最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その61 魔王さま、未だ戻らず(上)
マオが魔王城を発ってから数時間後、城に残った面々は彼に指示された通りの配置に付いていた。
ザガンが町の西端、フォラスは南端、ヴィトニルが東端、そしてニーズヘッグは魔王城に。
4人は、敵が侵入してきた時のための迎撃要因として待機している。
残ったミセリアは、ディアボリカの中心にある、スヴェルへの転送陣のすぐ側に陣取っていた。
彼女の役割は、住民たちがこの町から避難する必要が出た時に、魔物たちを転送陣へと誘導することだ。
彼女たちは全員、それぞれ1体ずつプチデーモンをお供に付け、常に連絡をとりあえる状態にあった。
「あらザガンちゃん、今日はお休みなのかしら?」
西で待機していたザガンに、通りがかったアルラウネの女性が話しかけてくる。
「ちがうぞ、今日は町のパトロールだ!」
「へえ頑張ってるのね、そんなザガンちゃんにはアメを上げるわ」
「おお、いいのか? ありがとう!」
「じゃ、パトロール頑張ってねー」
「ああ、命に賭けてもディアボリカをまもってみせるぞ!」
離れていくアルラウネは、手を振りながら微笑んでいた。
彼女はザガンが本当に命を賭ける覚悟であることは、もちろん知らない。
『それにしても、本当に帝国が攻めてきたりするのかなー』
転送陣付近に居るミセリアが、プチデーモン越しにザガンたちに話しかける。
『魔王君の持つ力は規格外だ、予知ぐらい出来ても不思議ではない』
『私としてはマオ様を信じたい所だが、来なければそれが一番良いのだろうな』
ミセリアの言葉に、フォラスとニーズヘッグが反応する。
今のところ、5人は全員暇している。
退屈な時間ではあったが、できれば退屈なまま時間が過ぎ去って欲しい、誰もがそう願っていた。
『確か、マルの方で何かあったってグリムから連絡があったら、魔物たちをスヴェルに避難させるんだったよな』
ヴィトニルの言葉はマオの指示だった。
マルで何かが起きるということは、つまりマオの勘が当たるということ。
ということは、もう一つの彼の予感が連鎖的に的中するということも意味する。
マオは城を発つ直前、ディアボリカにも何かが起きる気がすると話していた。
だからこそ彼女たちを町の至る所に配置した。
しかし勘は所詮勘でしかない、絶対に起きるという確証はない。
ゆえに、ディアボリカの住民たちに不要な不安を与えないよう、あえて情報は伏せてあった。
「たとへなにがあっへも、わらひたひのへれ、このまひはまもってみへるぞ!」
『……ザガン、何を食べているんだ?』
「あめ、もらっひゃ」
『のんきなもんだなあ』
ヴィトニルは悪態をつきつつも、変わらないザガンの様子に癒やされていた。
そのまま、さらに数時間が過ぎた。
これだけの時間が連絡が無いのだ、誰もが”もう何も起きないのだろう”と考え始めた頃――プチデーモンからグリムの声が響く。
『き、聞こえてますか、みなさんっ!』
声には明らかに焦りが混じっている。
ただならぬ空気を察し、各々がプチデーモンから聞こえる声に耳を傾けた。
『どうしたのだ、グリム』
『敵ですっ、火のアーティファクトを持った、たぶん帝国の人間が現れて、マルに攻撃を仕掛けました!』
『おいおい、マジかよ……』
「まおーさまは大丈夫なのか!?」
『マオさまはその敵と交戦中でっ、今のところマルに大きな被害は……きゃああぁぁぁぁっ!』
ノイズ混じりのグリムの叫び声。
ディアボリカに残った面々に緊張が走った。
『おいグリム、どうした!?』
『すごい音と、風がっ……とにかくっ、予定通り避難を開始してください!』
グリムのその言葉を聞き、ザガン、フォラス、ヴィトニル、ミセリアの4人は動き出した。
彼女のことは心配ではあったが、離れた場所にいる自分たちに救うことはない。
ならば、今は自分たちにできることをやるだけである。
町の東端にて、すぐさま避難のために動き出そうとしたヴィトニル。
しかし――
「……は?」
彼女が動くよりも前に、誰も居なかったはずのその場所に、彼らは立っていた。
「な、なんで帝国兵がこんな所に……報告は無かったぞっ!」
帝国兵、約10名の分隊。
人数は大した問題じゃない、仮に彼らが優秀な兵士だったとしても、フェンリルの王たるヴィトニルには傷一つ付けられないだろう。
だが、問題はそこではない。
住人たちの避難が始まってすら居ないディアボリカに彼らが侵入してきたということだ。
ハーピィに周囲の偵察はさせており、一帯に帝国兵の姿は無かったはずなのだ。
つまり彼らは、それより外から転移してきた。
完全なる想定外。
だがマオから住民の護衛を任された以上、指一本触れさせるわけには行かない。
「作戦開始!」
唯一兜の形が違う隊長らしき兵が指示を下すと、彼らは一斉に周囲を歩く魔物に無差別に斬りかかる。
魔物たちの悲鳴があがり、周囲は混乱の渦に包まれた。
無論、ヴィトニルも見ているだけじゃない。
ディアボリカを守る4人の中で、最も地上で身軽なのはヴィトニルだ。
始動が遅れたとしても、その差を詰めるのに十分すぎるほどのスピードがある。
バギイィィッッ!
