最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

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その26 魔王さま、全力でおもてなす

 




 ここは人里から北へ離れた森の中。
 そこでボロボロになった男の冒険者が、これまたボロボロになった女の冒険者に肩を貸しながら、行くあてもなく森のぬかるんだ地面を踏みしめ、進んでいた。

「はぁっ……っく……ぐ、おおぉぉおおっ……!」
「兄ちゃん、もういいよ……」
「諦めるなよ、まだ……まだ行けるっ、ぬぐおおぉぉぉりゃあああぁぁっ!」
「私を置いていけば兄ちゃんだけでも助かるかもしれない」
「ざっけんなよアーシェ……俺は、妹を見捨てて逃げられるほどっ、腑抜けた兄貴になったつもりはねえんだよおおおっ!」

 戦士のガーシュと魔法使いのアーシェは、兄妹で冒険者をやっていた。
 しかし、ここ1年ほどで人間を襲う魔物が極端に減ったせいで、討伐依頼を主に引き受ける冒険者は食っていくのは困難になってきている。
 そんな中、久々にありつけた討伐依頼。
 貴重な薬草が取れる地域で”魔獣”ホーネットが大量発生しているので、冒険者に討伐してほしいという内容だった。
 魔獣と言うのは、言語は話せないが魔法を使う危険生物のこと。
 言語を話す生物は魔物と呼ばれ、それ以外の生物は動物と呼ばれていた。
 魔獣討伐の報酬は魔物討伐に比べると安いのだが、とにかく仕事の無かった2人はすぐに食いつき、馬車を使って依頼書に書かれたホーネットの発生場所に向かう――はずだった。
 馬車での旅は順調だったのだ、山賊に襲われてしまうまでは。
 山賊は冒険者の成れの果てである。
 魔物の討伐依頼が減る一方で、最近では食い扶持を失った冒険者が山賊となり、馬車を襲うことが社会問題になりつつあった。
 2人は、まさか自分たちがそれに巻き込まれるとは思っても居なかったが。

「ふんっ……ぬうぅ、ぐうぅう……」
「兄ちゃん、お願いだから……」
「黙れつってんだよおおぉぉっ!」

 山賊から命からがら逃げ切った2人は、気づけば運悪くホーネットの大量発生地帯に足を踏み入れていた。
 万全の状態なら迎え撃つことも出来たが、山賊から逃げ出し満身創痍だった2人ではホーネットの相手は出来ない。
 襲われ、傷を追いながらも2人はさらにホーネットからも逃げ、そしてボロボロになりながら、方角すらわからない森の中をさまよっていた。
 アーシェは足を怪我しており、まともに歩けない。
 ガーシュも妹ほどではないにしろ、全身傷だらけだった。

 それでも諦めないガーシュだったが……ついに限界がやってくる。
 ドサッ。
 意識を失い、地面を倒れたまま動かなくなるガーシュ。

「兄ちゃん……やだ、起きてよ……。
 私、兄ちゃんがいなきゃ何にも出来ないよぉっ!
 やだ、やだ、やだぁっ……誰かっ、誰かいませんかぁっ! 誰でもいいんですっ、助けてくださああぁぁぁいっ!」

 叫ぶアーシェだったが、その声が呼び寄せたのは助けではなく――2人を追う大量のホーネットだった。
 不快な羽音を鳴らしながら、鋭い針を見せつけるようにアーシェへと近づいていくホーネットたち。
 足を怪我していて動けない、兄ももう限界だ。
 死を覚悟した――その時だった。

「ディメンジョン・ラパロトミー!」

 少年の声が聞こえた。
 その直後、アーシェへ迫っていたホーネットたちの体は上下真っ二つに両断され、体液を撒き散らしながら絶命する。

「さすがに話の通じない魔獣は配下にできないからなぁ。
 いや、ホーネットって蜂だし、はちみつとか作るのに使えたりするのかな……」

 顎に手を当て、何かを考えながら近づいてくる少年。
 彼の姿を、地面に座り込んだアーシェは呆然と見上げていた。

「あ、あなたは……?」
「通りすがりの営業マンだよ」
「えいぎょうまん?」
「さ、僕が肩を貸してあげるから、安全な場所まで案内してあげるよ」
「ありがとうございます……」

 赤いマントに黒いローブ、見るからに怪しい少年だったが、身動きすら取れないアーシェは従うしかなかった。
 両肩で2人を支えながら、引きずるように森のさらに奥へと進んでいく少年。

「あの、どこに行くんですか?」
「町だよ」
「町があるんですか? こんなところに!?」
「うん、行ってみればわかるよ」

 それから少し進むと、広場に出た。
 地面には石のような物がはめ込まれており、表面に魔法陣が刻まれている。
 少年に連れられるまま、アーシェと意識を失ったガーシュは魔法陣へと足を踏み入れると、魔法陣がまばゆい光を放ち始める。
 「きゃっ」と声を上げ、思わず目を閉じるアーシェ。
 そして次に目を開いた時、広がる光景に彼女は言葉を失った。

