クラウンクレイド
『19-4・証拠』
19-4
寝室に戻ると明瀬ちゃんはベッドの上に座っていた。私が長い杖なんかを持って帰ってきたので、驚いた表情を見せた。私の身の丈を変わらない長さともなると、部屋の隅に立てかけるだけでも苦労する。杖を床に置くと、重たい音が響いた。
私が端的にエヴェレットの鍵について説明すると、明瀬ちゃんは得心が言った様に頷く。
「祷がパワーアップって事?」
「使いこなせれば、ね」
杖を渡された時の言葉が脳裏を過る。その言葉は樹村さんに言われた言葉と同じ類の様で。私を縛るものを解きほぐそうとする言葉だと思った。
私は明瀬ちゃんの横に腰掛けた。ベッドが沈み込む音がして、明瀬ちゃんは少し私から離れるように座り直す。おずおずと、明瀬ちゃんは言葉を探す。
「あのさ、何かさっきはごめん。変な事言って」
「明瀬ちゃん」
「ん?」
私は手を伸ばして、ベッドの上に何気なく置かれた明瀬ちゃんの手の上に重ねた。手の甲の柔らかい感触と、その下の骨の感触を感じた。手に触れるという何気ない行為が、今急に重たく別の意味を持ったようで。
自分の心臓が昂っているのが嫌という程分かった。鼓動が激しくて、喉元から心臓が飛び出してきそうな程、緊張していた。明瀬ちゃんの顔が見れなくて私は、視線のやり場も無く重ねた手の甲を見つめて言葉を探す。言おうと決めていた言葉は何処かへ落としてしまって、何度も唾を呑み込む。
「私、明瀬ちゃんに言いたい事、言わなきゃいけないことがあって」
始まりは一年前。
明瀬ちゃんとは高校一年の時に会った。クラスが一緒で、「明瀬」と「祷」は出席番号が近い事もあって、明瀬ちゃんは直ぐ私に声をかけてきた。矢野ちゃんを含めた私達は三人は直ぐに仲良くなって、ずっと一緒に過ごしてきた。
私が明瀬ちゃんへの感情に気が付いたのは、いつだったか。正確には覚えていないけれど、私はいつしか明瀬ちゃんを特別視している事に気が付いた。友達なのに、それ以上の何かの感情を抱いている自分がいた。
例えば、明瀬ちゃんが不意に見せる悪戯な笑みだとか、私にどうでも良い話をこっそり打ち明ける時だとか、嬉しい時に私の肩を抱くときだとか。そんな一瞬に、私の心が揺れ動いていた。それが友情ではなく、「恋」だという事に気付いた時、私はようやく得心がいって。
勿論、それが普通でないという事も知っていた。何の偏見があるわけでもなかったが、自分がそうであるとは夢にも思っていなかった。小学生の時、中学生の時も、クラスメイトの男子が気になっていたし、今まで女の子を好きになるなんて事を考えたことも無かった。
「私、明瀬ちゃんが好き」
それでも、一度気付いてしまった恋心はより一層強くなり。その気持ちを隠しながら、私はずっと明瀬ちゃんの隣にいた。色んなものを抱え込んでも尚、私は傍にいた。それだけで良いと思っていた。私のこの感情は世界から祝福されていないもので、世界に見捨てられていたもので。万が一に、明瀬ちゃんが私の手を取ってくれる可能性はあったけれども、それを願う事は分の悪い賭けみたいなもので。だから、私は口をつぐんだ。
けれども世界は壊れて、誰もが死んで。その時、私は、私の全てを明瀬ちゃんの為に使おうと思った。私の魔法も私の想いも初めて意味を持ったような気がした。
私はそれだけで良いと思っていたのに。そうではない、と誰かが言う。
「世界の誰よりも明瀬ちゃんが好き」
言葉にしてしまった。巻き戻せない、誤魔化せない言葉にしてしまった。顔を上げることが出来なかった私は、顎に手をやられて顔を上げさせられる。明瀬ちゃんが満面の笑みを作った。
「知ってた」
明瀬ちゃんと目があって、その瞳に吸い込まれそうになって。一瞬、何も考えずに私は手を伸ばしていた。明瀬ちゃんの柔らかな頬に触れて、彼女の髪が私の指の間を滑っていって。指先で触れたくて感じたくて。私の手が彼女の頬を、彼女の髪を撫でる度に、明瀬ちゃんは恥ずかしそうに肩をすくめて笑った。
明瀬ちゃんがそうして私の頬から首をゆっくりと触った。指先が肌を撫でていって、くすぐったくて私は小さく笑う。その指がそのまま昇っていき、爪の先で私の下唇の辺りをなぞられる。身動きできなくなって、私はされるがままで。
「祷と同じ。私もそうだからさ」
明瀬ちゃんの言葉と共に、私は強く抱き寄せられた。
