クラウンクレイド
『24-8・奇跡』
24-8
飛んできたナイフを呑み込み、全てを焼き尽くしながら炎の塊は進む。轟、と振動を響かせて、その焔が弾丸の様に飛ぶ。火の粉が散り空気を焦がす。焔が進んだ跡には衝撃波となった熱風が吹き荒ぶ。灼熱が触れてもいない床を焦がし燃やす。
紅蓮が三奈瀬優子の身を包むその寸前、私の目には全てがスロウ・モーションで映る。まるで巨大な壁のように、焔は前面の全てを薙ぎ、その焔に触れずとも纏った熱が三奈瀬優子の皮膚を溶かし表面を黒く炭化させる。熱にうなされたタンパク質は崩壊を始めて、彼女の人間らしい部分は原型を失っていく。目尻が裂けて唇が燃えるその一瞬、彼女の表情に笑みのような物が見えた。
紅蓮の塊がその身を穿ちながら巻き込み吹き飛ばす。空中を舞ったその身体を焼いた焔は、物質にぶつかったことで激しく周囲に飛び散って、焔は割れて無数の火の粉に変わっていく。
三奈瀬優子の身体は焔に呑まれて、その四肢が踊るようにし空中を舞って。そして床に勢いよく落下した。肉を焼いた強烈な臭いが一瞬で充満する。一瞬間を開け遅れて返ってきた衝撃波は火の粉を孕んでいて、私の髪を焦がした。微かに混じる黒煙が嫌悪感を逆撫でる。
その場に倒れ込んで三奈瀬優子は動かなくなった。視線はやらず、その横を通り過ぎる。
彼女の傍らに置いてあったジェラルミンケ-スを私は拾い上げた。蓋を開くと、その中には、ペンの形をした注射器があった。数は一つのみで、型抜かれたスポンジによって固定されている。
「血清はそれだけだ」
私は振り返り三奈瀬優子の方を見た。掠れた声で彼女は楽しそうに言った。黒く焦げた全身は床に臥せたままで、それでも顔だけはこちらに向けていた。皮膚や焼け焦げ、その洋服は溶けて皮膚と一部が一体化し、髪は異臭を立てて縮れていて、その目は白く濁っている。その目を背けたくなりそうな姿であっても、彼女の言葉はハッキリとしたもので。
私は杖を彼女へ向けて言う。もはや、意味を持たない脅しではあった。
「この施設には、まだあるんじゃないですか」
「製造は出来る。だが精製してあるのはその一本だけだ。救う人間と、その手段は限られている方が価値があるだろう?」
その言葉に、私は多少嫌悪した。
「あなたは、神にでもなったつもりですか」
「神か……。そもそもこの事態を巻き起こしたのは神かもしれないな」
「何を急に馬鹿な事を」
三奈瀬優子の口から似合わない単語が出てきた。
私の言葉を前に、三奈瀬優子は掠れた声で尚語り出す。
「ゾンビの内臓機能の一部は変異していて、その体内でブドウ糖以外のエネルギー源を生成し利用している節がある。だが、そのエネルギー生成と効率において、彼等は既存の物理法則を凌駕している。仕組みが分からない」
「単に研究しようがないからなのでは」
「違うな。理屈は分かるのだ、理論が分からない。発生方法も不明、発生したモノの原理も不明。それはまるで神の悪戯じゃあないか。先程の君の現象も、まるで奇跡だ」
その言葉を最後に、臥せた三奈瀬優子は何も喋らなくなった。先程まで、何ともないように振る舞っていた彼女は、突然息絶えていた。その死の間際に、彼女は不釣り合いな言葉ばかりを吐いた。苦痛も悲鳴も、嘆きも懺悔も、彼女の言葉には欠片も無かった。ただ、彼女が至った境地を、そこで語ろうとしていた言葉を、誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。
私は彼女の亡骸に踵を返す。ほんの一瞬も、彼女に手向ける時間はなく、優先すべきは明瀬ちゃんだった。
館内のサイレンは、いつの間にか火災警報に変わっていた。
【24章・魔女と、亡者と 完】
