最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その34 魔王さま、受験する

 




 ――時は遡り、エレイネ魔法学院入試の一週間前。

 本格的にマーキュルス商会との取引が始まり、いよいよエイレネ共和国全土に僕たちの作ったネクトルが流通し始めた。
 ヘルマーは独自のコネで貴族たちにSランクネクトルやネクトル酒の営業を行い、すでにいくつか大きな契約を結んだらしい。
 計画は順調そのもの。
 おかげで、僕も学院での情報収集に集中できそうだ……なんて考えて居たところ、グリムが勢い良くドアを開いて玉座の間に入ってきた。

「魔王さま!」
「どうしたの、そんなに興奮して」
「ずっと考えに考えてたんですが……やっぱり魔王さま一人じゃ心配です、学院には私もついていきます!」

 興奮気味のグリムは、鼻息荒くそう主張した。

「知ってるんですよ私、エイレネ魔法学院の生徒は一人だけ使用人を連れて行くことを許可されているんですよね?」
「それはそうだけどさ、あれは貴族のための制度であって、プラーニュに入った平民の生徒は活用しないもんなんだけど」
「でも使えるんですよね!」
「ち、近いってば!」

 押しが強すぎる。
 そんなに僕が一人で潜入するのが不安なのかな。

「そんなに行きたいの?」
「もちろんですよ!」

 目がギラギラしている。
 意志の強さはよーくわかった、嫌ってほど伝わってきた。
 でもなぁ……できれば目立ちたくないから、使用人なんて連れて行きたくないんだけど……断れそうな雰囲気じゃないよね。

「わかったよ、じゃあ連れて行く。
 その代わり、グリムだけってわけには行かないから、毎日交代するってことでいいかな?」
「む……そ、そうですよね、わかってますよ。
 ……独り占め出来ると思ったのに」

 小声だけど聞こえてるって。
 そんなわけで、僕は魔法学院に使用人を連れて行くことになった。
 そして厳正な抽選の結果、初日の担当がヴィトニルになり――そして今に至る、というわけである。





 というわけで、『何でこんな格好をさせられてるんだ?』というヴィトニルの疑問に対する答えだけど――

「グリムのせいじゃないかな」

 としか僕には言いようがない。
 百歩譲っても僕のせいじゃないのは間違いない。

「あいつはいつも余計なことばっかしやがるな。
 しっかしわっかんねえ……こんなフリフリの服をオレみたいな奴に着せて、一体何が楽しいんだ?」

 ヴィトニルはスカートの端を摘みながら、不思議そうに風に揺れるフリルを眺めている。
 こっちは見てるだけで楽しいんだけどね。
 元がフェンリルだから、ロマンがわからないのも仕方ないか。

「ちなみに、フェンリルの好みってどんなのなの?」
「そりゃあ、ほどよい肉付きに、色っぽい鼻先と……あとふかふかの毛だな」
「じゃあ、そのふかふかの毛みたいなもんじゃないかな」
「なるほど」

 納得してくれたみたいで良かった。
 しかし、どうやらメイド服を着せられていることに対する憤りは無いみたいで、順調に順応しつつあるヴィトニルを見て嬉しいような、けれど恥じらいが無いのもそれはそれで寂しいような、複雑な感情を僕は抱くのだった。





 試験会場は、平民向けと貴族向けに別れていた。
 もちろん僕が向かうのは平民向けの会場。
 僕は農民の家に生まれたマオ・レンオアムという設定で、会場へと潜り込んだ。
 マオって名前自体はよくある名前だから、隠す必要は無いのだ。
 会場の扉を開くと、そこには数百人の受験生たちがずらりと座っており、試験開始の時間を今か今かと待ちわびている。
 使用人連れの受験生は一人も居ない。
 嫌でも目立つよね、やっぱり。
 使用人は部屋の後ろで待機するよう指示されたのがせめてもの救いか、試験中も後ろに立たれてたんじゃ気が散って集中できないだろうから。

 試験は午前中の筆記、午後の実技に分かれて実施される。
 筆記は言うまでもなくペーパーテスト。
 実技は四大元素である火、水、土、風、それぞれの基礎魔法をどれだけ扱えるかを見る試験だそうだ。
 ヘルマーに聞いた話だと、実技さえクリアできれば最悪筆記は0点でも合格が出来てしまうらしい。
 もっとも、筆記も取っておくに越したことはないのだけれど。
 僕だって元は貴族の端くれ、そこらにいる同世代の人間よりかは知識はあるんだ、時事問題以外は筆記もある程度の点数は取れるはず。

 前方の扉から試験官が入ってくる。
 若干騒がしかった会場が一気に静まり、独特の緊張感につつまれた。
 僕は少し懐かしい感覚を感じていた。
 入試とか、資格試験とか、下手をするともう30年近く前の記憶になるわけだけど、空気感は肌が覚えている。
 異世界でもこういうのは変わらないんだな。
 そんなことを考えながら、僕は割とリラックスした状態で筆記試験に突入するのだった。

