最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その40 魔王さま、尋問される
僕はオクルスとティラインに応接室まで連れてこられた。
「座れ」
オクルスに促され、僕は柔らかいソファに腰を沈める。
そして僕の向かいにオクルスが座り、その鋭い視線を向けた。
「オクルスちゃん、さすがに考え過ぎじゃないかしら?」
ティラインがやけに女っぽい口調でそう言った。
ケバケバしい見た目からしてそんな気はしてたけど、やっぱそうなのか。
軍人にしては派手すぎるんじゃないかな。
「念には念を入れる、用心に越したことはない」
「それでボロを出してたんじゃざまぁないわよ」
「問題ない、その時は消す」
ったく、目の前で物騒は話をしてくれてさ。
どうして僕をここまで連れてきたのか……ってのは聞くまでも無いんだろうな、一応知らないふりはしておくけど。
「どうしてここに連れてこられたのか、知ってる顔だ」
……気付かれた。
やっぱり心を読んでるのか?
詠唱を行った様子はない、例の詠唱省略なのか、単純に目がいいだけなのか。
どちらにしろ、うかつに物も考えられやしない。
「あんまり警戒しないでもいいのよ、アタシたちとしても将来有望な生徒を傷つけたくはない。
ただあなたは、正直に質問に答えてくれればいい。
さて、まずは名前から聞いてもいいかしら?」
「マオ・レンオアムです」
「クラスは?」
「P-4です」
「ふぅん、落ちこぼれクラスじゃない。
ねえオクルス、やっぱりこの子がスパイだなんてありえないんじゃない?」
「落ちこぼれだからこそ、怪しい」
「用心深いわねえ」
スパイを探してるのか。
でも、彼らにはまだマオフロンティアの存在は知られていないはず。
僕が知らないだけですでに感知されてるのか?
いや、でもそれを知ってネクトルやジャロ芋の流通を見過ごすとは思えない、だとすればもっと別の組織から送り込まれたスパイが居るってことか。
エイレネ共和国と敵対していると言えば、帝国か、あるいはもっと別の――
「尋問を始める。
今からオクルスがする質問に簡潔に答えろ、いいな」
「わかりました」
僕はごくりと生唾を飲み込むと、緊張しながらもオクルスの質問に備える。
彼が僕の顔の筋肉の動きで心の細動を読んでいるというのなら、上辺だけの嘘ではごまかせない。
なら言い聞かせよう。
嘘はつかない、これから僕は、魔王ではなくただの人間だ。
田舎町の貴族として生まれ、兄への劣等感と戦いながら生き、エイレネ魔法学院への憧れを抱いていた15歳の少年、マオ・リンドブルムなのだ。
「すぅ……」と息を吸って心を落ち着かせる。
「はぁ……」と息を吐いてスイッチを切り替えた。
「お前がこの学院に入ってきたのは、情報を得るためか?」
「いいえ」
「ならばなぜ学院に入った」
「憧れていたからです」
「なぜ憧れた?」
「兄への劣等感からです」
「兄の名前は?」
「ラオといいます」
ここでオクルスは一旦間を置いた。
「何かわかったかしら?」
「嘘はついていない、けれどまだわからない。
微妙な”揺れ”が見て取れる、それが緊張によるものなのか見極める必要がある」
「しつこく絡むわねえ、オクルスちゃんの目があれば誰の嘘だって見抜けるんでしょう? だったら……」
「それでも、まだ続ける」
「はいはいわかったわよ」
オクルスは無感情は顔とは対象的に、負けん気の強い人物らしい。
そんな人間らしい感情が残ってるんなら、どうして人工モンスターなんて非人道的な研究ができるんだか。
人間の脳を獣に移植するなんて、悪趣味にも程がある。
「……今、不快感を露わにしたな」
「あら、どうしてこのタイミングで?」
しまった、うかつだった。
今みたいな些細な変動すら見抜かれてしまうのか。
「なぜそんな顔をした? 何を考えた?」
オクルスは目を細めて僕に問いかける。
どう答える?
考えろ、考えるんだ、僕がこの学院に入り込んだ理由はいくつもある、だからこそさっきは切り抜けられたんだ、多面的に物事を見極めれば嘘にならない答えもどこかにあるはず。
柔軟になれ、発想を転換しろ。
どう答えたら、嘘にならない?
「嫌なことを思い出したからです」
「その内容を聞いている」
ちっ、これじゃ時間稼ぎにもなりやしない。
いやだめだ、心の中だろうと舌打ちなんかしたら――
「何をそんなに嫌がっている?
聞かれると都合が悪いことか?」
ほら、こうなる。
オクルスの視線に殺意がこもる、猶予はもうあまり残っていない。
落ち着け、冷静に考えろ。
頭を使って、嘘ではないが真実でもない絶妙な塩梅の方便を見つけるんだ。
「早く話せ、簡潔に、正直に。
でなければ……」
「私が埋めて殺しちゃうかもね。
あ、その前に拷問にかけて全部吐かせちゃおうかしら」
ティラインがそう言って、舌なめずりをした。
背筋に寒気が走る、詠唱短縮の話が本当ならその気になればすぐに僕を殺すことができるんだろう。
どうする、何を言って、どうやって切り抜ければ――
――いや、待った。
なんで僕が、そんな常識的なやり方をしなくちゃならないんだ?