飛んできたナイフを呑み込み、全てを焼き尽くしながら炎の塊は進む。轟、と振動を響かせて、その焔が弾丸の様に飛ぶ。火の粉が散り空気を焦がす。焔が進んだ跡には衝撃波となった熱風が吹き荒ぶ。灼熱が触れてもいない床を焦がし燃やす。
紅蓮が三奈瀬優子の身を包むその寸前、私の目には全てがスロウ・モーションで映る。まるで巨大な壁のように、焔は前面の全てを薙ぎ、その焔に触れずとも纏った熱が三奈瀬優子の皮膚を溶かし表面を黒く炭化させる。熱にうなされたタンパク質は崩壊を始めて、彼女の人間らしい部分は原型を失っていく。目尻が裂けて唇が燃えるその一瞬、彼女の表情に笑みのような物が見えた。
紅蓮の塊がその身を穿ちながら巻き込み吹き飛ばす。空中を舞ったその身体を焼いた焔は、物質にぶつかったことで激しく周囲に飛び散って、焔は割れて無数の火の粉に変わっていく。
三奈瀬優子の身体は焔に呑まれて、その四肢が踊るようにし空中を舞って。そして床に勢いよく落下した。肉を焼いた強烈な臭いが一瞬で充満する。一瞬間を開け遅れて返ってきた衝撃波は火の粉を孕んでいて、私の髪を焦がした。微かに混じる黒煙が嫌悪感を逆撫でる。
その場に倒れ込んで三奈瀬優子は動かなくなった。視線はやらず、その横を通り過ぎる。
彼女の傍らに置いてあったジェラルミンケ-スを私は拾い上げた。蓋を開くと、その中には、ペンの形をした注射器があった。数は一つのみで、型抜かれたスポンジによって固定されている。
「血清はそれだけだ」
私は振り返り三奈瀬優子の方を見た。掠れた声で彼女は楽しそうに言った。黒く焦げた全身は床に臥せたままで、それでも顔だけはこちらに向けていた。皮膚や焼け焦げ、その洋服は溶けて皮膚と一部が一体化し、髪は異臭を立てて縮れていて、その目は白く濁っている。その目を背けたくなりそうな姿であっても、彼女の言葉はハッキリとしたもので。
私は杖を彼女へ向けて言う。もはや、意味を持たない脅しではあった。
「この施設には、まだあるんじゃないですか」
「製造は出来る。だが精製してあるのはその一本だけだ。救う人間と、その手段は限られている方が価値があるだろう?」
その言葉に、私は多少嫌悪した。
「あなたは、神にでもなったつもりですか」
「神か……。そもそもこの事態を巻き起こしたのは神かもしれないな」
「何を急に馬鹿な事を」
三奈瀬優子の口から似合わない単語が出てきた。
私の言葉を前に、三奈瀬優子は掠れた声で尚語り出す。
「ゾンビの内臓機能の一部は変異していて、その体内でブドウ糖以外のエネルギー源を生成し利用している節がある。だが、そのエネルギー生成と効率において、彼等は既存の物理法則を凌駕している。仕組みが分からない」
「単に研究しようがないからなのでは」
「違うな。理屈は分かるのだ、理論が分からない。発生方法も不明、発生したモノの原理も不明。それはまるで神の悪戯じゃあないか。先程の君の現象も、まるで奇跡だ」
その言葉を最後に、臥せた三奈瀬優子は何も喋らなくなった。先程まで、何ともないように振る舞っていた彼女は、突然息絶えていた。その死の間際に、彼女は不釣り合いな言葉ばかりを吐いた。苦痛も悲鳴も、嘆きも懺悔も、彼女の言葉には欠片も無かった。ただ、彼女が至った境地を、そこで語ろうとしていた言葉を、誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。
私は彼女の亡骸に踵を返す。ほんの一瞬も、彼女に手向ける時間はなく、優先すべきは明瀬ちゃんだった。
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