最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

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その32 魔王さま、憧れの場所に足を踏み入れる

 




 翌日、ネクトルの販売を終え城へと戻った僕は、さっそくヴィトニルに匂いによる追跡を依頼することにした。
 もちろん彼女は嫌そうな顔をしていたけれど、僕が頭を下げてお願いすると、しぶしぶ引き受けてくれた。
 僕のあの匂いのきつさは身をもって経験してる、タダとは言わない。
 「今度何かお礼をするよ」と言うと、「じゃあ一緒に酒でも飲んでくれ、聞いて欲しい愚痴がある」と返ってきた。
 まだ未成年だけど、立場が立場なだけに飲めませんとは言えない。
 僕が快諾すると、ヴィトニルは少しやる気を出したようだった。

 ディアボリカの転送陣を通り、人工モンスターと遭遇した森へと移動する。
 今日も早々にネクトルが完売したおかげで、まだ日は高い。
 青々とした木々が生い茂る森の中でも、明かりは必要無かった。
 ヴィトニルはまるで犬のように地面に顔を近づけながら鼻を鳴らす。
 この森は広い、さすがに痕跡が見つかるまでに時間がかかるだろう――と思っていたら、彼女はおもむろに立ち上がってある方向を指差した。

「似た匂いがあっちにある。
 その人工モンスターとやら、今まさにその辺に居るのかもしれないな」

 なんて強運。
 僕たちはすぐさま匂いの方角へと駆けていった。

 匂いの元の付近にまで近づくと、何者かの複数の気配を感じた僕たちは、ほぼ同時に木の影に身を隠した。
 人工モンスターじゃない、この気配は人間のものだ。
 ヴィトニルが再びスンスンと鼻を鳴らす。

「例のモンスターもそこに居るぞ」

 おそるおそる木の影から向こう側を覗き見ると、そこには大きな馬車の傍に立つ2人の男、そして1匹の人工モンスターの姿があった。
 男たちは黒い衣服に黒いフードをかぶり、さらに顔を黒いマスクで隠していたため目元以外は見えなかった。
 彼らは馬車の荷台に備え付けられた檻のドアを開くと、ガタイの良い方の男が「入れよ」と人工モンスターにきつめの口調で話しかける。
 すると不思議な事に、言葉を理解していないはずの人工モンスターは、指示に従い檻の中へと入っていった。

「こいつで最後だっけ?」
「そうだな」
「1匹いなくなった時はどうなるかと思ったけど、これで一安心って所か」
「そりゃ嫌だろ、お前みたいな例外を覗いて、職員なら誰だってな」

 ひょろ長い男の方は、何やら例外扱いされてるみたいだ。
 2人は檻の鍵を閉めると、上からカバーを被せ檻を隠し、馬車に乗り込んだ。

「どうすんだよ、追うのか?」
「もちろん」

 身体能力を向上させ、音を立てないよう留意しながら馬車を追っていく。
 しばらく馬車は森の中の獣道のような場所を、ガタガタと揺れながら走っていたけれど、どうにも進行方向がおかしい。
 確かに森から出る方向には進んでいるんだけど、やけに遠回りだ。
 町に戻るにしては不自然な動き――そう思っていると、馬車がある場所で突然動きを止めた。
 男たちが馬車から降り、何やら地面に触れている。
 そして何かを見つけたのか、手に握ったそれを一気に引き上げた。
 ゴゴゴゴゴ……重い石同士がこすれる音が轟き、明らかに地表とは異なる冷たい風が頬を撫でた。

「隠し通路だって?」
「大掛かりだな、バックにでかい組織が居るのは間違いねえ。
 どうすんだ魔王サマ、あそこに入られたら逃げられちまうぞ?」
「ついていこう」
「おいおい、バレるに決まってるだろ」
「ヴィトニルこっち来て」

 僕が手招きをすると、彼女は不思議そうな顔をしながら近づいてきた。

「僕が抱きかかえるから掴まって」
「……は?」
「姿を消す魔法を使おうと思う」

 ザガンから角を消す魔法のことを聞いていたし、今ならイメージもしやすい。
 とはいえ2人分別々に魔法を使うのは手間だし、接触――つまり抱きかかえた状態で一気に魔法をかけた方が僕としては都合がいいのだ。

「うん、姿を消すのはわかるんだが」
「じゃあ早くこっちに」
「いや、オレが抱きかかえられないといけないんだ?」
「そっちの方が都合がいいからだよ。
 ほら、来てよ、馬車が逃げちゃうって!」
「いやいやいやいや、オレ男だし! 
 なんでオレが男に抱きかかえられないといけないんだよ!
 魔王サマだって気色悪いだろ!?」
「いや、別に……」
「何でだよ!?」

 何でと言われても、僕から見たヴィトニルはどう見ても女の子なわけで。
 本人が認めないだけで、最近は仕草とかも女性らしくなってきたというか。

「自覚無いかもしれないけどさ、ヴィトニルってかなり可愛いからね?」
「はっ? はあぁっ!? 嘘だろおい、どんな趣味してんだよ!?」

 ヴィトニルが顔を真っ赤にしながら僕の胸ぐらを掴んでくる。
 ここまで騒いでも気付かれないなんて、かなり鈍感だなあいつら。

「可愛いっつうより、オレはカッコイイはずなんだ!
 見ろよこの鋭い目つき、目だけで相手を殺せそうなぐらい迫力があるだろ?」

 目を細めて何やら僕にアピールしてきた。
 ……ああ、それカッコイイ表情をしてるつもりなんだ。
 残念だけど、僕から見るとカッコイイってよりは艶っぽく見えるんだよね。