ただの人間じゃない、魔王なのに。
発想の転換なんてする前に、定石の一手を試すべきだった。
強引に状況を捻じ曲げるだけの力が僕にはあるじゃないか。
単純な話だ、どうして今まで思いつかなかったんだろう。
これは僕が、嘘をつかなければいいだけの話だ。
素直に、正直に行こう、だって僕には、それすらも嘘だと悟られないよう、世界を歪められるほどの力があるんだから。
「トゥルースエンクリプション」
魔法を発動する。
僕がどれだけ小声で魔法を唱えても、オクルスはそれを見逃さない。
けれど、見逃さなかったとして、落ちこぼれクラスの僕が一言でこんな魔法を発動できるなんて彼らは想像していない。
「何をぶつぶつ言ってる、早く話せ」
せかすオクルス。
そう焦らなくたって、ちゃんと話すってば。
「僕が嫌な顔をしたのは――人間の脳を移植した人工モンスターのことを思い出したからですよ」
「人工モンスター? なぜお前が……ん、それは、いや、だが……」
「獣と人の命を何だと思っているんでしょうね。
こんな冒涜的な研究、思い出したら誰だって嫌な気分になります。
オクルスさんも、ティラインさんも、そう思いますよね?」
「あれ? どうして、あなたがそれを……でも……」
「そう思いますよね?」
「……そう、ね」
2人は僕の話をぼんやりと聞いている。
今や僕の言葉は泡沫の夢のようなもの。
魔法によって展開した見えないフィルターに通すことで、僕の言葉は脳に到達した瞬間に泡のように消えてしまう。
いや、正確には消えたわけではなく、人間には理解できない形に変質してしまうんだけど、それは記憶が消えることと等しいのだから混同しても構わない。
言葉は確かに2人に通じている、一瞬は理解できる、けれど次の瞬間には消えて、彼らが理解を終える前に僕が何を言ったのかを忘れてしまう。
そして、2人の混乱した脳には僕は嘘を付いていないという事実だけが残る。
暗号化。
僕はとっさに思いついたこの魔法をそう名付けた。
無茶な魔法だからかごっそりと魔力を持ってかれた実感があるけど、どうせすぐに補充されるんだからどうでもいい。
「……質問を、変える」
「はいどうぞ」
違和感はある、だが自分がなぜ違和感を覚えているのかを理解できない。
もちろん僕がやったことだとも理解できない。
だから、オクルスは質問を変えることしかできなかった。
「お前は、帝国のスパイか?」
「いいえ」
僕は自信満々に否定した、フィルターをかける必要もない。
嘘はついていないからだ。
「お前は、真の平和の目覚めのスパイか?」
「いいえ」
再び否定する。
聞いたことのない組織名だな。
軍に目をつけられてる組織ってことは、エイレネ国内の反政府テロ組織ってところかな。
日照り不足による農作物生産量の減少と金鉱の産出量の減少、これによってエイレネは現在不況に陥りつつある。
そんな中、政治家たちはユリシーズ商会を始めとして、特定団体や特定個人と癒着を深めている、反政府組織が隆盛するのは自然な流れと言えるのかもしれない。
「お前は、その他の組織のスパイか?」
これは微妙な質問だな。
マオフロンティアは国家だ、組織じゃないからいいえって言い切ることも出来るけど、微妙って思った時点で相手に悟られる可能性がある。
まだ魔法の効果は続いている。
僕は再びフィルターを通して堂々と言い放った。
「はい、マオフロンティアと呼ばれる魔物の国から人工モンスターの情報を得るためにやってきました」
「魔物の? ああ……そう、か」
オクルスはまたぼんやりとした反応を返す。
けれど嘘はついていないから、彼は僕を疑わない。
「オクルスちゃん、もういいんじゃない?
どうもこの子が嘘をついているとは思えないわ」
「そう、だな」
腑に落ちない点があるのか、オクルスはなかなか僕を解放してくれない。
そりゃそうだろうね、違和感だけが脳内に残ってるんだから。
けれど僕を疑う理由は、頭の中のどこを探したって見つからない。
「友人たちを待たせてるんです、そろそろ行ってもいいですか?」
「……怪しい点は見つからなかった。
もう聞くことはない、構わない、行け」
「それでは、失礼します」
立ち上がり、急ぎ足で部屋を出る。
扉を閉めて、僕は「ふぃー……」と大きくため息をついた。
なんとか……切り抜けたか。
尋問も魔法でやり過ごせるってわかったのは収穫だったけど、やり過ごせたとしてももう二度とあの空間に閉じ込められるのは御免だな。
さすがプロの軍人だけあって、殺気が違いすぎる。
向けられただけで背中が汗でびっしょりだよ。
「マオ様、無事だったようだな」
「……なんとかね」
迎えに来たヴィトニルにかろうじて微笑みながら答える。
後ろからついてくるユリとリヴリーの姿も見えた。
日常に戻ってきた安心感で、さらに体から力が抜けてしまう。
ふらりと倒れかけた僕の体をヴィトニルが支えた。
「ごめん、ヴィトニル」
「ふっ、あまり無理するんじゃねえぞ」
「王子様とお姫様みたい……」
ユリ、それは逆じゃないかな。
「なにはともあれ、マオが無事でよかったよ。
ささ、疲れたってことはお腹も空いてるだろうし、予定通り町でたらふく食べちゃおーよ」
こうして僕たちは、ジャロスティックを求めてパークスの市街へと繰り出した。
真の平和の目覚めとやらも気になるけど、こうして遊んでる間ぐらいは難しいことを考えるはやめようと思う。
今の僕らは、薄氷の上に立つような絶妙なバランスで成り立っている。
足元には黒い黒い底なし沼のような闇が広がっていて、さっきの軍人みたいな連中が、今か今かと僕たちが落ちてくるのを待ってるんだ。
さっきの尋問で身にしみて理解したよ。
だから、一秒一秒を大事にしないと。
たぶん――こんな時間は、そう長くは続かないと思うから。
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