最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その36 魔王さま、学院生活をスタートさせる
バーンクラスとフィナスクラス――貴族と天才たちの入学式がホールで華々しく開かれる裏で、校舎の一室にてプラーニュクラスの入学オリエンテーションがひっそりと実施されていた。
今年のプラーニュの合格者は40名。
バーンクラスが55名と例年より多かったことにより、いつもより合格者は少なかったみたいだ。
さらに40人は10人1クラスに成績順で分けられる。
上から順にP-1、P-2、P-3、P-4といった具合だ。
そして僕はその中で――なぜかP-4に割り当てられていた。
僕がグリムを連れて教室に入る頃には、すでに他の9人は着席していた。
男子が5人に女子が4人。
要はここは落ちこぼれクラスなわけで、着席している生徒たちの面構えもどこか頼りない。
けれどそんな中で、僕は1人だけ見知った顔を見つけた。
あの桃色の髪、見間違えるはずがない。
「はじめまして」
僕が女子に声をかけたせいか、グリムがむっとした顔をしている。
別にそういうつもりじゃないから……って言っても納得してくれないんだろうな、試験の時に何が起きたかなんてグリムは知らないんだし。
それに、ニーズヘッグと僕があんな関係になったもんだから何かとピリピリしてるんだよね。
嫉妬とかじゃなくって、「第二夫人を狙います!」って気合が入りすぎてて。
「は、はい、はじめまして……ってあれ?
あなたは確か試験の時の……」
「僕の顔も覚えててくれてたんだ。
お互いに無事合格できたみたいで良かったね」
「そう、ですね。
わ、私も完全に落ちたと思っていました」
P-4に割り振られてる時点で減点はされてるんだろうけど。
回復魔法を使えるってだけでP-1に居てもおかしくないのに。
「えっと、あの時の……ヴィトニルさん、でしたっけ。
あの方は……元気に、してますか?」
「うん、こっちが困るぐらい元気だよ、そのうち連れてくるから」
「そうなんですね、よかったです」
途切れる会話。
どうもあんまりコミュニケーションは得意じゃないみたいだ。
試験の時はあんな凛々しかったのに、当時は何かスイッチでも入ってたのかな。
「僕の名前はマオ・レンオアムって言うんだけど、君は?」
「あ、私はグリムって言います!」
ここぞとばかりに割り込んでくるグリム。
タイミングをずっと見計らってたのか……。
「マオさんに、グリムさん、ですね。
わ、私は……ユリ、ユリ・ヴァルドールです」
頭を下げながらユリは名乗った。
ちょうどその時、教室のドアが開いた。
どうやら教師が入ってきたみたいだ、僕は「またあとでね」とユリに告げると、慌てて空いていた席に座る。
グリムは僕の後ろに立った状態で待機していた。
「……」
教室に入ってきた男は、何も言わずに教壇に立った。
この顔、そしてあの腕の怪我――間違いない、試験の時に僕が腕を折ってヴィトニルに取り押さえられたあの男だ。
ちっ、ついてないな、こいつが担任なのか。
だから僕とユリはこのクラスに割り振られたってことなのかな。
「……」
男は相変わらず黙ったままだった。
あー、これまさか、あれかな。
このいやーな雰囲気、中学ぐらいの時に味わったことがある。
みなさんが黙るまで3分かかりましたー、って言うあれだ。
けど、教室の中はとっくに静まり返っている、男が何を期待してるのかは僕にだってわからない。
わかることは――少しずつ男の顔が怒りで歪んでいくことだけだった。
「担任が入ってきたのに挨拶も無いとは何事だぁッ!」
ドンッ! と片手で教壇を叩いて、男は激怒した。
ユリの肩がビクっと震える。
グリムは不愉快そうに眉をひそめる。
落ちこぼれクラスなのはいいとしても、教師まで落ちこぼれを連れてくる必要はないんじゃないの?
僕が言った所で、担任が変わることはないんだろうけど。
「言っておくがエイレネ魔法学院はお前たちが思っているほど甘い場所じゃないぞ、舐めた態度を取ってると痛い目を見るからな、覚悟しておけよ!」
あんたが教師できてる時点で、十分甘い場所だと思うんだけど。
この瞬間、教室に居る生徒たちがエイレネ魔法学院に抱いていた理想は、粉々に打ち砕かれたのだった。
初日の濃密なオリエンテーションを終えた僕は、担任が教室を出た瞬間に大きなため息をついた。
同時にグリムもため息をつく。
「ろくでも無い野郎でしたね」
「同感……」
ただ話を聞いて、学内の施設を見て回っただけなのに、まさかここまで疲れる羽目になるとは。
僕以外のクラスメイトたちも一様に疲れた顔をしていて、自由に帰って良いと言われているのに誰ひとりとして動こうとはしなかった。
そんな中、最初に立ち上がったのは、額に汗を浮かべながらも笑顔を崩さない、見るからにキザったらしい少年――フェインだった。
「ふっ、ふふふっ、ふははははぁっ!
