クラウンクレイド
『22-1・招待』
【22章・絶えず光を放つのは/祷SIDE】
22-1
「祷、あれがシルムコーポレーションだよ」
私達がシルムコーポレーションの研究所に到着してまず見えたのは、その高い外壁だった。ビルが立ち並ぶ中でも目を引くのは、コンクリート製の白塗りの高い壁。壁は建物とその広い敷地全体を囲っていた。壁の高さは、3メートル程はあるだろうか。研究所、という言葉から連想する通り、強固なセキュリティを構築しているようだった。
ゾンビの姿は周辺に見えないものの、その痕跡は道中に残っていた。壁を昇ろうとしたのか、乾いた血の手形が幾つも並んでいて、加賀野さんがげんなりとしていた。
敷地を一周して分かったのは侵入できる箇所は二か所のみ。車両をも封鎖できる背の高い強固なシャッターがどちらにもあり、閉じきってある。入り口の前でアピールしてみたものの、反応する気配は無い。しかし、微かに物音が聞こえてきていたことから、全くの無人であるようではないらしい。しかし中の様子は、その高い壁に阻まれて窺い知ることは出来なかった。
目的地の前で思わぬ足止めを食らい、私は腕を組む。
「どうしよう」
「祷の炎ならシャッター突破出来ない? やっぱり防火性かな」
「壊した後が問題だと思うんだけど」
下手に「穴」を開けてしまえば、其処がゾンビの侵入経路になってしまう。中に人が居る可能性が高く、ここを活動拠点としているのなら、流石にそれはマズいだろうと私は思う。
そもそも、そうでなくても、むやみやたらに建造物を壊すべきではない。私がそう言うと明瀬ちゃんは暫く悩んでいたが、何かを閃いた様に手を叩く。
何か妙案が、と私は聞くと自信ありげに言う。
「やっぱり炎ぶつけよう」
「えぇ……?」
「魔女を捜してるんだし、防犯カメラか何かあれば魔女アピールになるじゃん? 盛大にぶったたけば、こっちの存在に気が付いてくれるかもしれないし」
荒っぽいなぁ、と私はぼやく。そもそも盛大に音を立てればゾンビを引き寄せる可能性が高い。そんな私の反論は押し切られた。加賀野さんが痺れを切らしていて、多少荒っぽくても良いと明瀬ちゃんに賛同したからだった。
「今の所ゾンビは大した数を見てないし、集まってきてもあたしと祷の二人で何とかなるわ」
「……分かった」
シャッターの前に私が立ち、右手に持った杖を構えた。エヴェレットの鍵、黄金の鍵を形どったその杖を正面へと向ける。炎を撃ち出すイメージを描き、呪文は唱えない。今、私が持っているのは魔女の杖、暗示を解き魔法を使用できる状態であると自身に言い聞かせる。
何の反応もしなかった。やはり無意識下で、ストッパーをかけてしまっているらしい。
遠巻きに私を見守っていた明瀬ちゃんが、応援の声を上げた。それで何が起きるわけでもない。そう溜め息を吐いた私の目の前でそれは起きた。
「え?」
突如、チェーンを巻き上げるような音が響き渡り、正面を塞いでいたシャッターが動き出した。困惑する私達を前に、それはゆっくりと、そして確かに道を開いた。歓迎されているかはともかく、立ち入る事を物理的には咎められていない状態にはなった。
よく分からないまま、私達は進む。
敷地には至る所に緑が植えてあり、芝生と背の低い木が並ぶ様子は公園に見えなくもない。入り口からは中央の建物に向かって一本の道が開けていた。舗装されて真っ直ぐと伸びている道だった。幅員からして、バスの類の乗り入れが想定されている様に思える。灰色の四角い箱の様な建物は、大きなガラス窓が、壁に不規則に点在している。遠くには駐車場らしきスペースが見え、そしてそこから大きく離れた場所にヘリが一台止まっていた。
あの時に見たヘリと同じデザインだった。
「サイレンが聞こえる」
明瀬ちゃんがそれに気付いて、私達も遅れて気が付いた。サイレンの音が何処からか聞こえてくる。恐らく建物の中からの筈だった。少なくとも、平時に鳴るような類の音では無いのは確かだった。
私達は顔を見合わせる。
「どうする?」
「行くほかないわよ」
加賀野さんの答えに私は杖を握り直す。
建物の正面入口へ向かうと、ガラスの自動ドアは割れていて、その隙間から中に難なく入れた。中は人の気配が無く、サイレンの音がスピーカーから絶えず流れてきている。入り口を入った所はエントランスになっていて、私達は建物の見取り図を探す。建物は地下一階を含めると全六階層あった。
この施設の関係者に会う必要があった。そしてそれは、あまり嬉しくない形で達成される。
「祷!」
私が振り返ると、其処には白衣姿の男性が立っていた。首元から血が流れ出していて、ぎこちない歩き方をしている。その目は白濁していて、口元はだらしなく開いたままになっていた。身体を激しく痙攣させながら、彼は私達へ向かって歩いてくる。
感染初期、ゾンビ化直前の様子だと私は気が付く。咄嗟に明瀬ちゃんの前に立って、杖を構える。私達が動いたのが分かったのか、彼は顔を動かし、唇を震わせた。その口から掠れた声が漏れる。
