最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その53 魔王さま、ヴィトニルも泣かす

 




 ヴィトニルは森の中を猛スピードで駆け、距離を取ろうとする帝国兵へ急接近した。
 同時に詠唱を開始、自らの腕に魔法を付与する。

「この身に宿る野生の魂よ、血肉に飢えるその深き欲望を満たすため、残忍なる刃で命を奪い、我が道を切り開け!」

 危険を察知した兵は巨木の後ろに身を隠すが、ヴィトニルはお構いなしに巨木へ向かってその爪を振るった。

「ソニック――エッジィッ!」

 ザッ……バキバキバキバキィッ!

 振り下ろされた彼女の爪から放たれる魔力の刃は、目の前の巨木を貫き、後ろに隠れていた帝国兵共々ずたずたに切断した。
 血を噴き出しながらずるりと落ちた上半身を見て、「へっ」と自慢げに笑うヴィトニル。
 しかし直後、その背後に新たな帝国兵が現れる。
 今のはテレポート? 空間制御の魔法が存在するなんて話は聞いたことが無い、帝国の技術はそこまで進歩してるってことか。
 とは言え、転移した兵より振り向いたヴィトニルの反応の方がずっと早い。

 ゴッ!

 ヴィトニルが振り向きざまに繰り出した膝蹴りは、体を軽く上へと持ち上げるほどの威力で兵の股間に命中した。
 兵は股間の部分にに金属製のカバーを仕込み急所を守っていたものの、ヴィトニルの膝蹴りはそのカバーすら変形させるほどだ。

「か、ひゃっ」

 兵の喉から絞り出すような声が漏れる。
 そしてドサリと地面に崩れ落ちた彼は、それから二度と動くことは無かった。

 うわぁ……見てるだけで寒気がする。
 ヴィトニルは、恐ろしさに思わず内股になってしまった僕の方を見た。

「これで終わり……って、何だそのポーズは」
「いや、自分でやってて恐ろしくないの?」
「ああ、さっきの蹴りか。オレにはもう無いものだからな」

 自虐的に言うヴィトニルには哀愁が漂っている。
 あるはずの物が無いって、どんな感覚なんだろう。
 気になるけど、知りたくはない。

 ここは先日、マーメイドの輸送団が帝国兵の襲撃を受けた場所から、さらに少し北に進んだ場所にある森の中。
 この場所に土のアーティファクトの遺跡を探しに来た僕とヴィトニルは、偶然にも帝国兵とエンカウントした。
 そして、「オレに任せろ!」と暴れたそうにしていた彼女に戦闘をすべて任せたというわけだ。
 決してサボってたわけじゃない。

「しかし帝国兵が居るってことは、このあたりで間違いないんだよな」
「うん、フォラスも言ってたから、どこかに土のアーティファクトの遺跡が眠ってるはずなんだけど……」

 周囲を見渡しても、それらしき物は見当たらない。
 ザガンが水のアーティファクトの遺跡を発見したのは奇跡的な偶然だったし、地道に探したらいったいどれだけの時間がかかることやら。
 それに――条件の方も一筋縄ではいかないだろうし。

「遺跡の入り口が開くためには条件があるんだよな。確か水のアーティファクトの時は乙女の涙だって聞いたが、土の条件はどんなのなんだ? 見たところ、帝国兵に乙女は混じってないようだが」
「今日はそのためにヴィトニルを連れてきたんだけど……」
「なんだよ、言いにくいことなのか? こんな体になっても慣れちまうぐらいなんだ、もうちょっとやそっとのことじゃ動じねえよ」
「じゃあ、言うけど」
「ああ、言ってくれ」
「性別を超えた愛、だって」
「……」

 ヴィトニルの動きがぴたりと止まる。
 時間が止まったように、呼吸すら忘れてしまってるみたいだ。
 得意げに、動じないって言うから平気だと思ったんだけどな。
 やっぱり無理だったか。

「……なあ、魔王サマ。それはつまり、オレが魔王サマを愛せってことか?」
「と言うか、愛してると思われてるからフォラスは候補にあげたんじゃない?」
「あの悪魔め! オレがどうして男である魔王サマなんかに、そんなわけのわからねえ感情を抱かなきゃならねえんだよっ! メスのフェンリルならともかく、オレは人間の体なんかに興味はねえっての!」

