最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その52 魔王さま、寿命について考える

 




「今朝は、取り乱してすまなかった」

 いつもは2人でベッドに腰掛けるのが定位置なんだけど、今日は僕だけは椅子に座ってニーズヘッグと向き合っていた。

「泣いてたのは決しておぬしのせいではないのだ、だから気にしないでいい」
「でもワイバーンのせいでもないんだよね」
「なっ、なぜそれを知っておる!」
「ヴィトニルから聞いて、直接ワイバーンたちにも確かめてきた」
「私が何を話したのか……聞いたのか?」
「うん、聞いた」

 ニーズヘッグの顔が首のあたりからじわりと赤くなる。
 恥ずかしいって自覚あるならなぜあんなことを。

「言っておくが、私だって最初はあんな話をするつもりは無かったのだ! ただ、いかにマオフロンティアが素晴らしい国かを熱弁すれば連中も配下になってくれるかもしれないと考え……その、それを考えると、何故か自然とマオ様の話ばかりが口から出てしまって」
「ま、まあ……ワイバーンが原因じゃないなら、それでいいんだ。でも、だったら何で泣いたりしたの?」

 正直、僕にとってはワイバーンのこと自体はどうでもよくて、泣いた理由さえわかればそれでいいんだ。
 するとニーズヘッグは背中の後ろに隠した何かを手に取り、そして一度僕に確認する。

「笑うでないぞ?」
「笑うようなものなの?」

 ニーズヘッグは泣いてたはずなのに。

「とにかく、笑わないと誓うのなら見せてやるっ!」
「わかった、笑わない」
「……本当か?」
「そこで疑われてもなぁ。誓って笑わないから、見せてよ」
「うむ……実は最近、こんなものを読んでいてな」

 そう言って彼女が取り出したのは、一冊の小説だった。
 表紙に絵が無いため、一見して堅苦しい内容に思えるのだけど、そのタイトルは――『乙女は魔王の偏愛に溺れる』。
 中身は女性向けの、少し過激な表現が目立つような内容の小説だ。
 まさか、ニーズヘッグがこれを読んでたとは……。

「エイレネから輸入された本らしいのだが、知り合いのフェアリーに借りて読んでみたら存外にのめり込んでしまって、だから……その、登場人物に自分を重ねてしまった、というか」
「それで泣いてたってこと?」
「簡単に言えば、そういうことになるな」

 素直に喜んでいいのかな、これ。
 この小説、エイレネから輸入されたことにはなってるんだけど、実は作家はディアボリカに住む魔物だったりする。
 マオフロンティアではまだ紙の大量生産が出来ないから、エイレネの業者に委託したんだけど、これも文化による侵略の一環なのだ。

 歴史の深いエイレネと比べると、どうしてもマオフロンティアは娯楽という点で劣ってしまう。
 エイレネと外交が始まれば、一方的にこちらの商品ばかりを輸出するというわけにもいかない。
 例えば音楽だったり、絵だったり、劇だったり、そういった文化は圧倒的にエイレネの方が優れていて、放置しておけばむしろこちらが侵略されてしまうはず。
 どうにか出来ないか、と僕は日々頭を悩ませていた。
 そこで目をつけたのが、小説や漫画と言った、前世の世界で広く普及していた文化だった。
 漫画はもちろん、小説もまだこの世界ではメジャーな文化とは言えない、そこに僕はエイレネ発の文化に対抗できる可能性を見出したのだ。
 そして創作活動が得意そうな、普段から妄想ばかりしているハーピィたちに目をつけて、彼女たちの創作活動を支援することにした。
 ハーピィは空は飛べるんだけど非力で魔力もあまり高くなく、ほどほどの威力の魔法を使って小動物を狩ることで生きながらえてきた種族だ。
 小さな集落を作ってひっそり生活していたそうだから、娯楽が少なくて、その中で妄想力が鍛えられたんだとか。
 そんなハーピィが出版した作品の第一作が――今まさにニーズヘッグが手に持っている、この『乙女は魔王の偏愛に溺れる』だった。

