最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

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その63 魔王さま、未だ戻らず(下)

 




「はっ……はっ……はっ……」

 ヴィトニルは小刻みに強い呼吸を繰り返した。
 まずは欠乏した酸素を取り込むため。
 次に全身に走る痛みに耐えるため。
 繰り返される自爆術式により、彼女は確実に追い詰められつつあった。
 何度殺しても起き上がり、何度凍らせても自爆で全て吹き飛ばされる。
 相手は10人。
 たかだが10人と言いたい所だが、絶対に死なない10人と言うのは何千人の兵よりもよっぽど厄介だ。

「住民たちはもう逃げた頃だ……仕事は、十分に、果たしただろ……」

 焼けてしまい右目はもう見えないし、爆発音で耳がやられたのか音もほとんど聞こえていない。
 血液が流出するせいか、どんなに呼吸をしても体力が戻ることも無かった。
 ヴィトニルはフェンリルだ、野生の勘というやつで自分の死期ぐらいはわかる。
 片や満身創痍の獣が1匹、片や全員無傷の兵が10人。
 勝てる見込みなど無かった。
 それでも立ち向かおうとするのは――

「あとは、オレが戦いたいように、戦うだけだッ! それに……オレが死んだら、あいつだって悲しむだろうからな!」

 オスとしての、そして女としての意地が絡み合った、複雑かつ強固な思念があるからこそだ。





 南で戦うザガンも同様に。
 今にも崩れそうな足を震わせながら、それでも立ち上がる。
 父の形見であるダインスレイヴを構え、何度斬り捨てても死なない兵たちを正面に見据えた。
 全身ボロボロだが、目は死んでいない。

「せぇ……いっ! やぁっ!」

 もはや彼女自身の魔力は切れてしまっている。
 あとはダインスレイヴに込められた力を利用して戦うことしかできない。
 それでも鎧を切断するだけの力はあったが、体力も尽きているため、剣の振りが遅くなっている。
 つまり、遅い分だけ、兵の接近を許してしまうということだ。

 ドオォオンッ!

 仮に兵の胴体を両断して足止め出来たとしても、その場で自爆されてしまえば、確実にザガンはダメージを受ける。
 爆風を真正面から受けたザガンは吹き飛ばされ、石畳の上を転がった。
 しかしすぐに立ち上がり、再びダインスレイヴを持って兵に立ち向かう。
 やはり、その目は死んでいない。





 普段は冷静なフォラスもまた、諦めようはしなかった。
 彼女の場合は、女としての意地と言うよりは――

「美しくない、そういうやり方は気に食わない……!」

 爆発を愛するものとしての矜持、と言った雰囲気だったが。
 だが強い意思に変わりはない。

「クラスターシェル」

 魔法の発動と共にフォラスは無数の光球を放った。

 ドドドドドドドッ!

 そのどれもが爆弾であり、フォラスに迫る兵士に容赦なく襲いかかる。
 しかし、先頭の兵士があえて前に出て壁になった。
 そして自爆することでフォラスの放った光球を吹き飛ばす。
 爆煙が視界を悪くする中、煙の中から兵たちが彼女に襲いかかった。

「自己犠牲……でもないか。しかし何にせよ、万事休すだな」

 魔法で応戦しながらも、近づく兵たちを止められない。
 魔力も底をつき始めている。
 フォラスは諦め混じりの笑みを浮かべながらも、しかし最期の時まで戦い続ける覚悟だけは捨てなかった。





 そして、魔王城前。
 カーリスの自爆によって地面に叩きつけられたニーズヘッグは、体のいくつかの機能を失っていた。
 左耳が千切れ、後頭部から顔の右半分にかけてが焼けただれ、右手を失い、両足が吹き飛び、背中はえぐれ骨が剥き出しになっている。
 それでも――

「ぐ、が……があああぁぁぁぁぁぁあっ!」

 ドラゴンを彷彿とさせる叫びをあげながら、這いつくばってカーリスの方へと近づいていった。

「しぶとい、ですわね」

 完全に再生し、無傷の状態のカーリスは、少し離れた場所でそんなニーズヘッグの様子を見ていた。
 人間ならとっくに死んでいる。
 だが彼女はドラゴン、その生命力は人型になった今でも変わらず健在。
 とは言え、あれだけの重傷を負えば、もう長くは無いだろう。
 這いつくばることすら出来ず、得意のブレスすら放てない。
 無様と呼ぶしかない姿に、カーリスは同情すらしていた。

「引導を渡してあげるのが聖職者としての正しい姿かもしれません」
「おことわり、だ……! はあぁ……マオ様が、戻るまで……死ぬわけには、いかぬッ!」
「可哀想に、マオとかいう男に出会う前にディクトゥーラ様に出会えていれば、あなたもこんな惨めな姿になることはなかったのに」
「きさ、まは……そいつに、抱かれた……ことが、あるの、か?」

