最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その55 魔王さま、着々とハーレムを作り上げる
僕たちはディメンジョンポケットに入らなかった分の荷物を背負いながら、来た道を引き返していった。
そこから外へ出て、魔王城に帰るまでの間、会話はほとんどなく、僕はずーっと悶々とした気分を引きずりながら歩く。
時折、少し後ろを歩くヴィトニルの方を見ると、彼女は平然としていた。
少し前までは怒ったり恥ずかしがってみたり、百面相をしていたくせに。
吹っ切れた、ってことなのかな。
何がどう吹っ切れたら、僕が彼女を抱くことになるのかよくわからないけど。
とはいえ、拒む理由は無いわけで。
ニーズヘッグの顔がチラつかないと言えば嘘になるけど、他でもない彼女自身から『まだ他の女には手を出さないのか?』とか言ってくるぐらいだからなあ。
僕がヴィトニルに手を出したことを喜びそうな気がする。
ああ、もううだうだ悩んでたって仕方ない。
やるって決めたんだ、もっと魔王らしく堂々としないと。
考え事をしながら歩いていると、僕の手が温かく柔らかな感触に包まれる。
「……ヴィトニル」
「どうした?」
「なんで急に手なんて握ってるの?」
「雰囲気を出しておいた方がいいかと思ったんだ」
やる気満々すぎて少し怖いよ。
「そういえばあまり考えたことは無かったが、サルヴァ帝国の連中はなんだってアーティファクトなんて物を探してるんだろうな」
「使い方によっては兵器として使えるからじゃないかな」
「兵器?」
「土のアーティファクトは大地を豊かにするだけじゃない、逆に大地を涸らすことも出来る。水のアーティファクトだって、出力を増やせばそこら一帯を水没させることだってできるはずだよ」
「それでエイレネを潰そうとしてるってことか」
サルヴァ帝国の思想は謎に包まれている。
エイレネと敵対しているってことだけははっきりしているけど、ここしばらくは直接交戦した記録も残っていないようだし、結局人工モンスターの件もエイレネが一方的にサルヴァに責任を押し付けただけだった。
敵対していると言っても、全く何も動いていないんだ。
「不気味なんだよね、嵐の前の静けさみたいな。アーティファクトが揃ったら動くつもりなのかもしれない」
「魔王サマの話が事実だとすると、アーティファクト1個でもありゃエイレネを潰せると思うんだがな」
「それは思ってた。だから、サルヴァの目的はエイレネだけじゃなくって……いずれは世界全部を自分らの手中に収めるつもりなのかもしれないね」
支配ではなく、自分たち以外の全てを破壊することで。
「目的は魔王サマと一緒ってことか」
「同じにしないで欲しいんだけど」
「やり方は違うかもしれないが、魔王サマのやってることも結構恐ろしいぞ? 容赦ない時は容赦ないしな」
「そうかな?」
「そうだ!」
うーん、確かにヴィトニルの言うとおり、学院ので一件以降、あらゆる事柄で僕は躊躇うことが少なくなった気がする。
人の命を奪う葛藤とか、もちろんヴィトニルとそういう関係になることも。
「いっそ先手を打ってサルヴァに攻め込んじまえばいいんじゃねえの?」
「さすがに僕でも、まだ何もしてきてない相手を殺したりは出来ないよ。サルヴァの目的が世界征服ってのも僕の想像だし。けど、いずれ何らかの方法で潰すか、支配するつもりではあるけどね」
帝国さえ支配できてしまえば、もはや世界征服は成し遂げられたと言っても過言ではない。
ゆえに、彼らとの接触は避けて通れない道だ。
できれば話し合いと圧力で解決したいのだけれど、どうもエイレネの兵士と違って、サルヴァの兵士たちは話が通じる雰囲気じゃない。
サルヴァの兵士は、モンスター同様に問答無用で襲い掛かってくるし、瀕死の重傷を負っても投降はせず、スキあらば自決しようとする。
土の遺跡に踏み入れる前、ヴィトニルと戦闘した兵士たちもそうだった。
彼女が直接手にかけた数人を除いて、手足を切断された兵士の何人かは、みな自らの舌を噛んで自決してしまったんだ。
その兵士たちの死に様を見るだけで、サルヴァがどういう国なのか、ぼやけた輪郭ではあるけれど少しずつ見えてきた。
幼少期から帝国のために命を捧げることこそが正義であると教え込まれ、骨の髄まで思想に染まりきった人間たち――それがサルヴァ帝国の兵士という存在。
そんな兵士たちを作り上げて、帝国は一体何を求めるのか。
「まだまだ甘いな、魔王サマは。ま、その甘さがあるからこそ、オレも惚れちまったんだろうけど」
さらっと言い放つヴィトニルに、僕は熱くなる顔をそむけながら、手を繋いだまま土の遺跡の出口へと向かうのだった。
城に戻ってからは、あっという間に時間が過ぎていった。
まずは荷物の整理から。
バックパックいっぱいに詰まったさまざまな種類のパンをニーズヘッグに渡しに行くと、彼女は目を輝かせながら口の端から涎を垂らしていた。
同様にポーションもフォラスに渡し、ディメンジョンポケットに収容した装備を含むアイテムは城の地下にある宝物庫へと置いておく。
