最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その38 魔王さま、無意識に断片を掴む
「色々ありすぎて頭がぐちゃぐちゃしてる」
食堂から出ると、リヴリーはそんなことを言った。
「うん、私も……」
「あれぐらいで驚いてたら、まおさまにはついて行けないぞ?」
「こらザガン、僕のイメージをこれ以上変にしないでよ」
「事実をいってるだけなのに……」
だとしても、ただでさえ混乱してるリヴリーとユリの頭を、これ以上かき乱したくはない。
「とりあえず、マオにはお礼を言っとかないとね。
あのレントに挑発をしてまで私たちを助けてくれたんだし。
ありがと、正直めちゃくちゃ助かった」
「私からも……ありがとう、マオくん。
マオくんが居なかったら……きっと大変なことになってた」
「いいよ、お礼なんて。
僕がもっと冷静に対処してたら穏便に済ませられたかもしれないし」
「そんなの結果論だよ。
あいつら、権力さえあれば何でも揉み消せると思ってるタイプだから、マオが居なかったら本当にやばいことになってたって」
実は僕もリヴリーの意見には同意だった。
さっきは謙遜してみたけど、僕が親玉であるレントを叩いていなければ、行為はもっとエスカレートしていた可能性もある。
もっとも、僕が居なくてもザガンさえ居ればなんとかなりそうだけど。
ダインスレイヴが無いとは言え、伊達にデーモンを名乗ってないからね、ある程度は魔法も使えるし、何より肉弾戦で人間に負けるわけがない。
「それにしても、まさかマオの家があのネクトルを作ってる農家だとは思わなかったよ、どうりでメイドも雇えるわけだ」
「すごく、流行ってるもんね」
「両親が大金持ちとか、将来安泰すぎて羨ましいなぁ。
玉の輿狙っちゃおうかなー」
「はは、急に環境が変わるのも大変だけどね。
ところで、リヴリーやユリの家族はどんな感じなの?」
「私は……田舎で宿を、経営している両親と、姉が一人かな。
姉は学院の試験を受けて、今は辺境の警備をしてるけど」
「うわ、すごい偶然、ユリの家族もそうなんだ。
うちの兄もちょうど試験を受けて、国境のボードって町の警備をしてるんだ」
「リヴリーちゃんの家族も辺境に……私のお姉ちゃんは、リーモって町だからちょっと離れてるかな」
2人が僕の知らない話題で盛り上がっている。
なんで試験を受けたのに、辺境の警備なんてしてるんだろ?
「あれ、マオはわかんないって顔してるね。
まさか知らないで試験受けたの?」
「うん、ぜんぜん」
「珍しいね、みんなそっちも……期待して受験してるのに」
「エイレネ魔法学院の入試は、落ちてもセカンドチャンスがあるんだ。
入試に落ちた人間の中から見込みのある者が選ばれて、共和国軍に雇われて辺境の警備につけるっていうチャンスが。
最近は農家も不況だから、後を継ぐよりは軍に入って公務員として働いたほうがずっと稼ぎはいいからね」
農家の不況の原因は、日照不足で生産量が減少してるから、だっけ。
おかげで青果の値段が軒並みあがってて、ネクトルやジャロ芋の普及に一役買ってるんだよね。
「私も、実はそっちの方を期待して、受けてたんだ。
お姉ちゃんと会えるかもしれないし、給料も悪くないから、お姉ちゃんみたいに、お父さんとお母さんに仕送りもできるし。
ほとんど手紙でしか……連絡が取れないから、両親に、寂しい思いはさせるかもしれないけど」
「あー、そういや私も長いこと兄貴の顔見てないな。
しばらく前に旅行ついでにバークに行ったきりだし」
僕もエイレネ出身なんだけど、結構知らないこともあるんだな。
その後も家族絡みのトークで盛り上がりながら、僕たちは校舎をあとにした。
コトン。
鹿威しの音が温泉に響く。
最初はただ外に剥き出しになっていた魔王城裏の露天風呂は、今や立派な温泉施設へと形を変えていた。
露天というスタイルは崩さずに、周囲は塀で囲まれ、鹿威しと同じく僕がオークに依頼して作ってもらった灯篭がいくつか並んでいる。
もちろん更衣室も近くにある。
本当はさらに男風呂と女風呂とに分けたかったんだけど、何故か猛反対する女性陣に押し切られ、混浴の部分は変わらなかった。
そんなわけで、城に戻った僕は、現在グリムと背中合わせで混浴中である。
「やっと叶いました、思えば長い戦いでしたね」
「何が?」
「こうやってマオさまと混浴することです。
覚えてますか、私が水着を纏った裸体を惜しげもなくさらけ出した時のことを」
確か、ニーズヘッグと出会ったばかりの時だったっけ。
本の上から水着を着て、自慢げに僕に見せつけてたよね。
「覚えてるよ、ちゃんと」
「良かった、忘れられてたらどうしようかと。
と言うわけで、本日はあの日のリベンジです!」
ざばぁっ、と勢い良く立ち上がるグリム。
「あっ、ご安心を。
ちゃんとニーズヘッグには許可を取ってますので」
「そうなんだ……」
別に彼女は嫉妬したりしないと思うけど。
何ていうか、色々割り切ってるみたいだし。
「というわけでマオさま、こっちを見てください」
まあ、どうせ水着を着てるんだろうし、大丈夫だろう。
そう考えて振り向くと――
「ぶっ」
……そこにはグリムの裸体があった。
慌てて元の向きへと戻る僕。
「ふ、ふふふふっ、騙されましたねマオさま!」
「そりゃ騙されるって! 今の流れだと絶対に水着つけてるやつじゃん!