私の唇を、人肌くらいの湿気と柔らかな感触が満たした。私の視界一杯にある明瀬ちゃんの顔で、私は今キスをされているのだと、ひどく遅れて理解した。彼女の吐息が漏れて、私は息を止めてしまっていた事に気が付く。唇を離した一瞬に、ベッドに背中から押し倒されて。私に覆いかぶさって明瀬ちゃんが言う。
「私が世界で一番大切だっていう証拠が欲しい」
寝室に戻ると明瀬ちゃんはベッドの上に座っていた。私が長い杖なんかを持って帰ってきたので、驚いた表情を見せた。私の身の丈を変わらない長さともなると、部屋の隅に立てかけるだけでも苦労する。杖を床に置くと、重たい音が響いた。
私が端的にエヴェレットの鍵について説明すると、明瀬ちゃんは得心が言った様に頷く。
「祷がパワーアップって事?」
「使いこなせれば、ね」
杖を渡された時の言葉が脳裏を過る。その言葉は樹村さんに言われた言葉と同じ類の様で。私を縛るものを解きほぐそうとする言葉だと思った。
私は明瀬ちゃんの横に腰掛けた。ベッドが沈み込む音がして、明瀬ちゃんは少し私から離れるように座り直す。おずおずと、明瀬ちゃんは言葉を探す。
「あのさ、何かさっきはごめん。変な事言って」
「明瀬ちゃん」
「ん?」
私は手を伸ばして、ベッドの上に何気なく置かれた明瀬ちゃんの手の上に重ねた。手の甲の柔らかい感触と、その下の骨の感触を感じた。手に触れるという何気ない行為が、今急に重たく別の意味を持ったようで。
自分の心臓が昂っているのが嫌という程分かった。鼓動が激しくて、喉元から心臓が飛び出してきそうな程、緊張していた。明瀬ちゃんの顔が見れなくて私は、視線のやり場も無く重ねた手の甲を見つめて言葉を探す。言おうと決めていた言葉は何処かへ落としてしまって、何度も唾を呑み込む。
「私、明瀬ちゃんに言いたい事、言わなきゃいけないことがあって」
始まりは一年前。
明瀬ちゃんとは高校一年の時に会った。クラスが一緒で、「明瀬」と「祷」は出席番号が近い事もあって、明瀬ちゃんは直ぐ私に声をかけてきた。矢野ちゃんを含めた私達は三人は直ぐに仲良くなって、ずっと一緒に過ごしてきた。
私が明瀬ちゃんへの感情に気が付いたのは、いつだったか。正確には覚えていないけれど、私はいつしか明瀬ちゃんを特別視している事に気が付いた。友達なのに、それ以上の何かの感情を抱いている自分がいた。
例えば、明瀬ちゃんが不意に見せる悪戯な笑みだとか、私にどうでも良い話をこっそり打ち明ける時だとか、嬉しい時に私の肩を抱くときだとか。そんな一瞬に、私の心が揺れ動いていた。それが友情ではなく、「恋」だという事に気付いた時、私はようやく得心がいって。
勿論、それが普通でないという事も知っていた。何の偏見があるわけでもなかったが、自分がそうであるとは夢にも思っていなかった。小学生の時、中学生の時も、クラスメイトの男子が気になっていたし、今まで女の子を好きになるなんて事を考えたことも無かった。
「私、明瀬ちゃんが好き」
それでも、一度気付いてしまった恋心はより一層強くなり。その気持ちを隠しながら、私はずっと明瀬ちゃんの隣にいた。色んなものを抱え込んでも尚、私は傍にいた。それだけで良いと思っていた。私のこの感情は世界から祝福されていないもので、世界に見捨てられていたもので。万が一に、明瀬ちゃんが私の手を取ってくれる可能性はあったけれども、それを願う事は分の悪い賭けみたいなもので。だから、私は口をつぐんだ。
けれども世界は壊れて、誰もが死んで。その時、私は、私の全てを明瀬ちゃんの為に使おうと思った。私の魔法も私の想いも初めて意味を持ったような気がした。
私はそれだけで良いと思っていたのに。そうではない、と誰かが言う。
「世界の誰よりも明瀬ちゃんが好き」
言葉にしてしまった。巻き戻せない、誤魔化せない言葉にしてしまった。顔を上げることが出来なかった私は、顎に手をやられて顔を上げさせられる。明瀬ちゃんが満面の笑みを作った。
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明瀬ちゃんと目があって、その瞳に吸い込まれそうになって。一瞬、何も考えずに私は手を伸ばしていた。明瀬ちゃんの柔らかな頬に触れて、彼女の髪が私の指の間を滑っていって。指先で触れたくて感じたくて。私の手が彼女の頬を、彼女の髪を撫でる度に、明瀬ちゃんは恥ずかしそうに肩をすくめて笑った。
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