クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零2-1・異邦]

【零和 二章・認識齟齬の水面下】
0Σ2-1

 血液、体液を媒介とし感染率90%を越える謎の感染症。ヒトからヒトにのみ感染し治療法は不明。感染した人間は狂暴化し、おおよそ人間らしさを消失し獣の様になり近くにいる人間を襲う。それが切っ掛けに二次感染を拡大する。また奇妙な事にその際に、強い摂食衝動が人間に対して起こる。
 この感染症がパンデミックを引き起こし、全世界に瞬く間に拡がった。世界の人口は1%以下に減少し、地上は感染者である通称「ゾンビ」に埋め尽くされた。

 それが今、眼下に広がる景色の正体であり、西暦2080年の現状だった。
 目眩がして私は額に手をやる。レベッカの説明は淡々としていて淀みもなく、その場でこしらえたわけではない確固たる現実であると語っているようだった。当の彼女は私の姿から視線を逸らすことも無く、けれどもその銃口は少し下がりつつあった。
 まるで下手なB級映画だ、と私は思った。それもとびきり下手な。少女は謎の施設で目を覚まし、そこにゾンビの群れが現れる。其処にショットガンを抱えた、「らしい」金髪の美少女が現れる。姿を変えた街並みはゾンビに埋め尽くされていて、あなたはいま西暦2080年にいる。そんな陳腐な展開だ。

 もっとも。問題なのは、私はその内の幾つかを既に知っていて、それは否定できない現実だということである。レベッカの語った感染症は、私が嫌という程見てきたゾンビ達の性質そのものであり、多少の差異はあれど先程目撃したゾンビはそれと同じ物であった。そして、ゾンビによって世界は崩壊し、私達の居た場所は取って代わられそうになっているのも確かだった。故に彼女の言葉は信じる信じないもなく、当たり前の状況確認であったとも言える。ただ一点を除けば。

「2080年……?」

 私は自分の頬を触る。指先には自分の肌の感触が貼り付いて、少し皮膚は乾燥していたものの皮膚の下の柔らかい脂肪の感触までも分かる。少なくとも死人の肌ではないと思った。
 ゾンビなんてものが溢れているのは良い。知っている現実だった。だが、今が2080年だという事に納得が出来なかった。私が居たのは2019年の筈で、そこから60年もの時間が経過したには、私自身があまりにも変わらぬままだった。意識不明の重体に陥って、気が付けば60年の時が経過していた。なんて真実を仮に突き付けられたとして、この身体はあまりにも昨日と変わらないままだった。慌てて振り返る。

 窓ガラスに微かに映る自分の姿を確認する。そこに居るのは何も変わらない17歳の自分の姿だった。白髪や皺が増えていることも無く、その唖然とした表情までも何も変わっていない。60年の時が本当に経過していたにしては、私はあまりに差異が無さすぎる。記憶も意識もハッキリしている。違うのは、魔法が発動できなくなったことだけだ。

「あなたが、何に動揺しているのか分かりませんけど、あの施設に居た理由を聞いていません」
「だから……分からないんだよ」

 レベッカの目線は冷たく、しかし溜め息を吐いて瞳からその色はふと消えた。銃口が完全に降りて下を向く。私に対して、彼女は一先ずの結論を得たようだった。状況は不明である以上、少なくともレベッカを頼る必要があった。現在地も現在の世界の状況も分かっていない以上、私一人での単独行動はあまり宜しくないと思える。彼女が何者であるにせよ、だ。

 此処は東京であると言っていた。つまり日本国内という事になる。仮に現在が2080年であることを認めるとして、その間に国内情勢や政府機関や法律や社会がどう変化したのかは分からないものの、銃刀法の解禁は在り得るだろうか。ゾンビによって社会が崩壊しているとはいえ、仮に法律が何の力を持たなくとも銃火器が入手出来るかはまた別問題だ。少なくとも彼女は銃を持っていて、しかもそれを使いこなしている。見た目からして私とさほど変わらない年齢に見えるが、そんな少女がそんな芸当をこなすこと自体異様であると私の目には映る。

 レベッカが持っているのは、今背中に背負っているショットガンが一丁。私に向けていたハンドガンが一丁。それとあのワイヤーを撃ち出していた奇妙なハンドガンが一丁だった。前者二つについて私には見分けが付かないので何とも言えないが、ワイヤーガンとそれを用いた空中移動は2019年にある技術とは思えない。
 今が2080年-未来-であることの証明になるだろうか。そう考えてみれば先程の建物の少し近未来的な建物の意匠や、見た事のない形をしていたPC類も納得がいくと言えばいく。
 レベッカがハンドガンを腰のホルスターに仕舞って私に言う。

「とりあえず、此処を離れます」

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