「……なに、ここ」

 まず目についたのは、山の上にそびえ立つ禍々しい城。
 そして次に目にしたのは、その麓に広がる広大な町だった。
 町は賑やかな喧騒に包まれており、人里の都会に負けないほど多くの住人たちが往来している。
 商業も盛んなのか、馬車らしき乗り物の行き来も多く見られたが、アーシェが絶句したのはそれを見たからではない。

「魔物が、いっぱいいる……」

 その住人全てが、人類の敵である魔物で構成されていたのである。

「ようこそ、魔物の国マオフロンティアに!
 ……ってやっぱこの名前、自分で名乗るには恥ずかしいな」

 高らかに宣言する少年。
 アーシェは信じられない光景を目にし、信じられない単語を聞いたことで完全に混乱しきっていた。

「魔物の国?
 いや、そんな、そんな物が存在するわけ……!
 いや、でも、オークが居る、しかも買い物してる。
 ケットシーが接客して、コボルトが客引きをして、フェンリルが馬車を引いて……なに、何が起きてるの? 私は夢でも見てるの!?
 うそよ、こんなのうそよっ、ウソに決まって……」
「嘘じゃないよ、現実さ」
「……きゅう」
「おっと!」

 脳の処理速度が限界を迎えたアーシェは、ついに意識を失ってしまった。
 慌てて抱きかかえる少年。

「混乱するのはわかってたけど、気絶までしちゃうとは。
 とりあえず……診療所に連れて行くかな」

 少年は苦笑いしながら、2人を引きずっていった。
 そんな少年の姿を、周囲の魔物たちは興味深そうに凝視していた。





「うわあああぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」

 ガーシュは目を覚ますと同時に叫んだ。
 悪い夢を見ていたのだ。
 自分だけ助かり、最愛の妹であるアーシェが死んでしまう後味の悪い夢を。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 パチンッ!
 彼はあれが夢だったということを確かめるため、両手で頬を叩いた。

「痛い……夢だったんだな、あれは」

 落ち着いたガーシュは周囲を見渡す。
 どうやら自分は何者かに助けられ、治療を受けた後にベッドで寝かされていたらしく、隣には同じくベッドで眠るアーシェの姿があった。
 人間など誰も居ないはずの森で一体誰が助けてくれたのか。
 疑問はあったが、ひとまず命が助かったことに安堵するガーシュ。

「あら、重傷だったあなたが先に目を覚ますなんて。
 さすが戦士、体力があるのね」

 聞こえてきた女性の声に反応し、ガーシュは顔を上げた。
 そこには緑髪の、白衣を纏った美しい女性がいた。
 こんなに綺麗な女医がいるとは、都会であればすぐに有名人になりそうだな――などと考えられたのもつかの間。

「あなたが俺たちを助け……て……うわああぁぁぁぁぁぁっ、あ、あ、アル、アルラウネだとッ!? 剣を、早く剣をっ!!」

 女医の下半身が巨大な花であることに気付き、ガーシュは大慌てで腰の剣を探した。
 しかし、剣はどこにもない。
 よく見れば服も目を覚ます前とは別物だ、寝ている間に道具を没収され、服まで着替えさせられていたらしい。

「そう慌てないの、危害を加えるつもりはないから」
「魔物が人間に危害を加えないはずがないだろう!?」
「常識は変わるものよ、1年もあればね。
 さ、包帯を変えるから大人しくしてねー」
「うわあぁぁぁぁっ!」
「うるさいわねえ、縛るわよ?」

 アルラウネは足元の根っこでガーシュの体を縛り、身動きを制限した。
 それでも彼は体をよじられなながら抵抗したが、魔法も使えない人間の力では、一度縛られれば脱出するのは難しい。

「なぜだ、なにが目的なんだ?」
「目的ねえ……上司の命令、かしら」
「上司、だと?」
「ええ、この町を訪れた人間を全力でおもてなせ、ってね」
「もてなす……?」
「色々と考えがあるんでしょうね、はい包帯の交換終わりっ」

 アルラウネは根っこを触手のように使い器用に包帯を交換すると、ガーシュの体を解放した。
 どうやら本当に敵対するつもりが無いことを察した彼は、解放されてももう暴れることはなかった。
 どのみち、武器もない今では抵抗するだけ無駄なのだから。
 ……ほどなくして妹のアーシェも目を覚ましたが、ガーシュと全く同じリアクションを見せたのは言うまでもない。