 ヴィトニルはうがーっと吠えるようにまくし立てた。
 そりゃ怒るよね。
 ヴィトニルは必要以上に自分がオスだってことを誇示したがるから。
 怒る気がしたからここまで黙ってたんだけど、かといって連れてきた以上は言わないわけにもいかないし。
 そもそも、愛情がなければ遺跡は開かない。
 ヴィトニルがそこまで否定するなら、どうせ試したって無駄なんだし、諦めて帰るしか無いかな。

「つうか、性別を越えた愛が必要だって言うんなら、つまりこの帝国兵たちは……」

 そういや、全員男だったね。

「言われみればそうだね、こんな遠方までわざわざやってきたのに、遺跡を開く条件を知らないなんてことは無いだろうから……」
「オレには理解できねえ世界だわ」

 吐き捨てるように言われてしまった。
 正直言って、僕にも理解は出来ない。
 ヴィトニルが完全に美少女だから拒否反応が起きないだけで、そもそもちゃんと男の状態で人間になってたら、ここには連れてこなかったと思うし。

「そういや、さっきは人間の体に興味は無いって言ってたけどさ」
「ああ、それがどうした?」
「こう……試しに揉んだりしないもんなの?」
「……いや、そりゃあ、揉まないと言えば嘘になるが」

 ああ、揉んだんだ。
 なんだかんだで興味あるんじゃん。

「なんだよ、文句でもあんのかよ! オレだって男なんだ、色々試してみたくなって当然だろ!」
「色々なんだ」
「そうだよ、色々だよ! ……って、変なこと言わせんじゃねえよ!」

 自分で言ったくせに、なぜか怒られてしまった。
 顔を赤くして恥じらうヴィトニル。
 言ってることは男っぽいのに、仕草は以前に比べて随分と女っぽくなった。

「フォラスといい魔王サマといい、どいつもこいつも変態ばっかりだな!」
「でもさ、正直どうなの?」
「何がだよ!」
「僕のことどう思ってるのかな、って。なんだかんだで城に住んでるし、学院の時はメイドになってくれたし、そう悪い感情は持たれてないと思うんだけど」
「何とも思ってねえし、今後も変わる予定はねえよ」

 そう言いながら一歩前へ進むヴィトニル。
 その右足が地面に落ちていた石を踏んだ瞬間――

 ゴゴ……。

 地面から、何かが動く音がした。
 僕とヴィトニルは一斉に音の方を向く。

「今のって……」
「何か音がしたな」
「ヴィトニル、今踏んでるその石、それがもしかしたら遺跡の入り口を開くための鍵になってるのかもしれない」
「なっ……なんだと!? 待てよ、それじゃあまるでオレが性別を越えた愛に目覚めたみたいじゃねえか!」

 言われてみれば。
 入り口が開きかけたってことは、トリガーである性別を越えた愛を何らかの装置が感知したということになる。

「違うぞ、断じてそんなことはないからな。オレは男だ、雄々しさに定評のあるフェンリルいちのナイスガイ、それがこのオレ、ヴィトニルなんだ! それが魔王サマみたいな人間の、まだまだ見た目は子供で、しかもオス相手にそんな感情を抱くわけが……」

 ゴゴゴ……。
 さらに入り口が開き、地面に微妙な隙間が開く。

「いいよヴィトニル、その調子だ!」
「その調子じゃねえよ! 違うって言ってんだろ!」

 ヴィトニルが石から足を外して僕の方に詰め寄ってきた。
 ああ、せっかくアーティファクトの遺跡が開きそうなのに。

「今のは何かの間違いだ、勘違いすんじゃねえぞ! 変な気を起こしたら、いくら魔王サマだろうと容赦しねえからな!」

 胸ぐらを掴みながら僕を恫喝するヴィトニル。
 さすがフェンリルの長だけあって殺気の強さは相当な物……なんだけど、顔が微妙に赤いから怖さよりも可愛さの方が目立ってしまっている。