低い姿勢から繰り出される獣の如き爪撃は、まず最も近くに居た兵の足首を鉄のグリーヴごと切り裂いた。
重い破砕音がディアボリカの町に響く。
魔法など使わずとも、フェンリルの王の爪は鉄板程度なら切り裂いてしまう。
しかし、近距離戦闘ではどうしても一人ずつしか仕留められない救えない。
目に見える全ての魔物たちを救うため、ヴィトニルには魔法が必要だった。
「冷酷なる氷狼の血、無様に逃げ惑う獲物の希望を噛み砕き、非情な現実を苦痛で刻め!」
詠唱しながらも、ヴィトニルは2人目、3人目と兵を撃破していく。
すでに負傷している魔物もいたが、人間より丈夫な体を持っているのだ、切り傷ごときで死ぬほどヤワじゃない。
避難した後で治療したら十分間に合うはずだ。
「ティアリングバイツッ!」
ヴィトニルの放った魔法は、逃げ惑う魔物を追う兵士の足を冷気で包み込んだ。
やがて霧のように拡散していた冷気は刺々しい牙の形をした氷へと姿を変え、噛み付くようにその足首にガギィッ、と食い込む。
「ぎゃああぁぁっ!」
あまりの苦痛に叫びながら、足を負傷し、次々と膝をつく兵士たち。
「お前たち早く逃げろッ! いいかスヴェルだっ、スヴェルの方に逃げるんだ!」
ヴィトニルが大声で叫ぶと、魔物たちは一斉にとある方向へ向けて走り出す。
中には戦う意志を見せる魔物も居たが――
「足手まといだ、どうしても戦いたいんなら逃げる連中を守ってやれ!」
とヴィトニルが言うと、悔しそうな顔をしながらも転送陣の方に走っていった。
一方、町の西側。
ザガンが待機していた場所にも同様に帝国兵が現れていた。
こちらは隊長が指示を下すよりも早く、ザガンが背中のダインスレイヴを抜き放ち、射線上に魔物が居ないことを確認すると、すぐさま剣を構える。
「せええええぇぇぇぃやぁっ!」
掛け声と共に魔力の満ちた刀身が薙ぎ払われると――
キイィンッ――ザシュウウウゥゥゥッ!