「三奈……瀬……弘人……か」
その名前に聞き覚えがあった。その意味を問い返す前に、彼は急に走り込んでくる。呻き声を上げて、その手を突き出して。飛び出した加賀野さんがチェーンソーを振り抜いた。血が空中に飛沫を散らして、男の首が飛んだ。水気を含んだ音を立てて、首が床に落ちる。ぐにゃりとその頬が崩れた。
その一瞬の攻防を終えて、既に亡骸に変わった彼の言葉を私達は反すうする。
「弘人がこの建物の中にいるのかも」
22-1
「祷、あれがシルムコーポレーションだよ」
私達がシルムコーポレーションの研究所に到着してまず見えたのは、その高い外壁だった。ビルが立ち並ぶ中でも目を引くのは、コンクリート製の白塗りの高い壁。壁は建物とその広い敷地全体を囲っていた。壁の高さは、3メートル程はあるだろうか。研究所、という言葉から連想する通り、強固なセキュリティを構築しているようだった。
ゾンビの姿は周辺に見えないものの、その痕跡は道中に残っていた。壁を昇ろうとしたのか、乾いた血の手形が幾つも並んでいて、加賀野さんがげんなりとしていた。
敷地を一周して分かったのは侵入できる箇所は二か所のみ。車両をも封鎖できる背の高い強固なシャッターがどちらにもあり、閉じきってある。入り口の前でアピールしてみたものの、反応する気配は無い。しかし、微かに物音が聞こえてきていたことから、全くの無人であるようではないらしい。しかし中の様子は、その高い壁に阻まれて窺い知ることは出来なかった。
目的地の前で思わぬ足止めを食らい、私は腕を組む。
「どうしよう」
「祷の炎ならシャッター突破出来ない? やっぱり防火性かな」
「壊した後が問題だと思うんだけど」
下手に「穴」を開けてしまえば、其処がゾンビの侵入経路になってしまう。中に人が居る可能性が高く、ここを活動拠点としているのなら、流石にそれはマズいだろうと私は思う。
そもそも、そうでなくても、むやみやたらに建造物を壊すべきではない。私がそう言うと明瀬ちゃんは暫く悩んでいたが、何かを閃いた様に手を叩く。
何か妙案が、と私は聞くと自信ありげに言う。
「やっぱり炎ぶつけよう」
「えぇ……?」
「魔女を捜してるんだし、防犯カメラか何かあれば魔女アピールになるじゃん? 盛大にぶったたけば、こっちの存在に気が付いてくれるかもしれないし」
荒っぽいなぁ、と私はぼやく。そもそも盛大に音を立てればゾンビを引き寄せる可能性が高い。そんな私の反論は押し切られた。加賀野さんが痺れを切らしていて、多少荒っぽくても良いと明瀬ちゃんに賛同したからだった。
「今の所ゾンビは大した数を見てないし、集まってきてもあたしと祷の二人で何とかなるわ」
「……分かった」
シャッターの前に私が立ち、右手に持った杖を構えた。エヴェレットの鍵、黄金の鍵を形どったその杖を正面へと向ける。炎を撃ち出すイメージを描き、呪文は唱えない。今、私が持っているのは魔女の杖、暗示を解き魔法を使用できる状態であると自身に言い聞かせる。
何の反応もしなかった。やはり無意識下で、ストッパーをかけてしまっているらしい。
遠巻きに私を見守っていた明瀬ちゃんが、応援の声を上げた。それで何が起きるわけでもない。そう溜め息を吐いた私の目の前でそれは起きた。
「え?」
突如、チェーンを巻き上げるような音が響き渡り、正面を塞いでいたシャッターが動き出した。困惑する私達を前に、それはゆっくりと、そして確かに道を開いた。歓迎されているかはともかく、立ち入る事を物理的には咎められていない状態にはなった。
よく分からないまま、私達は進む。
敷地には至る所に緑が植えてあり、芝生と背の低い木が並ぶ様子は公園に見えなくもない。入り口からは中央の建物に向かって一本の道が開けていた。舗装されて真っ直ぐと伸びている道だった。幅員からして、バスの類の乗り入れが想定されている様に思える。灰色の四角い箱の様な建物は、大きなガラス窓が、壁に不規則に点在している。遠くには駐車場らしきスペースが見え、そしてそこから大きく離れた場所にヘリが一台止まっていた。
あの時に見たヘリと同じデザインだった。
「サイレンが聞こえる」
明瀬ちゃんがそれに気付いて、私達も遅れて気が付いた。サイレンの音が何処からか聞こえてくる。恐らく建物の中からの筈だった。少なくとも、平時に鳴るような類の音では無いのは確かだった。
私達は顔を見合わせる。
「どうする?」
「行くほかないわよ」
加賀野さんの答えに私は杖を握り直す。
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「祷!」
私が振り返ると、其処には白衣姿の男性が立っていた。首元から血が流れ出していて、ぎこちない歩き方をしている。その目は白濁していて、口元はだらしなく開いたままになっていた。身体を激しく痙攣させながら、彼は私達へ向かって歩いてくる。
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