遺跡で手に入れた魔法の武器は、いざという時のための備えにもなるし、場合によってはディアボリカの武器屋に流したり、輸出して外貨稼ぎにも使える。
アイテムの整理が一段落したら、次は土のアーティファクトの試用だ。
樹人族の元へ向かい土のアーティファクトを実際に使ってはみたものの、大地が豊かになると言われても見た目の変化があるわけじゃない。
人間である僕にはいまいち変化は伝わってこなかった。
あんな遺跡まで作ってレアアイテム感を出してるくせに、地味なやつだ。
けど、樹木と会話のできる樹人族たちは口を揃えて絶賛する。
『これは奇跡の秘宝だ』と。
水のアーティファクトと合わせて、マオフロンティアの農産は未来永劫安泰だとの太鼓判ももらった。
食料の心配が無いことが広まれば、住民たちも安心して暮らせるし、自然と治安もよくなっていく。
その言葉に僕は統治者として大きな安心感を得たのだった。
しかし同時に、アーティファクトへの危機感も抱いている。
アーティファクトとは、使い方さえ間違えなければ無条件で豊かさを与えてくれる救世主めいたアイテムなんだ。
けど僕は思う。
生物とは欲望の権化だ。
人に限った話ではなく、あらゆる生物が。
例えば、これだけ豊かな生活を手に入れたディアボリカの町でも、”まだ足りない”と魔物たちからの陳情が絶えなかったりもする。
だから、こんな便利な力を知ってしまったら、手に入れた生物は際限なく”もっと”、”もっと”とその上を求めてしまうはず。
そしてその行く末は――推して知るべし。
欲望は破滅への水先案内人。
まるで文化が過剰に発展することを拒むかのように、欲望に支配された生物は冷静さを失い、過ちを繰り返してしまう。
『創生歴書』なんて物にアーティファクトの記述があるってことは、かつてこの世界では実際にアーティファクトは使われていたはずだ。
それが何万年のことかはわからない、けど創世歴書は本だ、少なくとも当時の時点で、紙を作り本を綴るだけの技術力はあったはず。
水のアーティファクトで水問題が解決し、土のアーティファクトで大地が豊かになるというのなら、火と風の力もなんとなく想像できる。
光と闇のアーティファクトがどんな力を持っているのかはわからないけど、他の四属性に劣らずとんでもない力を秘めてるんだろう。
何万年も過去の時点で、本を作るだけの技術力があり、加えて全ての属性のアーティファクトの恩恵もあった――
――なのにどうして、この世界の文明は、僕が前世で見てきた世界よりも発展していないのか。
資源の問題もエネルギーの問題も容易に解決するはずなのに。
アーティファクトの力があれば、人口がいくら増えたって問題はない。
魔法という科学よりも遥かに便利な力もあるというのに。
人口が増えれば増えるほど、魔法と科学の発展スピードは早くなるはず。
本来なら、もっと発展していなければ理屈が合わないのだ。
だから、僕は思う。
おそらく、この世界は欲望の暴走とアーティファクトという存在によって、文明がリセットされてしまった経験があるのだろう、と。
そして――僕には、現在進行形でアーティファクトを集めている帝国こそが、再びそのリセットボタンを押す当事者であるように思えてならなかった。
自室で考え事をしているうちに日は傾き、夜がやってくる。
気づいた時には、ヴィトニルが部屋に来ると言っていた時間の直前になっていて、僕は激しく後悔した。
小難しいことを考えてる暇があったら、心の準備でもしておくべきだった。
コンコン。
その時、ドアをノックする音が響いた。
僕はビクッと体を震わせて、心臓が止まるんじゃないかってぐらいに驚く。
……来てしまった。
「どうぞ」と返事をすると、ゆっくりとドアノブをひねり、ヴィトニルが部屋に入ってきた。
彼女は、予想外の衣装を纏っていた。
ウェディングドレスほど派手ではないものの、嫁入り衣装を彷彿とさせる――純白のドレス。
「よ、よう」
部屋に入るなり、ヴィトニルは片手をあげてそう言った。
さすがにこの部屋に入ってくると緊張してしまうのか、動きがぎこちない。
僕も負けず劣らず緊張しているけど、まずは男として言うべきことがある。
「綺麗なドレスだね、よく似合ってる」
「そうか?」
スカートの裾を掴みながら、ヴィトニルは微笑んだ。
けれど微笑みはすぐに怒りの表情へと変わってしまった。
「別に私が選んだわけじゃないからな、今夜魔王サマに抱かれるって話をしたら、グリムとニーズヘッグに無理やり着せられたんだよ!」
まず、なんで2人に話しちゃったんだか。
からかわれるのが目に見えてるのに。
しかし、ヴィトニルらしくない服だと思ったらそういうことか。
「気合い入りすぎてて引くだろ?」
「正直、ちょっとね。でも素敵だと思う」
「しかもだぞ……えっと……ここ、触ってみてくれ」
彼女はこちらに近づいて、首と胸の間を指差した。
言われるがままそこに触れ、
「魔力を込めてみてくれ」
またまた言われるがままに魔力を込めると――
パチッと彼女の背中で何かが外れる音がして、ふぁさっ、と纏っていたドレスが床に落ちてしまった。
「え、え、えっ!?」
「……こういうわけだ」
どういうわけだよ!
