クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『7-2・Cooperation』

7-2

 鷹橋が当初から言っていた様に、人が密集していない地帯へと向かうらしい。ゾンビが感染によって広がるならば、人が居なければいない程、その遭遇率は下がる。
 鷹橋の言葉に香苗が反対する。

「設備がそろってる病院とかでは駄目なんですか」
「人が集まっている場所は駄目だ。ゾンビに噛まれて怪我をしたやつが病院に集まれば、そこでまたゾンビが増える。大抵そういうもんだろ。ゾンビに噛まれても平気な薬でもあるなら兎も角、今はまだ、そんなものが存在するとは思えねぇ」
「……母がいるんです」

 香苗がそう苦し気に言った。香苗の母は看護師であることを弘人は思い出す。今まで香苗が口にしなかった感情が急に溢れ出して、その瞳一杯に涙を浮かべていた。
 だが、鷹橋は迷いない言葉で切り捨てた。

「良いか、俺は善意で動いてるわけじゃない。あんたらを助けたのも、自分が生き残る為だ。だから俺は別に嬢ちゃんを切り捨てても心は痛まねぇし、もし嬢ちゃんが俺を切り捨てても文句は言わない。だから車を降りても構わない。俺は絶対に、病院には行かない。リスクが大きすぎる」
「それは」
「嬢ちゃんを止めたりしないが、病院に行くことに俺は協力できない」

 鷹橋の言葉に香苗は、弘人を見た。その視線に気が付いて、弘人は苦悩する。香苗の気持ちは痛い程分かった。出来る事なら、とは思った。しかし、鷹橋の言う言葉は正論でもあった。
 あの混乱で、必ず病院に人が殺到している筈だった。そこに乗り込むには、リスクが大きすぎる。

「香苗、今は俺達が生き残る事を考えよう」

 弘人の言葉に、香苗は何度か言葉を詰まらせて。それでも、何も言わずに俯いた。無言のまま、弘人達は車に乗り込んだ。

 車で十数分走らせるとコンビニの看板が見えてきた。途中、数体のゾンビに遭遇したが、車で何事もなく振り切れた。昨夜の事を思えば、随分と拍子抜けするものである。
 市街地を外れれば人の数は疎らになる。それだけゾンビの感染も拡がりづらくなる。あれだけの人間が死んでいったのに、今こんなにも静かなであること。そのギャップが受け入れられず、弘人は拳を握り締めた。

「拍子抜けしますね」
「まぁ、人口密集地を抜けちまえば、こんなもんだろ。ゾンビが車乗ってくるわけでもないしな」

 東京辺りじゃまた違うんだろうが、と鷹橋が呟きながらカーラジオを回す。どの放送局もノイズだけで、何も聞こえてこなかった。

「逆にこんな所までゾンビが居るんだなって感じるくらいだ」

 確かに人口密集地なら理解は出来る。ゾンビに噛み付かれた人間がゾンビになる可能性が高い以上、人口の多さは感染率の高さに直結する。だが、人口密集地を外れればその可能性は低くなる。ゾンビの足の遅さを考えれば、より一層だった。なら、すれ違っていったゾンビは何処から発生したのだろうか。

「みんな考える事は同じか」

 鷹橋が車を止めた。コンビニの駐車場には車が数台乱暴に止まっている。ハンドルに身を預けて、鷹橋が様子を眺めていた。後ろの座席の香苗に話しかける。

「嬢ちゃん大学生って言ってたよな。オートマなら運転できるか?」
「……一応免許は持ってます」
「さっきも言ったが、俺は自分が生き残る為なら、容赦なく他人を切り捨てるって決めてんだ。だから逆の立場になっても俺は誰かを恨まねぇ」
「どういう意味ですか」
「俺が帰ってこなかった時、車乗って行っても良いって事だ」

 それは仮定の話ではあったが、身に迫る話であり。つまり、これから先、互いの身に危険が迫った時、それを助けないという誓いである。弘人はそれに反対する。

「協力し合うべきです」
「協力はする。だが共存じゃねぇ」

 鷹橋がそう言い切った。その言葉の後では、あまりにも意地が悪い言葉を続けた。

「という訳で、誰がコンビニに入るか、だ」
「あたしが行くわ」

 桜が即答した。香苗がそれを聞いて慌てて言う。

「それなら、私が」
「さっきの言葉の意図として、車を運転できる人が残れって事でしょ。何かあった時の為に」
「俺は子守はごめんだからな」

 鷹橋がそう言って、言葉を引き継いだ。彼と桜が車を降りるのを見て、弘人も車を降りようとする。それを、香苗の言葉が留めた。梨絵を抱きしめた彼女が、必死な眼差しをしていた。

「まって、弘人君。此処にいて」
「……直ぐに戻るさ」


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