 そして無事に筆記を終えると、休憩を挟んで実技試験が行われる。
 筆記の内容については特に言うことは何もない。
 計算問題や歴史、地理、そして魔法に関する割と簡単な問題がいくつも並んでいただけだ。
 例によって貴族たちは別の場所で実技試験を行っていて、平民の僕たちは校庭の端っこにある錆びたまとらしき物体が並ぶ場所に案内された。

「今からお前たちにはあの的に向かって、4つの基本的な魔法を放ってもらう。
 わざわざ言うまでもないだろうが、ファイア、ウォータ、ウインド、ストーン、これら四大元素の基礎魔法だ」

 筆記の試験官とは打って変わって、偉そうな口調で話すこの眼鏡をかけた中年男性が、実技の試験官だった。
 使用人を連れている僕が気に食わないのか、時折ちらりと鋭い視線をこちらに向けている。
 大人げないなあ。

「それでは試験を始めるぞ。
 受験番号1番から5番まで、所定の位置に並べ!」
『はい!』

 呼ばれた少年少女たちが一歩前に出て、大きな声で返事をした。
 彼らは的から数メートル離れた位置にまで移動すると、緊張した面持ちで的に向き合った。

「はじめっ!」

 試験官の合図が轟いた。
 的の前に並んだ受験生たちが一斉に腕を前方にかざす。
 合図のあと、3分以内に4つの魔法を放たなければならない。
 チャンスは一度きり、同じ魔法を二度放つことは許可されていないので、基本的には時間をギリギリにまで使って集中することになる。
 しかし、受験番号2番の切れ長な目をした少年は、合図から数秒後にはすでに詠唱を始めていた。

「不可視の力よ熱量へと形を変えこの世に顕現したまえ、ファイア」

 低めの声が響き、手のひらからサッカーボールほどの大きさの火球が放たれた。
 ゴオォッ!
 ファイアにしてはかなり大きい、詠唱の正確さとある程度の魔力量を兼ね備えていなければ、あの大きさにはならない。

「巡り巡る生気よその激しき流れで汚れた現実を清め給え、ウォータ」

 続けざまに放たれる水の球体。
 シュッ……パァンッ!
 勢い良く射出されたそれは、魔法に耐えうる素材で出来ているであろう的に大きな衝撃を与えた。
 彼に触発されたのか、受験番号4番のやんちゃそうな少年が、我も続けと詠唱を始める。

「不可視の力よ、熱量へと形を変え、この世に、け、けんげんしたまえっ……ファイア!」

 あれじゃだめだ、明らかに集中できていない。
 案の定、発動した火の魔法は想定通り発動しなかった。
 ボフッ!
 かざした手のひらの前で小さな爆発が起き、少年を後方に吹き飛ばす。
 しかし、地面に叩きつけられた少年を見ても、誰も助けようとはしなかった。
 試験中の受験番号5番までの受験生はもちろん、試験官ですらも。
 薄情ってわけではなくて、実技試験中に別の受験生に近づくことは禁止されていて、破ればその時点で失格が確定してしまう。
 だから本来は試験官が助けなければならないのだけれど、彼は全く動く気配を見せなかった。

 少年は右腕と胸を火傷していて、爆発の衝撃のせいで肋骨も折れてるみたいだ。
 口から血が流れているのは、折れた肋骨が肺に刺さっているからかもしれない。
 刺さったのが一方の肺だけなら命に別状は無いだろうけど、当然激しい痛みがあるはずだし、呼吸だって苦しくなる。

「スキャニング」

 誰にも聞こえないよう小さな声で魔法を発動させ、地面に倒れる少年の体の内部を覗き見る。
 肺に突き刺さった肋骨の除去と修復はリストアで問題なくこなせるとして、空いた穴を塞ぐ魔法はまた別の魔法が必要かもしれない。
 今まで、リストアじゃ無機物しか治してきてないからね。
 そう難しいことじゃない、命さえ失われていなければ、人体の修復ぐらいは造作も無いはずだ。
 まずは「リストア」で肋骨の修復。
 ずるりと肺から肋骨が抜き取られ、そして元の位置へと戻っていく。
 次は人体の修復をイメージ。
 僕も同じ人間だから、その修復なら想像するのは難しくない。
 リストアと原理は変わらない、要は元の状態に戻せばいいだけなんだから。

「ヒーリング」

 唱えると、少年の体の内部の損傷が治癒されていく。
 さすがに火傷は治せない、バレてしまえば僕が失格になるんだから。
 命に別状は無さそうだし、試験が終わった後に病院に行けば……と思ってたら、一人の少女が失格をいとわず地面に倒れた少年に近づいていく。
 火傷した少年の体に手をかざすと、魔法の詠唱を始めた。
 その正義感は素晴らしいけど、僕がこっそり治療した意味がないじゃん……。