なんていうか、何のためにこんな機能がついてるんだか全く理解できない。
いや、つまりそういうことをするためなんだろうけど――こんな不意打ちされると、僕の脳の理解が追いつかないっていうか。
加えて、純白の下着にガーターベルト姿のヴィトニルが僕の頭を加熱させて、オーバヒートしているせいでまともに頭が働かない。
「下着も選んでもらったんだが、どうだ?」
「かわいい、と思う」
混乱を極めた僕に言えるのはそれだけだった。
十分だったみたいだけど。
「そそるか?」
「っ……それは、もちろん」
「なら良し、だ。恥ずかしい思いをした甲斐があったってもんだな」
ヴィトニルは心底嬉しそうに笑った。
艶やかな下着姿と無邪気な笑みとのギャップに、僕の胸が高鳴る。
「じゃあ……ええと……よろしく、頼む」
そう言って彼女は、まるでダンスに誘うように僕に手を差し出した。
僕はその手をにぎると、彼女の体を抱き寄せ、そのままベッドに倒れ込む。
ニーズヘッグ以外の誰かを抱くという罪悪感はまだあった。
けれど彼女とはまた違う、無邪気で積極的に誘惑してくるヴィトニルの魅力に、僕は少しずつ溺れていった。
翌朝、ヴィトニルが自室に戻ってしばらくしてから部屋から出た僕は、窓から差し込む太陽の光が眩しくて、思わず目を細めた。
ああ、ソールの星が黄色く見える。
「げへへ、昨晩はお楽しみでしたねー」
窓の外を眺めていた僕に、背後から近づいてきたミセリアがゲスっぽく言った。
掃除の途中なのか、ほうきの柄の部分に手と顎を乗せてにやにやと笑っている。
「さっきヴィトニルさんを見たけど、幸せそーな顔してたよ」
「そりゃよかった」
『すごくよかったぞ』ってセリフが社交辞令だったら泣いてる所だったよ。
「男冥利に尽きるってやつ?」
「まあ、ね。悪い気はしない」
少なくとも、がっかりされるよりはよっぽど。
「そいや、フォラスさんが探してたみたいだよ。なんか大事な話があるとかで」
「フォラスが?」
アーティファクトのことで何かわかったんだろうか。
「うん、今は食堂にいるんじゃないかな」
「わかった、行ってみるよ」
「モテる男は忙しいねえ」
「茶化さないでよ」
別にフォラスはそういう関係じゃないし。
「で、私はいつ抱いてくれるの?」
「……げほっ、げほ!」
いきなりとんでもない事を言い出すミセリアに、僕は思わず咳き込んでしまう。
「そ、そんな軽々しく言わないでよ!」
「乙女の唇を奪っておいてよく言うよねー」
「乙女ならもっと大事にしな」
「大事にしてる、だから城に住み込んでまでマオについてきたんじゃん。言っておくけど、私はあの日からいつでも準備万端だから」
人間の世界を捨てるには、かなりの覚悟が必要だと思う。
なのに連れてくるだけ連れてきて、何もしないってのは……確かに考えてみれば無責任かもしれない。
「……その気になったら、暇な時にでも僕の部屋に来てよ」
そう言って、僕はミセリアの前を去っていく。
彼女は僕の背中に向かってこう返事した。
「わかった、じゃあ心の準備が出来たらすぐいくからねー!」
朝っぱらからなんて会話をしてるんだか。
爛れた生活を送る自分に呆れながら、僕はフォラスの待つ食堂へ向うのだった。
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Kまる
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