クラウンクレイド
『24-4・結末』
24-4
三奈瀬優子の余裕じみた言葉と共に、禊焔の炎が離散していった。弾けた火の粉が散って、床に散る。床に小さく火の手を上げたそれを、三奈瀬優子は魔法で消し飛ばした。アダプターすら焼き尽くした強烈な熱線。私の持ちうる最大火力。
それを、防がれたことに私は動揺を隠せなかった。
「禊焔も防げるのか……!」
「相手を殺してでも奪い取ろうという姿勢には感服したよ。だから」
彼女の周囲にあったパイプ椅子が触れずとも、その構造がバラバラになる程勢いよく砕け跳んだ。そしてパイプ椅子を構成していた金属のパーツが空中へと、まるで糸の付いた操り人形の様に持ち上がる。金属のパイプが折れて先端がとがったそれが、空中でゆっくりと身を捩り。その先端が私の方を向いた。光を反射して、その切っ先は誇張するかの様に眩く光る。
私が咄嗟に屈むと同時に、その金属の槍とでも言うべきそれは勢いよく飛んで来た。私が楯とした机に突き刺さり、鈍い音を立てる。木材が割れて裂ける軋んだ悲鳴を上げる。分厚いそれを難なく貫いて、机の天板の向こう側から尖った金属の先端が顔を覗かせた。
「私もそれで返そう」
私が臥せている間に椅子が砕け散る音が何度も聞こえた。銃のリロードを連想する。これで、頭をぶつけて気絶程度では済まなくなったようだった。パイプが体に刺さるというのは、少なくとも気持ちのいいものではないだろう。
私は呪文を唱える。
「この地に叫喚の名を冠せ、焦がし滅する紅蓮の欠片。狭間の時に於いて祷の名に返せ」
直接炎をぶつけようとしても、衝撃を撃ち込むことによってかき消されるのなら。二次燃焼という形ならば、防ぐ手が遅れないだろうか。
「猛焔―さかりほむら―!」
私が三奈瀬優子へと翳した杖の先端から、炎の塊が零れ落ちる。床へと落ちた炎の塊が、私の身の丈以上の火柱を上げた。それにより机が勢いよく飛び上がる。カーペットを燃やす焦げ臭い空気が充満する。
火柱が勢いよく襲い掛かってくる、そんな光景を前にして三奈瀬優子が手を振るう。火柱がその根元から離散した。火の粉が、花火の跡の様に力なく散っていく。その隙をついて、私は穿焔の呪文を詠唱しながら懐へと飛び込む。
「闇より沈みし夜天へと、束ね掲げし矢先の煌。狭間の時に於いて祷の名に返せ」
「君の言葉は、君の本意でない様に聞こえる」
「穿―-」
「それが招く結果は、いつも同じだ」
鋭く、そして鈍く。熱く、そして冷たく。その一撃を感じた神経は、痛みという情報を正常に処理しきれなかったのか、私はそれを一瞬理解出来なかった。
鈍色の槍の先端が、私の身体に刺さっていて見えなかった。中は空洞の、アルミだか鉄だか分からない金属の塊が私の胴体に突き刺さっていて。その事実を認識して、遅れて痛みが灼熱の様に込み上げてくる。撃ち出された衝撃波が、私の全身を思い切りに殴り飛ばしていて、私は宙に浮いていて。
自分の身体が床に転がったのは、その衝撃と音で分かった。
三奈瀬優子の姿が遥か遠く、滲む白い視界の先に見えて。私は何メートル吹き飛ばされたのだろうかと目測しようとしたけれど、最早身体の何処が訴えているのかも分からない激痛の波がそれを阻害した。
肺は空気を吸い込もうと激しく膨らんで、口は血を吐き出そうと力なく開いて。視界の隅には、床に転がった私の胴体から、天へと向かって伸びる鈍色の槍が見える。全身は灼熱に身を投げ打ったかのように熱く、しかし感覚は喪われつつあった。
意識は渦を巻いて、思考は霧散し。それでも、何故か記憶は鮮明に蘇ってくる。
脳裏を過るのは、誰かと何時かと何か。映像として音として感触として。確かにそれは戻ってくるのに。鮮明なままなのに。私はそれを捉えることが出来ない。
三奈瀬優子が何かを言っているのが聞こえた。けれども、私はそれを理解出来なかった。
「明……瀬ちゃ……ん……」
私の声は、自分で思っていたよりずっと掠れて、か細い声で。全身を襲っていた熱はいつの間にか冷めきって、最早冷気を抱え込んでいるようだった。心臓が激しく脈打っているのは感じられるのに、その血液の流れが何処かで途絶えているのが感じられた。
指先の感覚がなくなっていて。身体を上手く動かせなくて。
「これで……こんなので……」
終わるのか、その言葉さえ紡げなかった。