 突拍子のない質問に、カーリスは腹を抱えて笑いだした。

「はっ、はははは、あっはっははははははは! 抱く? 抱かれる? そんな低俗な質問っ、あははははっ!」
「てい、ぞく?」
「ディクトゥーラ様はそのような次元に居る方ではないのです、もっと高みに、そう、それこそが神! 触れることすらおこがましい、崇拝することしかできない! それが本当の、愛ッ、というもの!」

 そんなカーリスの答えを聞いて、ニーズヘッグは鼻で笑った。

「ふっ……そ……か。だか、れた、ことすら……無い、か。ふっ、そ、だな。シス、ター、なら……く、くくっ、処女、か……」
「何がおかしいのですか?」

 カーリスが初めて不快感を露わにした。
 図星だったのかもしれない。

「愛する男に、抱かれる……というのはな、幸せなんだ。死ぬほど、気持ちいいんだ。それをっ、そんな、ことも知らずに、愛だの、崇拝だのと……偉そうにっ、く、ふっ……かはっ……滑稽、だな」
「下半身同士で繋がったから何だと言うのです? そんなものは獣の肉欲に過ぎませんわ! ディクトゥーラ様との間にある愛はもっと清らかで、高みにあって――!」
「貴様と、皇帝の間に……愛、など、あるものか」
「わたくしとディクトゥーラ様の愛を愚弄するなあああぁぁぁぁああァァッ!」
「なぜ、怒る。余裕が……げほっ……ない、のう……未通女おぼこめが」

 ニーズヘッグは血を吐きながらも、精神的優位に立っているというスタンスは崩さない。
 カーリスはもはや彼女を殺すことを忘れ、如何に自分と皇帝を馬鹿にした彼女を言い負かすかに夢中だった。

「愛、なら、信じて……みろ。それ、とも、皇帝から、愛され……ている、自信、が、ない……のか?」
「っ……!!」
「そう、か。無いのだ……な?」
「あ、あ、あるっ、あるに、決まっています!」

 カーリスの表情には焦りが見えた。
 虚勢を張ったのだろう。
 自信など、微塵も無かったのだ。

「抱かれも、しない、くせ、に?」
「だからっ、だから何だと言うのです! 抱かれたからッ、処女じゃないからッ、獣のように交尾したから何があるというのですかッ! それが仮に真の愛だったとして、何が変わると言うのです!?」

 ニーズヘッグは笑った。

「く、ふふっ、あっはは……げ、ぶぇ……ごほっ……ふふ、はははははっ……!」

 嘲るように。
 誇るように。
 信じるように。
 掠れた声で、血を吐きながら笑って、笑って、こう言った。

「奇跡が、起きる」
「……奇跡?」
「愛の、力、と……言うで、はないか。起きる……のだ、奇跡、が」
「魔王がここに来るとでも? 魔王の速度でもマルからこの国までは数時間はかかる、しかも彼は現在進行形で火のアーティファクトの持ち主――ファルゴと戦闘中なのですよ?」
「それ、でも、だ」
「来るわけがっ、ははっ、来るわけが無いではないですか!」
「信じ、て、る」
「あぁ、それでも信じるというのなら――」

 ニーズヘッグの言葉がただの虚勢だと見抜き、すっかり本調子を取り戻したカーリスは、地面を這いつくばる彼女を見下して言った。

「そんな下らない希望、私が砕いてあげましょう」

 カーリスはニーズヘッグに歩み寄ると、彼女の顔を踏みつける。
 そこに聖職者としての表情はなかった。
 醜悪な、憎しみを露わにした1人の女の姿があるだけだ。

「私の、勝ちです」

 歪んだ笑みで自爆術式を発動させようとする彼女の耳に――

「いいや、お前の負けだよクソ女」

 ――そこに居ないはずの、誰かの声が聞こえた。
 カーリスはすぐさま振り返り、声の正体を知った瞬間に自爆術式を発動発動させようとするも、

「スペルブレイク」

 パリン、という音と共に切り札たる術式は破壊される。

「ひっ!?」

 さらにカーリスの頬に、強化されたマオの拳が突き刺さった。
 ゴスッ、という鈍い音と共にカーリスの体は浮き上がり、吹き飛ばされていく。

「ヒーリング!」

 マオは真っ先にニーズヘッグに治癒魔法をかけた。
 そしてすぐさま全身の傷が癒え、手足を取り戻した彼女の体を抱き寄せる。

「遅くなってごめん、ニーズヘッグ……」
「間に合ったのだから、謝るでない」
「それでも、僕がもっとしっかりしていれば!」
「ならば……んっ」

 ニーズヘッグはマオの首に腕を回すと、抱き寄せて唇を重ねた。

「これで許してやろう」
「こんなのでいいの?」
「私にとってはこの上ない物だ」
「はぁ……見せつけてくれますね、私の存在忘れてませんか?」
「おや、グリムも居たのだな」
「おやってなんですか、おやって!」

