クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『24-3・世界』

24-3

 三奈瀬優子の魔法は、念動力とでも言うべきものであった。彼女の周囲にあるパイプ椅子が、その手に触れぬまま空中に浮かび上がり、そして合図と共に勢いよく飛翔してくる。机の陰に隠れていた私の近くで、勢いよく飛んできた椅子同士がぶつかり派手な音を立てて床を転がっていく。
 その勢いは、空気の振動でしかない音が私の頬を打つほどであった。跳ね飛ばされた机が飛んでいき、その衝撃で近くの机が大きく動いて頭をぶつけた。
 パイプ椅子を飛ばしてくるなんていう見てくれの悪い魔法であったが、あの威力であれば重傷は避けられない。机の下で、私は口を動かす。

「闇より沈みし夜天へと、束ね掲げし矢先の煌、狭間の時に於いて祷の名に返せ」

 一瞬、攻撃の間が開いた隙を見て私は立ち上がり、杖を構える。

「穿焔-うがちほむら-!」

 詠唱と共に炎の塊を正面に撃ち出す。飛翔していったそれは、軌道は間違いなく三奈瀬優子を捉えていたが、彼女に届く前に空中で炎が離散した。
 何かに防がれたのかと思ったが彼女の前には何もない。
 恐らく彼女の念動力を炎にぶつけて離散させたのだった。
 念動力はそういう使い方も出来るのか、と私は唇を噛む。

「それで終わりではないだろう?」

 三奈瀬優子が肩をすくめて、私は床を蹴った。
 どうすればいい、と私は咄嗟に身を隠す。激しい音を立てて椅子が飛んでいく。近くの机が度重なる負荷で破損してパーツが飛んでいった。私の身を隠すバリケードはありこそすれ、それはあくまで仮初のものでしかない。頭上を四方を、ぶつかり弾ける金属音と衝撃が飛び散って回る。まるで台風に巻き込まれた様な状況だった。
 息を潜める私に、彼女は声を張り上げる。

「世界は絶えず歪だ。今まで金や地位だった基準が、抗体と魔法に変わるだけだ。人の命を奪うものが、金や地位からゾンビに分かりやすく変わっただけだ」

 穿焔を防がれた以上、生半可な炎では届かない。念動力を一種の衝撃波の様な物としてイメージすると、これを撃ち込まれる事によって炎の塊が離散して、勢いが落ち消火されてしまう仕組みの筈だった。

 何か別の手段を考える必要があった。彼女の周囲の物しか飛んでこないと言う事から、彼女の周囲何メートルかがその効果範囲の筈。飛ばした後、その射出物の軌道を変える事は出来ていないことから、単純に勢いよく撃ち出しているだけと言える。つまり、見えない拳で殴っている様なもの。
 今はまだ、その力によって飛んでくる飛翔物を物陰でやり過ごせてはいるものの、彼女に距離を詰めさせるわけにもいかず、気を逸らす為に私は怒鳴り返す。

「そうしているのは、そうさせているのは、あなたの筈です!」
「いいや、人は誰しもが利己的だよ。いずれこの世界も、人を殺すのはゾンビではなく人に変わるだろう。水も食料も安全な場所も奪い合う。だがそれは、平和な場所にいては気が付けないだけで、世界はいつもそれを奪い合っている」
「穿焔-うがちほむら-!」

 机の陰から飛び出して詠唱しておいた穿焔を撃ち出す。撃ち出した炎の塊が三奈瀬優子の手前で離散する間に、私は机の間を駆け抜けて距離を詰めていく。杖を握り締めた。次の一撃が飛んでくる直前に床をスライディングして、身を隠せる場所へ滑り込む。
 迷いは捨てた。今まで何度もやってきた事だった。今更罪の重さを感じる程、私の心は繊細に出来ていない。

「生存競争は本能だ。本質はいつも何も変わっていない」
「灰塵全て銀に染め、万象墜ちゆく煉獄の槍。狭間の時に於いて祷の名に返せ」

 私は詠唱を唱え、一瞬彼女の前へと飛び出す。私の持ち得る最大火力。全てを焼き切る一閃。

「禊焔―みそぎほむら―」

 その名を告げて、杖の先で焔が渦を巻く。その勢いに圧倒され、杖を握る腕が震える。まるで花火の様に杖の先から激しく火の粉が散る。吐き出した炎が制御しきれない程の出力で、杖に振り回されて私はよろめく。炎を放出し続ける杖を、振り回されそうになるそれを抑え込みながら正面へと無理矢理向ける。

 火線が駆け抜け、それが突如膨れ上がる。空中に、火の海の水平線が描かれる。目の前の視界全てを塞ぐほどの盛る炎を真正面に吐き出した。最大出力で放出した炎は、全てを呑み込みながらもその勢いが途切れることはない。単純で小細工なしの一撃。まるで光線の様に全てを薙いで燃やし尽くす焔が、一層燃え盛る度に空気を食み旋風を起こす。
 杖を握る手が、地面に踏ん張る足が、赤く染まる景色を睨む眼が、熱と火の粉に炙られて。熱風に煽られて、汗が滲んだそばから、小さく音を立てて蒸発していく。

「成程」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品