最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その10 魔王さま、暗躍する

 




 僕は久しぶりの人里の空気を思い切り吸い込んだ。
 ああ、やっぱり魔物が住む場所と人が住む場所じゃ空気も違うんだな。

「帰りたいなどと言い出さないだろうな」
「大丈夫だよ、今だって他人から見られるだけでビクビクしてるんだから。もう僕が帰れる場所じゃない」

 オークの里の近くにある田舎町を、僕はニーズヘッグを連れて訪れていた。
 マントは目立つから外してきたけど、それでも黒のドレスを纏ったニーズヘッグと、黒の服を纏った僕だとどうしても目立ってしまう。
 かと言って替えの服もないから、このままで行くしか無いんだけど。

 この世界には写真は普及していない、だから僕の指名手配に使われたのは似顔絵だった。
 もっとも、その似顔絵はちっとも僕に似てなくって、だったらなんで追われてたのかっていうと――どうも、服を替えてなかったのがまずかったみたいだ。
 つまり、仮に手配書があったとしても、誰も僕の顔を知るものはほとんど居ない。
 服だって、今は例の魔王っぽいやつを纏っている。
 だからこうして堂々と町を歩けるってわけ。

「しかし、こんな噂を流す程度で本当に効果があるのだろうか」
「何もやらないよりはマシだよ。酒場が見えてきた、早く行こう」

 グリムが提案した作戦は、オークが同士討ちでほぼ全滅したという情報を流すことだった。
 その情報を得た人間たちは油断して、討伐も手を抜くだろうと考えたのだ。
 僕も半信半疑だったけど、こんな田舎町だし、噂自体は一瞬で広がってくれるはず。
 試す価値はあると思った。

 酒場へ入ると、むせ返るようなアルコールの匂いが鼻を付いた。
 顔をしかめる僕と、上機嫌に香りを楽しむニーズヘッグ。

「僕は飲まないからね」
「付き合いが悪いな」
「14歳だよ? 店主だって酒は出してくれないよ」

 席に座って僕が頼んだのはホットミルク、それを聞いたニーズヘッグはこらえきれない、と言った感じで噴き出した。
 あとで絶対に復讐してやる……。
 ニーズヘッグは安めのワインを頼んで、香りを楽しみながらちびちびと飲み始める。
 人間の世界の通貨は、僕が逃亡生活を送っていたときの最低限しかない。
 ニーズヘッグは高いワインを飲みたがっていたけど、金が足りなくなると止めておいた。
 続いてホットミルクが運ばれてくると、僕たちは飲みながらわざとらしく会話を始めた。

「そういえば、近々オークの里に村の連中が攻め込むらしいよ」

 という話を僕がニーズヘッグに振り、

「森の中でオークの里を見かけたが、どこもかしこも血だらけだったよ。オークの死体らしきものも見かけた、あれは同士討ちかもしれんな」

 と、有りもしない話をニーズヘッグが僕に話す。
 会話の往来を何度か続けていると、酒場のマスターや、他の客が興味を持って耳を傾けてきた。

 ――よし、かかった。

 それからニーズヘッグとの話を数回続けていると、マスターは自ら僕たちに話しかけてきた。
「その話、本当なのか?」と。
 もちろん嘘だとは言わない、オークたちが内紛によって同士討ちしたという話を、僕とニーズヘッグは盛りに盛って得意げに話した。
(オークの里を実際に見てきたのは事実だから)やけに具体的な内容な話に、マスターを含め酒場の客たちはみな完全に僕の話を信じている。
 これなら、噂話はまたたくまに村に広がってくれるはずだ。





「マオさまはやっぱり素晴らしいですね、さすが魔王の鑑! 惚れちゃう!」

 作戦の成功を報告する僕を、グリムは僕をとにかく褒めちぎった。
 僕たちが不在の間に、オークたちは里での準備を着々と進めていたようだ。
 慣れない細かい作業に手こずっているようだけど、3日もあれば十分に間に合うはず。

「けど本当にあの作戦を採用して良かったんですか、カルヴァトスさん」

 カルヴァトスとはオークの長の名前だ。
 薄暗い室内で黙々と作業を続ける彼に問いかけると、迷いなく答えてくれた。

「オークと言ウ種族ハ行キ詰マッテイタ、滅ブか、変化ヲ受ケ入レルか、イズれハ選バナケレバナラなカッタノダ。魔王ヨ、オ前は我々ニチャンスを与エテクレタ、礼ヲ言ウゾ」
「礼なんてやめてくださいよ、勝手に押しかけたのは僕の方なんですから」

 そう言って、僕はカルヴァトスさんの隣に座った。
 どうせ暇なんだし、出来る限りは手伝おう。

「魔王ガコノヨウな作業ヲシテいテイイノカ?」
「似たようなこと、グリムにも言われました。けどいいんですよ、僕は僕なりのやり方で魔王をやってくだけです」
「フ……ナラば良イ」

 カルヴァトスさんが静かに笑う。
 あと数日もしたら、自分が生まれ育ってきた里が無くなるっていうのに――オークたちは、吹っ切れたような、さわやかな表情で作業を進めていた。





 そしてついに、人間たちが里へ攻め込む日がやってくる。
 作戦の決行日時はおそらく夜。
 さすがに当日ともなると、里の空気は張り詰めていた。

 里の端で作業をするオークたちを眺めていると、ニーズヘッグが隣に座ってくる。

「ずっと聞こうと思っていたのだが」

 彼女は珍しく神妙な顔をしていた。
 僕は思わず身構えてしまう。

「相手は人間だぞ、オークに肩入れしても良かったのか?」
「なんだ、そんなことか」
「そんなこととは言ってくれるな、私なりにお前の身を案じていたのだぞ」
「そりゃ珍しいこともあったもんだね」
「ああ、我ながらな」