 その翌日、傷がすっかり癒えた兄妹2人は強制的に退院させられた。
 衣服と所持品、もちろん武器も返却され、魔物の国に解き放たれる人間2人。
 久々の自分の衣服はやはり落ち着く。
 しかし布団と言い病衣と言い、やけに布の質がよかったせいか、少しごわついて感じてしまうのが気になっていた。

「悪夢だ、どうなってるんだこれは……」
「兄ちゃん……」

 体を震わせながらガーシュにしがみつくアーシェ。
 2人は二大国家の一方である共和国出身だったが、この町は首都と相違ないほどの賑わいだった。
 圧倒され、全く身動きが取れない2人。
 そんな2人の元に、1体のフェアリーが近づいてきた。

「あなた方がガーシュ様とアーシェ様なのです?」
「そうだが、お前は?」
「私はフェアリーのレモンと申しますです、お二人が滞在中に泊まる宿に案内するよう命令を受けていますです」
「宿、だと? それに命令とは、一体誰から受けているのだ!?」
「魔王さましか居ないです、すでに出会っているはずなのですが」
「魔王?」

 ガーシュに心当たりは無かった。
 この町に来てから出会ったのは、フェアリーと診療所のアルラウネだけ。
 しかしアーシェだけはそれ以外にも1人の少年と出会っていた。

「まさか、あの男の子が……」
「アーシェ、知ってるのか」
「うん、ホーネットから追われてる私たちを助けてくれて、その男の子にこの町まで案内されたの」
「たぶんその人なのです、魔王さまは元々人間の世界から追い出された、普通の人間だったそうですから。
 あまり待たせると女将に怒られるのです、説明はあとでいくらでも聞けるです、早く宿に行くのですよ」

 レモンに急かされ、歩きだすガーシュとアーシェ。
 あまり人間を見慣れないのか、周囲の魔物にじろじろと見つめられ、常に命の危険を感じながら2人は綺麗に舗装された石畳の道を歩いていた。
 樹人の開いている店には見慣れぬ果実が並び、それをゴブリンが見慣れぬ通貨を使って購入している。
 少し進むと広い公園が見え、そこでは異なる種族の魔物の子どもたちが楽しそうに遊具遊びに夢中になっていた。
 町の至る場所にはプチデーモンが看板を持って待機しており、様々な魔物が硬貨を渡して何かを話している。
 そんな景色をガーシュとアーシェが眺めていると、突然町の一角にサイクロプスが姿を表した。
 ビクッと同時に体を震わせる2人。

「あまり怯えないで大丈夫なのです、あのサイクロプスさんは鉱石を運んできただけなのです」
「無茶なこと言うなよ、サイクロプスだぞ?」

 ガーシュが愚痴る。
 サイクロプスは普通の冒険者なら、見かけただけで一目散に逃げ出すほどの強力かつ危険な魔物だ。
 それがどんな仕組みか知らないが、突然姿を現したのだから、驚くなと言う方が無理な話である。

「これだけ違う種族の魔物がいるのに、争いにならないの?」
「ならないのです、許可なく個人的に争うことは法律で禁止されているのです」
「法律だと? 魔物が?
 なぜ凶暴な魔物たちはそれに従うのだ」
「凶暴ではないのですよ、人間を襲うのは、それだけ魔物が人間に襲われてきたからなのです。
 あと、法律に従うのは魔王さまがおっかないからなのです、だから人間が襲ってこない限りはこちらから襲うことはないのです、破ったらどんなに強い魔物でも小指一つでパン! とされてしまうのです」

 レモンが冗談を言っているようには見えない。

「あの男の子がそんなに強いなんて……確かにホーネットは一瞬でやられてたけど」
「それだけの力を持ちながら、なぜ人間の世界に攻め込まないんだ?」
「それは、お二人が身をもって知ることになるのです。
 ようやく着いたのです、ここが宿なのです」

 レモンが指差す先にあるのは、筆で『妖精宿・清流』と書かれた立派な看板が掲げられた、大きな木製の建物だった。
 人間の世界でもほとんど見かけたことのない意匠の建物を見せられ、緊張のあまり思わずごくりと唾を飲み込むアーシェ。
 まるで人の手が及んでいないダンジョンに足を踏み入れる時の気分だった。

「さあ入るのです。
 思う存分、魔物の国流のおもてなしを受けるのですよ」

 2人が入り口の直前まで踏み出すと、木製の扉が自動で開く。
「うおっ」と仰け反りながら驚くガーシュ。
 そして開いた扉の先には、両側にずらりと並ぶ大小様々な魔物の姿があった。
 体が半透明だったり、上半身が樹だったり花だったり魚だったりする部分から目を背ければ、美男美女揃いである。

『いらっしゃいませ!』

 そう言いながら、まるで一流宿のスタッフのようにうやうやしく頭を下げる魔物たち。
 あまりに常識外の光景を見て――

「きゅう」

 アーシェは再び意識を失うのだった。





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