「別にカッコよくは無いって言いたそうな顔してんな……」
「伝わったみたいでよかったよ」
「……まあ、オレも薄々そんな気はしてたよ」

 あ、やっぱりわかってたんだ。

「けど、魔王サマは気持ち悪くないのかよ。
 見た目がこうでも、元はオスのフェンリルだぞ?」
「オスって言われても、フェンリルの性別なんて僕は区別がつかないし。
 僕から見たヴィトニルはただの女の子でしかないよ。
 というわけで、さすがに馬車が行っちゃうから抱えるよ?」
「くそっ……わかったよ、好きにしろ」

 いわゆるお姫様抱っこの体勢でヴィトニルを抱きかかえると、僕は姿を消すための魔法を発動した。

「インヴィジブル」

 全身に、そして接触しているヴィトニルにも僕の魔力が満ちていく。
 慣れない感触に、彼女は僕の腕の中で体をよじらせた。

「大丈夫?」
「問題はない……ってオレからは普通に姿は見えるんだな」
「さすがに自分からも見えなかったらまずいからね。
 じゃあいくよ、ちゃんと掴まっててね」
「……ああ」

 少し恥ずかしそうにしながら、ヴィトニルは僕の首に腕を回した。
 いつもより顔が近い。
 僕の顔も彼女に負けじと熱くなり始めていた。

 地下道の中は真っ暗で、馬車に乗った男たちが明かりを灯して居なければ、完全に暗闇に包まれてしまうほどだ。
 道は苔むした石で出来ており、馬車がゆうゆうと通れるほどの広さのあった。
 道の向こうには深い闇があるだけで、終着点を確認することはできない。
 かなり長い通路みたいだ。

「大昔に作られた道を再利用してるみたいだな」

 地下道の中では音がよく響く。
 馬車の男たちに聞こえないよう、ヴィトニルは僕の耳元でそう囁いた。
 僕も同じく彼女の耳元で返事をする。

「これだけ大規模な地下道、政府が把握してないとは思えないよね」
「んっ……」
「どうしたの?」
「すまん、くすぐったかった。
 オレは人間より耳がいいから、別に耳元で言わなくてもいいんだぞ」

 色っぽい声が漏れてしまった事がよほど恥ずかしかったのか、ヴィトニルは顔を真っ赤にしている。
 これで”オレは男だ”とか、一体どの口で言ってるんだろう。

 馬車はそれから二時間ほど代わり映えのしない地下道を直進しつづけた。
 体力的には問題は無かったけど、さすがにこうも同じ景色が続くと飽きる。
 そろそろ違う景色が見たいもんだ――とヴィトニルと愚痴りあっていると、願いが届いたのか、前方に分かれ道が現れた。
 馬車は迷いなく右へと進んでいく。
 もちろん僕も馬車を追って右へ向かうわけだけど、一瞬だけ、左の分かれ道に何らかの文字が刻んであるのを見つけた。

「ナイトヴィジョン」

 明かりのない左の道を肉眼で目視するのは難しい。
 僕は暗視ゴーグルをイメージしながら、視覚を魔法に酔って拡張、暗闇に隠れた文字をみようとした。

「何か見つけたのか?」
「あっちの道、国境地帯に繋がってるみたいだ」

 文字を確認すると、魔法を解除してすぐさま馬車を追う。
 よく見ると、右側の壁にも文字が刻まれていた。
 どうやらこっちには”パークス”って書いてあるみたいだ。
 馬車は首都に向かってるのか……。
 北の森に、国境地帯、そして首都を繋ぐ地下道――僕が追っている人工モンスターの出処は、どうも首都にあるみたいだ。
 帝国の仕業だってのは真っ赤な嘘ってことになる。
 ヘルマーが言っていたことが事実だとするのなら、反帝国感情を煽るために噂を広めているのは他でもないエイレネ政府自身だ。
 人工モンスターの出どころがエイレネ政府だとするのなら、こんな露骨でひどいマッチポンプは見たことがない。
 すでに人工モンスターによる被害者だって出てるのに。
 国民の感情を煽るために国民を傷つけるなんて、統治者の風上にも置けないな。

 そこから15分ほど進むと、馬車が動きを止めた。
 行き止まりみたいだ。
 そして男が馬車から降り、壁にある何らかの仕掛けを作動させると、行き止まりだった壁が下に降りていき、出口が姿を表す。
 馬車を追って僕も出口へと向かい、先にあるゆるやかな坂を登っていくと、やがて屋外へと出た。

「ここは……」
「どこだ? 外の景色からして首都なんだろうけど、オレは見たこと無いな」

 前方には立派な三階建ての建物がある。
 馬車は建物の裏口らしき場所へと入り、姿を消した。

「追わなくてよかったのかよ」
「大丈夫、場所はだいたいわかったから」
「この場所のことを知ってるんだな?」

 知ってるとも。
 僕はネクトルを売るために何度もパークスを訪れたけれど、実はその間に何度もこの場所を柵の外から見物している。

「一体どこなんだよ」

 ヴィトニルが問いかけてくる。
 僕はできることなら答えたくなかった。
 魔王になった今でも、以前の願望ってのは消えないもんで。
 ディアボリカにもっと立派な学校を設置するための調査、って名目でいつか中に入れないかと期待してたんだけど――
 まさか、こんなタイミングで僕の願いが叶うとはね。

「……エイレネ魔法学院。
 僕が普通の人間だった頃、憧れてた場所だよ」

 できれば、人工モンスターを追ってではなく、もっと別の機会に入りたかったと思ってしまうのは……僕のわがままなんだろうか。






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