 それがニーズヘッグの手元に届いて、こうしてひと波乱巻き起こしてしまうと言うのは、本末転倒な気がしないでも無い。

「だがな、私とて誇り高きドラゴンだ、そう簡単に涙を見せたりはせぬ! ただ単に中身に泣かされただけではないのだ」
「他にも何か理由が?」
「端的に言えば、おぬしが悪い」

 また急展開な、その小説と僕に何の関係が?
 確かにタイトルに魔王とは入ってるけど――それは著者であるハーピィの趣味であって、僕とは一切関係ない……と思いたい。

「マオ様は、最近凛々しくなった。顔つきが大人びて、しっかりして頼りがいも出てきたし、以前より魔王らしくなっておる」
「へ? なに、どうしたの急に」
「人間という生き物は、ほんの1年程度の時間でこうも変わるものかと、おぬしの顔を見るたびに思うのだ。そして胸が締め付けられる。いつか私は、1人で置いて行かれてしまうのだろう、と」

 寿命の話か。
 そういや、一度もニーズヘッグとその話をしたことは無かったな。

「置いていく側のマオ様は考えたことは無いかもしれぬが、私にとっては……死活問題だ。もはやおぬし無しでは、私はどうやって生きていけばいいのかすらわからぬ。その責任も取らず1人逝ってしまうなどずるいではないか!」

 ニーズヘッグの瞳が涙で潤む。
 僕は慌てて椅子から立ち上がり、彼女を胸に抱いた。
 せいぜい15年しか生きたことの無い僕の1年と、数千年を生きてきたニーズヘッグの1年じゃその感じ方は全く違う。
 同じように、僕が寿命を全うするまでの次官も、彼女にとっては人生におけるほんの一部に過ぎない。
 もし僕が彼女を残して死んでしまえば、彼女は残りのいつ終わるかも知れない人生を、僕のことを引きずり続けて生きてくれるんだろうか。
 嬉しいけど、背負わせたものが大きすぎて罪悪感があるかな。
 でも――僕が大人びたってのは、たぶん気のせいだと思うんだけど。

「ニーズヘッグはさ、僕がそんなにここ1年で変わったように見える?」
「間違いなく変わっておる、特にここ最近は急成長しておるぞ」
「おっかしいなぁ……」
「何がおかしいのだ?」
「だってさ、僕とっくに自分の成長止めてるんだよ?」
「……なん、だと?」

 あえて言う必要も無いと思ってたんだけど。

 このマオフロンティアって国は、割と危ういバランスで成り立っている。
 フォラスからの受け売りなんだけど、僕っていう圧倒的な力を持つ存在がいるからこそ、異なる種族の魔物たちが仲良く暮らせているんだとか。
 となると、僕が人間だからって、せいぜい100年弱しか生きられないってのはいささか無責任だと思うんだよね。
 それに、ニーズヘッグともこんな関係になっちゃったし、他にも僕を慕ってくれる魔物たち、人間たちがたくさんいる。
 だから僕にとって自分の成長を止めることは当然のことであって、特に誰かに報告するようなことじゃなかったんだ。

「そんな驚くようなことだった?」
「驚くに決まっておる、人間をやめたようなものではないか!」
「魔王になった時点でとっくにやめてると思うんだよね」
「それとこれとは事情が違うっ、そんな簡単に決めていいことでは無いはずだ! と言うか決める前に私に言え!」
「あえて言うべきことでもないかなー、と」
「言うべきことだ! 私がどれだけ悩んだと思っておるのだ!」
「あはは、ごめんね」

 まさかこんなに怒られるとは。
 我ながら、簡単に考え過ぎだったのかな。

「本当に良かったのか? 自分の周囲の人間たちが、自分だけ置いて逝ってしまうのだぞ? もちろん、エイレネにいるおぬしの家族だって……」
「家族は大丈夫、少し前にこっそり会いに行ったんだけどさ、見事に化物扱いされたんだ。だから愛想も尽きたよ、もう縛られることも無いと思う」