恥ずかしくないの!?」
「正直すごく恥ずかしいです!」
じゃあやるなよ。
「本当は着るつもりだったんですよ」
グリムはそう言いながら、再び座って背中合わせの体勢になる。
「ですが、恋が私を大きくしたと言いますか、断じて太っていないといいますか、気づいたら入らなくなってたんです」
なら今の下りは何だったんだ。
「あれを着るの、数千年前から楽しみにしてたんですけどね」
「数千年前からよく残ってたね……」
「技術の粋を結集して作った水着ですから」
無駄遣いが過ぎる。
当時の魔物の国はよっぽど余裕があったんだな。
「マオさま、今くだらないと思ったでしょ?」
「そりゃ思うよ」
「でも、私にとっては大事なことだったんですよ。
私、本当はですね、普通の女の子になりたかったんです。
普通に遊んで、普通に恋をして、普通に結婚して……あの水着も、普通に水遊びをしたいなっていう私の願望の表れでした。
結局、叶うことはなかったわけですが」
そのために技術の粋を結集させてしまうあたりが、さすが元魔王だ。
叶わない願いが沢山あったからこそ、その穴を埋めるために、魔王らしく好き放題振る舞ってたんだろう。
「普通……か。
そういや、グリムがどうして魔王になったのかとか、まだ聞いてなかったよね」
「だいたいマオさまと一緒ですよ。
当時も大きな災厄がやってくるとか、マオさまが実家を追い出された時と似たような予言があったんです。
それで、偶然強い魔力を持っていて、災厄の日に生まれていた私が疑いを向けられて、処刑されそうになって、逃げ出して……そしてとある魔物に救われました」
「そっから、魔物の王になっちゃったんだ」
「ええ、あれよあれよと言うまに。
そして魔物たちは私に期待の目を向けました、あなたなら人間を滅ぼして魔物の世界を作れるはずだ、と」
「困ったもんだ」
「まったくですよ」
僕は苦笑いを浮かべた。
きっとグリムも似たような表情をしてるはずだ。
ほんと困ったもんだ、人間が魔王になるだなんておかしな話が、すでに二度も起きてるっていうんだから。
「そういえば、学院生活の方は順調なんですか?」
「生徒としての生活は、まあまあかな。
調査の方はてんでダメだ、もう少し時間が必要だね」
「地形が変えられて隠蔽されてるんでしたよね。
壁の外から中を確認する魔法とかないんですか?」
「使ってみたいけど、どうも対策されてるみたいだ。
一般的には知られてないだけで、壁の向こうを透視する魔法はすでに実用化されてるのかもしれない、もちろんその対抗策もね」
サルヴァ帝国の周囲は、一部の関所を除いて全て分厚い壁に覆われている。
敵対するエイレネ共和国としては、どうにかしてその中を知りたいはずで、そのために透視魔法が研究されるのは当然の流れだった。
「つまり、忍び込んで直接見るしか方法は無いってことですか」
「今の所はね。
脳の入手先さえはっきりしたら尻尾も掴めそうなんだけど、政府が絡んでるとなるとそう簡単にはいかないかな」
「まだ時間はありますし、焦らずにいきましょう」
「そうだね、1年は短いようで長いから」
過ぎてみればあっという間だけど、過ごしている間はとても長く感じる、時間ってそういうものだ。
念願のエイレネ魔法学院に入学できたんだ、正直に言うと、できるだけ長い間楽しみたいって気持ちもあるからさ。
これは、僕が人間の世界に残した最後の未練だから。
風呂上がって部屋に戻ると、すでに先客がそこには居た。
ニーズヘッグがベッドの上に座って、何かを頬張っていたのだ。
「おかえり、マオ様」
「ただいま」
恋人になってから、彼女はずっと僕の部屋に入り浸っている。
もちろん寝る時だって。
当然みんなに茶化されるわけだけど、付き合い始めの2人としては今が一番近くに居たい時期なわけで、周囲のノイズなんて耳に入ってこないぐらい僕たちはお互いに夢中になっていた。
僕が肩が触れ合う近さで隣に座ると、ニーズヘッグは手元にある棒状の食べ物を「あーん」と言いながら僕の方に差し出す。
躊躇なく食いつく僕。
衣のサクっとした食感と、芋のほくほく感。
そして口の中に広がるポテトの風味が、さらに食欲を喚起した。
そう、これはフライドポテトだ。
ジャロスティックという名前にはしてるけど、どこからどうみても、紛うことなきフライドポテトなのだ。
素材がジャロ芋だから前世で食べた味とは微妙に違うけど、フェアリーたちと共同開発して味は可能な限り記憶に近づけてある。
「もう1つ食べるか?」
「うん、もらおっかな」
するとニーズヘッグはおもむろポテトの端をくわえ、僕の方を向いた。
……これはまさか、その端を僕が食べろってこと?
