クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零3-6・食糧]

0Σ3-6

「なんとなく聞いたことはあります」

 国連の試算で、地球人口は増加を続け食料供給量のボーダーを越すとされていた。2019年の時点で全ての人間が飢餓と無縁とは言えなかったが、新興国を中心に人口爆発が起きればその状況は更に悪化する。食糧を物理的でなくとも奪い合う時代へと突入すると。
 もっとも、人類はゾンビという脅威によってその社会ごと食い尽くされそうになっているのだが。
 ウンジョウさんが、私の反応を見て話を続ける。

「2050年の食糧問題を人類は回避できなかった。予想と呼ぶべきか預言と呼ぶべきか、とにかくその未来は実現してしまった。その預言の質が悪いところは、そのリミットと共に全てが破綻するわけではないという、緩やかな破滅という点だった。その時が来ても、殆どの人間は無関心で、彼等は世界の崩壊の兆しをその喉元に突き立てられてから気が付いた」
「それは何となく分かりますけど」
「誰が悪いわけでもない。無自覚で無責任でも生きていける、そんな社会の問題だ」

 かねてより指摘されてきた2050年を目処とした食料危機。これを回避できなかった世界は貧困を発端とした内戦紛争時代に突入していく。影響が顕著に表れたのは、当然の如く貧困国からであった。食糧支援に回すリソースが減少し、また食料を「買い漁る」世界規模の経済活動の被害を誰よりも被った。自国を賄えるほどもない食料すら食い散らかされるという構図だった。
 2050年以降、鳥インフルエンザと豚ペスト、海洋環境悪化による養殖業へのダメージ。これが引き金となって貧困問題と食料危機は目に見えて加速した。
 ウンジョウさんの語る言葉は、どこか実感が湧かなくて。けれども、決して的外れなものでもないように感じる。

「2052年のインド・パキスタン間の戦争勃発に、トウモロコシの大規模疫病が時期が重なった。飢えによって世界は揺れた。先進国は食料を経済によって奪い合い、後進国は武力によって奪い合う。暴力の矛先がヨーロッパ諸国に、テロという形で向けられた」

 それが、今から30年前の世界であり、そして私達の時代から30年後の未来の姿だと。そう語る言葉は、何故か息苦しくて。
 もっとも、世界は破滅を待つだけではなかった。そう話は続く。
 各国の食糧対策の動きは、そんな世界情勢を受けて加速した。頭一つ抜き出たのはアメリカだった。都市部への人口集中化と国有地の大規模農地化、そして改良小麦の単一栽培を組み合わせた「ハイパーオーツ政策」を強硬に推し進めた。農作物の国外輸出も相まって、アメリカの食糧事情は諸外国に比べて安定し始める。これを見たヨーロッパ諸国や日本、中国らもこれを導入した。

「そのハイパーオーツ政策というのが良く分からないんですけど」
「根本にあるのは、ハイパーオーツと呼ばれる品種改良小麦を重点的に生産する方策だ。大規模な農地で単一栽培をすることで、カロリーベースで効率的な生産を行うとした」
「小麦粉だけ沢山作ろうとしたってことですか」
「ネックになるのは、従来の生産量と効率では間に合わないことだった。農地面積というのは、巨大化すればするほど効率がいい。機械による自動化という点もあるし、単純に諸々のコストが下がるからな。だから従来の農地面積よりも更に大規模な機械化農業を展開すればいいと彼らは考えた。人口を主要な都市部に集中させ、それ以外の土地を全て農地に変えた」
「え?」

 半強制的に人口を都市部に集中させ、郊外の超巨大な農地で大量生産をして輸送する。農地拡大の為に、既存の農地以外の土地も農地へと変えた。
 ハイパーオーツは、その成長性と耐久性からいかなる土壌の状態においてもある程度の収穫が見込めた。故に土地を潰して農地に変えるという立ち上げサイクルも現実的な期間で行う事が出来たという。そんなやり方を取るまで、人類は追い詰められていたということの裏返しでもあった。
 アメリカの成功を受けて日本でも同様の手法がとられた。即ち、人口の集中と都市部以外の平地を全て潰す農地開拓であった。
 そこまで聞いて、私の中で点と点が繋がる。ようやく話が見えてきた。
 レベッカから、此処が東京だと聞かされた時に都道府県制度が既に過去のものであり、茨城県が消滅していると聞いている。それはつまり。
 関東平野を中心に農地に変え、この東京以外は既に県としては存在していないということだ。
 私の出した推測にウンジョウさんは頷いた。

「そうだ、ハイパーオーツ政策によって関東圏の東京一極集中が進み、それ以外を農地に変えることで日本も食料危機を乗り切った」

 勿論、全ての土地を農地に変えたわけでもない。しかし東京にインフラを集中させ、大都市を形成し、他の県の人口全てを集約した。
 途方もない話であり、そして俄かには信じがたい話だった。あまりにも強引で、そして乱暴で、下手な夢物語の様で。しかし、それほどまでに。食料というただ一点で、世界は追い詰められていたのだという。
 今目の前に広がっているのは、何処までも続くかと錯覚するかの如く一面の灰色の景色。高層ビルが立ち並ぶ都会的な口径の遥か先に、麦畑が広大に広がっているという。全くイメージが出来なかったし、そもそも東京以外の関東圏が消滅しているのも受け入れられない。
 しかし、私は頷いた。これが良く出来た悪夢ではないのなら、少なくとも私のいる世界は此処なのであり。受け入れなくてはならなかった。

 もっとも話はまだ終わっていない。この話だけでは、それだけの人口集約を可能にした方法が分からないし、世界がどうなったのかもまだ途中だ。そして何よりも、ゾンビの存在が欠けている。

「その話の続きは後にしませんか」

 私達の会話にレベッカが割って入ってきた。AMADEUSの修理が終わったらしい。ウンジョウさんが、その手際を褒めると、レベッカは誇らしげな表情を見せた。鼻高々といった感じで私の方にも視線を向けられたが、残念なことにそれがどれくらいの技量や技術を要求されるのかが分からない。
 ウンジョウさんが先導するように先に立つ。

「ダイサンに帰還する」


【零和 三章・多層世界に死線を引いて 完】

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