋がっている。私達がいた廊下は崩れ落ちた死体と血だまりだけが残り静まり返ったものの、遠方からは呻き声と悲鳴が聞こえてきていた。
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