お前たち、この程度で疲労困憊とは情けないな!
栄誉あるエイレネ魔法学院に入学したのだぞ? もっと希望に満ち溢れた顔をしないでどうする!」
まるで演劇のように大げさな言い回しをするフェイン。
自分だってさっきまでそんな顔してたくせに。
「てめーだってさっきまでそんな顔してただろ」
僕の気持ちを代弁してくれたのは、机に足を乗せる典型的な不良スタイルを取っている男子、バリーだった。
バリーの鋭い眼光を向けられ「うっ」と怖気づくフェイン。
「まあまあ、初日なんだしそんなにカリカリしないで」
2人を宥めたのはティム。
気弱そうな見た目とは裏腹に結構勇気があるみたいだ。
「そうよ、こんなことに体力を浪費するなんて無駄だわ」
メガネをくいっと上げながら、一人の女子が同調した。
彼女はイーフィ、見た目通りキツめの性格をした秀才タイプみたいだ。
「はぁ……だりぃ」
バリーは大きくため息をつくと、ポケットに両手を突っ込み、猫背で教室から出ていった。
一日目だから言い切るのはどうかと思うんだけど、どうもこのクラス、僕も含めて全員に協調性が欠けてる気がする。
加えて担任はあいつだし、先が思いやられる。
その後、学校を出た僕は校庭で足を止めた。
「どうしたんですか、マオさま」
「無いんだよね……例の地下道の入口が」
ヴィトニルと人工モンスター謎の馬車を追跡したあの時、僕は地下道を通ってこの学校の校舎裏に出たはずだった。
今も景色は変わっていない。
けれどそこには、地下道の入口も、馬車が消えていった校舎の裏口も存在していなかった。
「偽装してるんじゃないですか?」
「そう思ってカムフラージュを見抜く魔法を使ってみたんだけど、どうも魔法で偽装してるって様子でもないんだ」
「ということは……」
「どうしたんだ少年、校舎裏に興味があるのか?」
グリムと話し込んでいた僕の背後から、誰かが声をかけてくる。
振り向くと、そこにはガタイのいい教師らしき男が立っていた。
今日のオリエンテーションで顔を見た気がする、えっと、確か名前は――アンドリューだったっけ。
「まだ校内の施設を把握できていないので。
校舎裏に何があるのか気になっていたんです」
「あっちには何も無いぞ、じきに倉庫でも建てるって話はあるらしいが」
「そうなんですか、あんなに広いのにもったいないですね」
「新入生がそんことを気にしたって仕方ないぞ。
とっとと家に帰って体を休めとけ、初日で色々と疲れてるだろうからな」
ひらひらと手を振りながら去っていくアンドリュー。
そんな彼の後ろ姿を、僕は冷ややかな目で見ていた。
「マオさま、まさかあの人が?」
「うん、たぶんだけど」
あいつが、人工モンスターを運んでた馬車を操ってた男のうちの一人。
もう一人のひょろ長い男の方は、たぶんペイルって教師だ。
こちらも同じくオリエンテーションの時に見かけている。
教師があの馬車を操作してたってことは、やっぱり人工モンスターの研究自体にこの学院が関わってる可能性が高いってことになる。
でも、在学中の生徒が行方不明になったら騒ぎになるに決まってる。
「そういえばさっきの魔法で偽装されたわけじゃないって話なんですが、だったらどうやって扉は隠されてるんですか?」
「地形そのものが作り変えられてるんだよ」
「痕跡も無く、ですか?」
普通、地形を作り変えれば、元あった場所と作り変えた場所とで境目が出来てしまうものなんだけど、この学院に関してはそれが存在していない。
人間って生き物は、数が多い分、突然変異が現れる可能性も高い。
特に高い能力を持って生まれた突然変異のことを、人は天才と呼ぶ。
試験で高い成績を残した者のみが入れるフィナスクラス。
そこは要するに、天才を集めて育成するためのクラスだ。
つまり、エイレネ共和国中から集められた天才が一同に会す場所、ここエイレネ魔法学院のことだった。
天才なら、不可能を可能にすることもできるはずだ。
獣に人間の脳を移植するという発想も、おおよそ凡人のものとは思えないしね。
「ここには、そういうことを出来るやつが潜んでるってことだろうね」
「厄介ですね、尻尾をつかむのも難しそうです」
「そうだね、思ったより面倒なことになりそうだ」
まあ、天才がどれだけ優れていたとしても、限界はあるだろうし。
正直に言って、負ける気はしないんだけどね。
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