さすがに恥ずかしくて躊躇していると、その間にニーズヘッグの顔がみるみる赤くなっていく。
どうも彼女も恥ずかしかったみたいだ。
仕方ないな……そんな顔されちゃね。
僕は意を決して、差し出されたポテトの端に口をつけた。
けどそこから先は勇気が出なくて、僕たちは至近距離で見つめ合ったまま静止してしまった。
さらに赤くなるニーズヘッグの顔、僕の顔も自分で赤くなってるのがわかるぐらい熱くなってる。
しばし2人で見つめ合っていると、心が折れてしまったのか、ニーズヘッグがポテトを噛んでリタイアしてしまった。
彼女は恥ずかしそうに僕から顔をそむけ、もぐもぐとポテトを噛んでいる。
僕も同じように残ったポテトを咀嚼して飲み込んだ。
「おぬしとなら何でも出来ると思っていたが、やはり限度はあるのだな……」
「ニーズヘッグ、こっち向いて」
「ん、どうした……むぐっ」
振り向きざまに唇を重ねる。
「お、おぬしなぁ……!
そういうことをするなら先に言えと、つい最近注意したばかりではないかっ!」
「不思議だよね、さっきのは恥ずかしいのにキスは平気でできるなんて。
というか、先に言ったらやってもいいんだ」
「ふん、私に拒めると思うか?」
思わないので、僕はニーズヘッグを押し倒しながらもう一度キスをする。
彼女も抗わず、むしろ自分からベッドに倒れ込んだ。
「芋の香りがする接吻はどうなのだろうな」
「ははっ、たしかに雰囲気は台無しかもね」
「んっ……そういえば、このジャロスティックという食べ物、人間たちの世界でも売る予定なのだろう?」
「うん、ヘルマーにも協力してもらってね。
まずはパークスに一店舗開く予定だよ」
「その言い方、だと……ぁっ……複数店舗を開くつもりのようだな」
「追々はね、いつかはエイレネ以外の国にも出店してみたいかな」
スティックだけでなく、チップスも同時発売する予定だ。
確信に近い勝算があった。
なぜかと言えば、油がそこそこの価値を持っているせいか、この世界には”揚げる”という調理方法が浸透していないのだ。
最初に僕がフライドポテト言う物を提案したとき、会議に参加していた魔物たちがやけに驚いていたのを見て初めて気づいた。
言われてみれば、僕がこの世界に転生してきてから、揚げ物を一度も口にしたことがない。まさか存在していないとは思いもしなかったけど。
それにしたってもったいないよね、あんな美味しい食べ物に今まで出会ってなかっただなんて、そして料理人たちもこんな大きなビジネスチャンスを逃してきただなんて。
「ぁ、ふ……しかし、こう……なんというかっ……」
「どうしたの?」
「年上として……リードするつもりだったというのに……ん、くっ……すっかり、おぬしの方が……優位になってしまったな」
「ニーズヘッグがそういう気質だったんだよ。
どうしてもって言うんなら、攻守逆転してみる?」
「いや……いい。
別に、嫌というわけでは無いからな。
むしろ……おぬしの所有物になれた感じがして、好きだ」
汗ばんだ肌。
頬に張り付く艶のある黒い髪。
荒い呼吸に、潤んだ瞳。
そしてとどめに今の発言。
ぷつりと、僕の理性が切れる音がした。
夜が更けていく。
ベッドの傍には、食べかけのポテトの入れ物が恨めしそうに転がっていた。
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その37 ブレイク魔法サイコー! めっちゃ吹いた 笑笑(・Д・)ノ