 転移してきたのはマオだけではない。
 グリムも、そして連れて行かれていたプチデーモンも一緒だった。

「それより今は、あの女をどうにかせねばな」

 殴り飛ばされたカーリスは、ゆっくりと立ち上がる。
 もはや彼女に自爆術式は使えない。
 そこに居るのは、再生能力を持っただけの1人の魔法師だ。

「愛など……愛など……そんなものぉ……ッ!」

 マオには彼女が何を言っているのかてんで理解出来なかったが、ただキレているということだけは伝わってきた。

「確か目的は、水のアーティファクトだったっけ?」

 マオは一連の会話をプチデーモン越しに聞いていたのだ。

「そうだっ、アーティファクトさえ持ち帰ればわたくしはディクトゥーラ様に褒めていただけるはずっ!」
「じゃああげるよ、水じゃないけどね。はいテレポート」

 気づけば、カーリスの左手に赤いアーティファクトが埋め込まれていた。

「な……」

 火のアーティファクト。
 それをマオが持っているということは、ファルゴの敗北を意味する。
 カーリスにとってそれは驚くべきことだったが、彼女が左手を見て目を見開いているのはファルゴのことが理由ではない。

「アーティファクトが、2つ……」
「あのファルゴって言う男が光のアーティファクトの再生能力を持ってたら、すごく厄介だと思うんだよね。でもそうはしなかった、わざわざ別の人間に一つずつアーティファクトをもたせた。それには何か理由があるはずなんだ。例えば……2つのアーティファクトの力に、人体は耐えきれない、とかさ」

 マオは、水のアーティファクトを手に入れた時点で気づいていた。
 これは、人の手に余る力だと。
 それを人に埋め込もうというのだ、元からある程度の才能がなければ扱うことすら出来ないに違いない。
 そして、そんな天才と呼ばれる人間の力を持ってしても、アーティファクトは一つしか埋め込むことができなかった。
 許容量オーバー。
 それがもたらす結果は――

「や、やだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだっ、外してっ、外しなさいぃっ! じゃないと、わたくし、わたくしっ……!」
「外すわけ無いじゃん、殺すために埋め込んだんだから」
「そ、そんな、お願いっ、こんな、こんな死に方だけは……!」
「ニーズヘッグを傷つけておいてよく言うよ。いや彼女だけじゃない、町で戦ってるザガンも、フォラスも、ヴィトニルも、全員を傷つけた責任を取ってもらわないと」

 ボコッ。
 カーリスの肌の一部が円形に隆起した。
 ボコ、ボコッ。
 今度は二箇所、次は三箇所。
 変形はやがて全身にまで及び、カーリスの体はどんどん膨らんでいく。

「あ、あああぁ、いひゃい、いたい、いたいっ、わ、わたくしのっ、からだ……せめて、綺麗な姿で……いや、いやだ、ディクトゥーラ様あああぁぁぁぁぁぁっ! か……あ、ぁ」

 その叫びを最後に、カーリスは醜く膨らんだまま動かなくなった。
 流れ込む大きな力に耐えきれず、息絶えたのだろう。
 同時に光のアーティファクトの力も効力を失う。
 ディアボリカに攻め込んできていた兵士たちの再生能力は消えたはずだ。

「アーティファクトって、便利なだけじゃないんですね」
「欲をかきすぎるとこうなるってことだよ」

 マオはカーリスの亡骸に近づくと、テレポートで両手のアーティファクトを摘出し、血まみれのソレをすぐさま水魔法で洗浄する。
 これで、帝国に残るアーティファクトは風と闇の2つだけ。
 数だけ見ればマオフロンティアが優位にあるが、闇のアーティファクトが帝国の手にある以上は安心は出来ない。

「とりあえず、僕はヴィトニルとザガンとフォラスの様子を見てくるよ。傷も治さないといけないだろうから」

 一仕事終え、すぐさま別の場所に行こうとするマオ。
 しかし服の裾を、ニーズヘッグとグリムがしっかりと掴んでいた。

「疲れてるよね、2人はここで待機してても……」
「お断りします」
「今回は許したが、もう二度と置いて行かないでくれ」

 その目にはしっかりとした意思が宿っている。
 二人共譲りそうにはない。
 マオは苦笑いを浮かべながら「はぁ」とどこか嬉しそうにため息をついた。

「じゃ、3人で行こうか」

 マオは転移魔法を発動させる。
 行き先はもちろん、死力を尽くし、帝国兵を撃破した3人の元へ。





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