「我が胸に宿る慈しみの心は手のひらから溢れ、優しき光となりて――」
「何をしている貴様ァッ!」

 勝手に治癒を始めた受験生に対して凄む試験官。
 少女はびくっと体を震わせると、目に涙を浮かべながら彼の顔を見上げた。

「勝手に近づいたら失格だと説明したはずだが?」
「怪我をしてるんですっ、早く治さないと!」
「そんなことはどうでもいい、お前は失格だ、とっととこの場から出て行け!」

 外へ出ていくようジェスチャーで示す試験官だったが、少女は下唇を噛むと――再び詠唱を始めた。
 見た目に反して、芯が強い子だな。

「我が胸に宿る慈しみの心は……きゃっ!?」
「出て行けと言っているだろうがあぁッ!」

 業を煮やした試験官は、おもむろに少女の桃色の髪を掴み、引き倒した。
 ざわつく受験生たち。
 それでも意地で倒れた少年に近づこうとする少女だったけど、試験官は今度は彼女の胸元に右腕を伸ばし――
 ああ、ダメだ。それはダメだよおっさん。

「ブレイク」

 パキリ、と試験官の腕の関節から渇いた音がした。
 見ると、その腕は本来の方向とは逆に曲がっており、そして重力に導かれてぷらりと力なく垂れ下がった。
 シンプルに、効果的に、気付かれないように、可能な限りの苦痛を、そう願って放った魔法だ。

「あっ、ああっ、か……ひっ、ぐああぁぁぁぁぁああああっぁぁっ!
 なんでっ、誰だ、誰がこれを……ぐっ、ぎいいぃぃぃっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」

 右腕を抑え、苦しみだした試験官を心配する少女。
 さすがに人が良すぎる。

「き、貴様か……貴様がやったんだろ!? そうなんだなっ!?」
「違いますっ、私じゃありません!」
「黙れえええぇぇぇぇっ!」

 そして、そんな少女にまた手を伸ばす試験官。
 あんたは腐りすぎてる。

「ヴィトニル」

 僕のすぐ傍に控えていた彼女に声をかけると、すでに殺気に満ちた目で試験官を睨みつけていた。

「いいのか?」
「失格するのは受験生だけだから、まあ問題ない……と思っとこう。
 ただし傷つけないこと、拘束するだけね。
 あ、でも不可抗力で右腕に触れることはあるかもね」
「お前のそういう所、結構好きだぜっ」

 そう言って試験官に飛びかかるヴィトニル。
 ……告白されてしまった。
 いや、違うか。
 ヴィトニルは少女に手を伸ばそうとする試験官を背後から拘束すると、少女に早く少年を治癒するように促した。
 暴れる試験官だったが、ヴィトニルがどさくさに紛れて右腕の関節に触れると、苦悶の声をあげながら動きが止まる。
 その隙に詠唱を完了させた少女は、今度こそヒールを発動させた。
 少女の手のひらからこぼれ落ちた光が少年の火傷を覆い、みるみるうちに治癒されていく。
 同時に、苦しんでいるように見えたその表情も和らいでいった。
 確か治癒魔法って、攻撃魔法より難易度高いんだったよね。
 あの子、気弱そうなくせして結構やるみたいだ。

 しばらくして、騒ぎを聞きつけた魔法学院の教師が複数人やってくると、そのうち1人が骨折した試験官を、別の1人が倒れた少年を連れて行く。
 右腕の骨折の理由はわかっていないわけで、誰に恨みをぶつけて良いのかわからない彼は見苦しく騒ぎ喚いていた。
 そして、残った教師が試験官を引き継いだ。
 新たな試験官は長身のひょろっとした男性、今度はまともそうだ。
 さっきの騒ぎは特に誰も咎められることはなく、少女がヴィトニルにお礼を言った後、2人は元の位置まで戻りすぐに試験が再開された。

「ありがとね」
「別に礼なんていらねえよ。
 だけどさ、仮に入学出来たとしてもあの教師とまた会うことになるんだよな」
「いっそ潰す?」
「お前たまにさらっと恐ろしいこと言うな。
 でも、それも良いかもしれねえな」

 二人で悪い話をしているうちに、僕の順番が回ってきた。
 すでに半数以上が試験を終えていて、早く終わった人間から帰れるもんだから、周囲にいる人数はかなり減っている。
 おかげで、平均的な受験生の力量はすでにわかっていた。
 貴族クラスの受験生は50名程度だって聞いたし、つまり数百人いるプラーニュの受験者のうち、上位50位以上に入れば合格ラインは突破できるってこと。
 あえてギリギリを狙う必要もないから、そうだな……だいたい20位ぐらいの力で合格したらいいのかな。
 僕は目立たないよう、威力を調節しながら、(必要のない)詠唱を唱え、他の受験生と同様の(ように見える)魔法を的に向かって放つ。
 うん、練習した甲斐もあって威力調節は完璧。
 治癒魔法を使った女の子がどんな魔法を放つのか、それを見れなかったのだけが心残りだけど、まあ彼女も合格するだろうからそれは追々ってことで。
 合格を確信した僕は、自信満々で会場を後にするのだった。





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