切っ先から放たれる魔力の刃は、耳鳴りにも似た音と共に目にも留まらぬ早さで兵たちに接近し、そして彼らの胴体をことごとく両断した。
これが今日まで彼女が積み重ねてきた訓練の結果だ。
最初はまともにダインスレイヴの力を扱うことすらできなかったが、今ではおそらくこの剣の扱いに関してだけはマオ以上だろう。
ただダインスレイヴの力を開放するだけじゃない。
自らの魔力をさらに刀身に込めることで放たれる刃は更に速度、威力ともに増幅され、今や目で見ることすら叶わない音速の刃と化していた。
10人の兵の上半身がずるりとずれ、切り口からじわりと血を溢れさせながら地面へと落ちる。
それを見たザガンは胸を張り、ふんすと鼻息を荒くする。
「すごい……ザガンちゃんって強かったのね……」
その様子を見ていたアルラウネの女性がぼそりと呟いた。
周囲の魔物たちも「うんうん」と首を縦に振っている。
そんな彼らの驚きを知ってか知らずか、ザガンは魔物たちの方を振り向くと、大きな声で叫んだ。
「まだこれで終わりじゃないかもしれない、みんなスヴェルに逃げるんだ!」
だが、誰も動かない。
予想外の出来事の連続で呆気にとられてしまったのだろうか。
「まおーさまの命令だぞ!」
しかし、ザガンが続けてそう言うと、魔物たちは一斉に動き出した。
自分の言葉はそんなに信用されていないのだろうか――と少し落ち込みながら、ザガンは地面で這いつくばる上半身だけになった兵たちを見た。
何となくだが、まだ終わっていないような気がしたのだ。
「まるでまおーさまみたいだな」
つまりこの勘は信用に値する。
マオと一緒、というフレーズに自分で言っておきながら胸の高鳴りを感じつつ、ザガンは戦闘態勢を崩さないまま、剣を構えて兵たちの方を見ていた。
町の南側、フォラスの待機している区域にももちろん兵は転移していた。
「魔よ内より爆ぜ血肉の華を咲かせ、我に仇なす者の苦痛をもって贖いとせよ」
このあたりは比較的魔物たちが少ない。
したがって現れた兵たちは真っ先にフォラスに向かって攻撃を開始した。
だが、剣を向けられてもフォラスは淡々と詠唱を終え、魔法を放つ。
「ジャーミネイション」
それは元々もっと長い詠唱が必要な魔法であり、マオが学院から持ち帰った技術により短縮されていた。
プチュッ。
魔法の発動から遅れること数瞬、鎧の内側で水っぽい音が鳴ると共に、その兵はバランスを崩し地面に倒れ込む。
他の兵士も同様に。
まるで粘度の高い液体が沸騰したかのように、ブチュ、パチュ、と水っぽい破裂音が繰り返し鳴り響き、その度に兵たちは悶え苦しんだ。
その魔法は、彼らの体内に小型の爆弾を大量に生成するものだった。
瞬時に気づき、すぐさま己の魔力で中和していれば防げる程度のエコな魔法なのだが、兵の中にそれほどの技術を持つ魔法師は存在しなかったようだ。
爆弾はもちろん内臓にも仕掛けられており、兵たちが十分に苦しみを味わった後に爆発し、致命傷を与え、絶命させた。
「君たち、スヴェルに早く逃げろ。魔王君の命令だ」
周囲に居た魔物にそう伝えると、彼らは素直に転送陣へ向かって走っていく。
「それにしても無計画すぎるな、まさかこの程度の数の兵でディアボリカに攻め込んできたのか? いや、この場合は数の問題じゃない、この町を占領する目的なのだとしたら有象無象の兵を送り込んでも無駄だということは、帝国にもわかっているはずなんだ」
フォラスは曲げた人差し指を下唇に当てながら、独り言と共に考察を開始する。
「こうも脆弱な兵を送り込んだ理由。だが、そうだな、まず私たちがここに居ること自体が彼らにとってイレギュラーだったんだ。魔王君の予言めいた指示は的確すぎるほど的確だった。奇襲を仕掛けるはずだった帝国兵の不意をつくことができた。しかしだ、仮に私たちがここに居なかったとしても、この程度の兵なら多少の犠牲は出るだろうが住民の力だけで抑え込めたはずだ、みな魔物なのだからな」
数百人規模の中隊を送り込むならまだしも、10人規模の分隊を送り込んできた意図とは一体なんなのか。
フォラスの脳裏にちらつくのは、アーティファクトの存在だった。
「火のアーティファクトを持った者がマルに攻撃を仕掛けているというのなら、残りは風と光と闇。風は……能力からして違うな、もちろん闇も違う。つまりここで使うとしたら光だ、加護を与える。加護とは何だ、兵たちに加護が与えられているのか? だとしたらそれは一体――」
いくら考えようと答えは出ない。
結局、その答えを知ることが出来たのは――その直後、フォラスが加護の正体を目の当たりにした瞬間だった。
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