「そもそも、魔王サマの方はどうなんだよ」
「僕がヴィトニルの事をどう思ってるかってこと?」
「そうだ」

 変な気を起こすなとか言っておいて、わざわざ聞く必要あるのかな。

「好きだよ」

 あっさりとそう答えると、ヴィトニルの顔がみるみる赤くなっていく。
 ああ、これまた怒られるやつだ。
 僕は聞かれたから、正直に答えただけなんだけど。

「こっ……この、スケコマシッ! 女たらしッ! スケベ野郎! 女の敵!」

 胸ぐらを掴まれたまま、僕の体はガクンガクンと激しく前後に揺らされている。
 めまぐるしく動く周囲の景色に酔ってしまいそうだ。
 しかし、色んな女を侍らせてたフェンリルの長に、女の敵とか言われてもなあ。
 体だけの関係とか無い時点で僕の方がマシだと思うんだけど。

「そうだっ、誰にでも平然と好きとか言えるんなら、お前があの石の上に乗って遺跡の入り口を開けばいいじゃねえか!」
「それは無理だって」
「なんで言い切れるんだよ、開くかもしれねえだろ」
「僕から見たヴィトニルはただのかわいい女の子だし、性別を越えた愛には該当しないと思うんだ」
「だからオレはオスだって言ってんだろ!」

 たわわに胸を揺らしながらそんなことを言われても。

「人間から見たらフェンリルのオスとメスなんて見分けは付かないし、一緒に過ごしてきた時間はずっと今の可愛らしい女の子の姿をしたヴィトニルを見てきた。メイド服姿だって見たんだ、いまさら男として見ろって方が無理があるんだって」
「ぐっ、くうぅぅぅ……っ」

 反論が思いつかないのか、歯を食いしばりながらヴィトニルはうなった。
 そんな悔しそうにされても、無理なものは無理だし。
 ヴィトニルが僕の事を嫌いだって言うんなら別にいいんだけど、遺跡が反応したってことは彼女もまんざらではないと思ってる……ってことだよね。

「間違いだ、全部間違いなんだ。よし……どうしても納得しないってんなら、間違いだってことを、オレ自身の手ではっきりと証明してやる!」

 ヴィトニルは強い口調で言った。
 裏目に出る予感しかしない。
 彼女は僕の胸ぐらからようやく手を離し、自らの意思で、遺跡の入り口を開く鍵である石を踏みつけた。
 証明ってそういうことか。
 そして僕に向かってびしっと人差し指をつきつけると、高らかに宣言した。

「オレはオスだ、だからオレが好きなのはメスだけなんだ、それは人間の体になった今でも変わらない! なのに勝手に、オレがお前のことを好きとか決めつけやがって……いいか、オレは魔王サマのことなんて嫌いだ! 世界で一番大嫌いだ! どれだけお前が強かろうが、立派だろうが、頼りがいがあろうが、愛だの恋だのは絶対ありえない、一生、いや未来永劫、生まれ変わっても絶対にな! これは嘘じゃない、全部本心だっ!」

 そんなヴィトニルの声に呼応するように――

 ゴゴゴゴゴ……。

 無情にも、土に隠されていた遺跡の入り口は開いていく。
 入り口が開く音を聞きながら、ヴィトニルは僕に指を指したポーズのまま、下唇を噛みながら悔しさに体を震わせていた。
 目も潤んでいる、今にも泣きそうだ。

「ま、まあ……とりあえず、遺跡を探索しよっか、ね?」

 僕は、その場から動こうとしないヴィトニルの肩をぽんぽんと叩く。
 慰めの言葉がしみたのか、はたまたみじめな気分になったのか、強張っていた体からは次第に力が抜けていき、やがて彼女は完全にうなだれてしまった。
 そんなにショックだったのか。

 まあ、彼女の気持ちは想像できないでもない。
 例えるなら、僕がある日いきなり女の子になって、その上メイド服とか強制的に着せられて、しかも絶対に興味は無いと言い張っていた元同性の、しかも自分より年下の男に恋をしてしまうようなものなのだから。
 そりゃショックだ。
 うん、絶対に落ち込む。

 だから僕は、決してふざけることなく、本心からヴィトニルを励ましていた。
 じきに彼女はうなだれながらも僕の言葉に従うようになり、そして僕たちは共にゆっくりと、遺跡の入り口へと足を踏み入れる。
 ……彼女の頬にこぼれていた涙は、見なかったことにしよう。





コメント

  • ノベルバユーザー204569

    元は男なのに、、、
    そこら辺俺は理解できん

    1
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