三奈瀬優子の余裕じみた言葉と共に、禊焔の炎が離散していった。弾けた火の粉が散って、床に散る。床に小さく火の手を上げたそれを、三奈瀬優子は魔法で消し飛ばした。アダプターすら焼き尽くした強烈な熱線。私の持ちうる最大火力。
それを、防がれたことに私は動揺を隠せなかった。
「禊焔も防げるのか……!」
「相手を殺してでも奪い取ろうという姿勢には感服したよ。だから」
彼女の周囲にあったパイプ椅子が触れずとも、その構造がバラバラになる程勢いよく砕け跳んだ。そしてパイプ椅子を構成していた金属のパーツが空中へと、まるで糸の付いた操り人形の様に持ち上がる。金属のパイプが折れて先端がとがったそれが、空中でゆっくりと身を捩り。その先端が私の方を向いた。光を反射して、その切っ先は誇張するかの様に眩く光る。
私が咄嗟に屈むと同時に、その金属の槍とでも言うべきそれは勢いよく飛んで来た。私が楯とした机に突き刺さり、鈍い音を立てる。木材が割れて裂ける軋んだ悲鳴を上げる。分厚いそれを難なく貫いて、机の天板の向こう側から尖った金属の先端が顔を覗かせた。
「私もそれで返そう」
私が臥せている間に椅子が砕け散る音が何度も聞こえた。銃のリロードを連想する。これで、頭をぶつけて気絶程度では済まなくなったようだった。パイプが体に刺さるというのは、少なくとも気持ちのいいものではないだろう。
私は呪文を唱える。
「この地に叫喚の名を冠せ、焦がし滅する紅蓮の欠片。狭間の時に於いて祷の名に返せ」
直接炎をぶつけようとしても、衝撃を撃ち込むことによってかき消されるのなら。二次燃焼という形ならば、防ぐ手が遅れないだろうか。
「猛焔―さかりほむら―!」
私が三奈瀬優子へと翳した杖の先端から、炎の塊が零れ落ちる。床へと落ちた炎の塊が、私の身の丈以上の火柱を上げた。それにより机が勢いよく飛び上がる。カーペットを燃やす焦げ臭い空気が充満する。
火柱が勢いよく襲い掛かってくる、そんな光景を前にして三奈瀬優子が手を振るう。火柱がその根元から離散した。火の粉が、花火の跡の様に力なく散っていく。その隙をついて、私は穿焔の呪文を詠唱しながら懐へと飛び込む。
「闇より沈みし夜天へと、束ね掲げし矢先の煌。狭間の時に於いて祷の名に返せ」
「君の言葉は、君の本意でない様に聞こえる」
「穿―-」
「それが招く結果は、いつも同じだ」
鋭く、そして鈍く。熱く、そして冷たく。その一撃を感じた神経は、痛みという情報を正常に処理しきれなかったのか、私はそれを一瞬理解出来なかった。
鈍色の槍の先端が、私の身体に刺さっていて見えなかった。中は空洞の、アルミだか鉄だか分からない金属の塊が私の胴体に突き刺さっていて。その事実を認識して、遅れて痛みが灼熱の様に込み上げてくる。撃ち出された衝撃波が、私の全身を思い切りに殴り飛ばしていて、私は宙に浮いていて。
自分の身体が床に転がったのは、その衝撃と音で分かった。
三奈瀬優子の姿が遥か遠く、滲む白い視界の先に見えて。私は何メートル吹き飛ばされたのだろうかと目測しようとしたけれど、最早身体の何処が訴えているのかも分からない激痛の波がそれを阻害した。
肺は空気を吸い込もうと激しく膨らんで、口は血を吐き出そうと力なく開いて。視界の隅には、床に転がった私の胴体から、天へと向かって伸びる鈍色の槍が見える。全身は灼熱に身を投げ打ったかのように熱く、しかし感覚は喪われつつあった。
意識は渦を巻いて、思考は霧散し。それでも、何故か記憶は鮮明に蘇ってくる。
脳裏を過るのは、誰かと何時かと何か。映像として音として感触として。確かにそれは戻ってくるのに。鮮明なままなのに。私はそれを捉えることが出来ない。
三奈瀬優子が何かを言っているのが聞こえた。けれども、私はそれを理解出来なかった。
「明……瀬ちゃ……ん……」
私の声は、自分で思っていたよりずっと掠れて、か細い声で。全身を襲っていた熱はいつの間にか冷めきって、最早冷気を抱え込んでいるようだった。心臓が激しく脈打っているのは感じられるのに、その血液の流れが何処かで途絶えているのが感じられた。
指先の感覚がなくなっていて。身体を上手く動かせなくて。
「これで……こんなので……」
終わるのか、その言葉さえ紡げなかった。
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