 思わず笑ってしまうぐらい、全く話を聞いてくれなかった。
 兄に至っては、『以前から俺の真似ばかりするお前の存在が目障りだった』とか言ってくれちゃってさ。
 血の繋がった家族じゃなかったら手を出してる所だった。

「……それも、簡単に言うことでは無いぞ。家族に化物扱いされたなどと、普通は笑いながら話せるものか。もっと人間らしく、年相応に悲しめ」

 当人である僕が笑ってるのに、ニーズヘッグが何故か泣きそうになっている。

「心配してくれてありがとう、代わりにこうしてニーズヘッグが悲しんでくれるから十分だよ。それに、僕にはもう、家族よりもっと大事な人たちが居るからさ」

 そう言うと、ニーズヘッグは僕の肩に顔を埋めて、聞こえるか聞こえないか微妙なぐらい小さな声で言った。

「かっこつけすぎだ、バカ」





『泣き疲れた、また夜に来る』と言ってニーズヘッグが出ていったので、僕も少し休んだ後に部屋を出た。
 食堂に行ってお茶でも飲むかと思っていたら、部屋の前にある廊下にフォラスが立っている。

「ニーズヘッグ君の謎は無事解けたみたいで良かった」

 僕が部屋から出るのを待っていたらしく、こちらの姿を見つけると話しかけながら近づいてきた。
 待ってないで、部屋に入ればよかったのに。
 それともニーズヘッグがまだ居ると思ってたのかな。

「謎って言うほどのことじゃなかったけど、大事な話もできたから、いい機会だったのかもね」

 こんな機会でもない限りは、僕が自分からニーズヘッグに寿命のことを話すことも無かっただろうし。

「それで、フォラスは何の用事でここに?」
「先日調べて欲しいと言われていた例の帝国兵士の挙動についてだ、なぜあの場所に居たのか見当がついてな」
「さすがフォラス、早いね」
「それだけわかりやすい動きだったということだ。連中はおそらく、土のアーティファクトを狙っている」

 アーティファクト、久々に聞いた名前だ。
 水以降、他は必要ないと思ってほとんど探そうとはしなかった。

「帝国もアーティファクトの存在を知ってたのか……」
「創世歴書自体は、写本が出回ってるからそう珍しい本でもない。問題は古代の言語を解読できるかどうかだ」

 解読となると、必要なのは知識の蓄積。
 数の暴力が使える人間が一番得意とする分野だ。
 僕たちより早く他のアーティファクトの場所に気づいてもおかしくはない。

「水のアーティファクトの所在地がわかったことで、他のアーティファクトの位置もある程度は逆算できるようになった。もし興味があるなら行ってみてもいいんじゃないか?」
「ちなみに、土のアーティファクトの効果は?」
「大地に恵みを与える、としか書かれていない。荒れ果てた野を豊沃な大地にでも変えてくれるのかもしれないな、ひょっとすると逆もできるのかもしれないが」

 逆――豊かな大地を枯れさせることもできる、ってことか。

「あって困るものじゃないな……」

 それに、帝国が悪用する可能性もある。
 奴らに渡すぐらいなら、自分で有効活用した方がずっと良い。
 帝国兵にも会えるかもしれないし、先手をとって動いてみるか。

「フォラス、場所を教えてもらってもいい?」
「おおまかな場所しかわからないが、それでもよければ。あと一緒にヴィトニルを連れて行ったほうがいいかもしれない」
「どうしてヴィトニルを?」
「遺跡の入り口を開くのに必要になるからだ」

 その理由を聞いて、納得出来たような、出来ないような微妙な気持ちになりながらも――背に腹は変えられない、これはヴィトニルにしか出来ない役目だから。
 出発は翌日。
 僕はヴィトニルを連れて土のアーティファクトが眠ると言われる遺跡へ向かうことを決めた。





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