 そう言って、僕たちはケラケラと笑いあった。

「思うところが無いって言えば嘘になるよ、けど攻め込んでくるのは人間の方だし、僕が直接手を下すわけでもない。だから、自分で想像してたよりもずっと抵抗感は無いかな」
「そう、か。ならいいのだが……グリム何だかんだで心配していたぞ」
「申し訳ないことをしたね、大丈夫だって僕の口から伝えておくよ」
「そうしてやれ」

 立ち上がってグリムの元へ行こうとした僕は、ふとニーズヘッグに聞きたいことがあったのを思い出した。
 まあ、大したことじゃないんだけど、どのみちいつかは聞かなきゃいけないことだから。

「そういやさ、ニーズヘッグってお酒好きなの?」
「嫌いな魔物はほとんど居ないと思うぞ、だがそれがどうしたのだ」
「いや……今後の国造りの参考にね」
「酒造場でも作るつもりか?」
「まずは畑からだけど、追々作るべきなのかなって、あの酒場をみて思ったんだ。うん、やっぱみんな好きなんだね、ありがとう参考になったよ」

 聞きたいことを聞けた僕は、今度こそその場を離れ、グリムの元へと向かった。

「……緊張感のないやつめ、今晩が決戦だというのに」

 ぼそっとニーズヘッグがそう呟いた。
 聞こえてないと思ってるのかもしれないけど、僕って意外と耳いいからね?
 まあ、それは自分でも思ってたけど。
 たぶん無意識のうちに、確信してるんだと思う。
 オークたちの勝利を。





 ――その日の夜、里はもぬけの殻となった。
 静かな夜であるにも関わらず、オークたちの姿が見えないのはもちろん、息遣いすら聞こえない。
 そんな不気味な空間に、たいまつを灯した人間どもがのこのこと現れる。

「数ガ少ナイな、装備モ軽装ダ」

 里から少し離れたところにある、見晴らしの良い木の上にカルヴァトスの姿があった。
 その隣に僕は立っている。

「グリムの作戦は成功したみたいだね」
「魔導書、大勝利です!」

 人数が少なく、装備が軽装なのは、おそらく彼らが僕とニーズヘッグが流した噂を鵜呑みにしたからだ。
 最近はカルヴァリアが戦意を失うほど人間側に押されていたとも聞いたし、完全にオークを舐めているんだろう。
 ローブを纏った魔法使いの姿も見える、あれが村の人間たちの主力かな。
 確かに腕が立ちそうだ、オーク程度の魔物なら容易く倒せる、と言わんばかりに表情にも自信が満ちている。

 そして人間たちがついに里へと足を踏み入れる。
 僕は耳を澄まして、彼らの声を聞いていた。

「うっ、酷ぇ臭いだな……」

 そう声をあげたのは、討伐隊のリーダー格らしき鉄の鎧を纏った男だ。
 魔法によって剣にエンチャントを施しているのか、盛っているロングソードは淡い光を放っている。

「同士討ちで全滅したって噂はマジだったらしいな。
 へへっ、やっぱ魔物はアホだわ、人間様が手を下す必要すら無いとはなぁ」

 噂に加えて、もぬけの殻になった里を見て、彼らは完全に油断してる。
 あえて、オークたちが同士討ちしていた時の血痕はそのままにしておいた。
 そっちの方が臨場感が出ると思ったから。
 あとは死体があるということを演出するため、森から腐った動物の死体を引っ張ってきて、見えない所に配置してある。
 血の臭いと死体の臭い、そして――それに混じった油の臭い、それが里に漂う異臭の原因だった。

 討伐隊が全員里に入った。
 うかつすぎる、相当オークたちを舐めているみたいだ。
 なら、その報いを受けてもらわないとね。

 カルヴァトスが合図をすると、他の木の上に待機していたオークたちが矢に火をつける。
 この3日間で用意したものだった。
 そして彼らは一斉に里に向けて矢を放つ。
 ヒュンヒュンヒュンヒュン!
 間髪入れず、何発も何発も、自らが生まれ育ってきた里を焼くために。
 中には躊躇うものも居たが、下唇を噛みながら耐えて弓を引いた。

 そして――里はあっという間に火に包まれてしまった。

 確か空城の計、だったかな。
 いや、厳密には違うのかもしれないけど。
 前世に何かの本で読んだ戦術だったと思うんだけど、こんなにうまくいくとは思わなかった。

 討伐隊のうち、早くに気付いた者は慌てて里から逃げようと駆け出す。
 だが、目の前に現れた巨大な影に阻まれてしまった。
 そう、あらかじめ里の中に隠れておいた、血気盛んな若いオークたちだ。
 自らも焼かれる危険性を背負ってでも、自分の手で人間を倒したいと名乗りをあげたんだ。

「ヴオオオオオォォオオオオオオオッ!」

 オークの雄叫びが里に響く。
 その声は、火計と奇襲によって精神的にダメージを受けていた討伐隊の心を、完全に打ち砕いた。

「ひっ、ひいぃぃぃっ!」

 討伐隊のリーダーらしき男は、腰が抜けたのか必死で体を引きずりながら逃げ惑っている。
 里に残ったのは、せいぜい数人のオークだけ。
 人数にも、実力的にも、アドバンテージは圧倒的に討伐隊の方にあったが――もはや勝負は火を見るより明らかだった。





 翌日、里の近くにある村の様子を見に行った僕は、慌てふためく人間たちの姿を見た。
 討伐隊が、誰ひとりとして戻ってこなかったのである。
 そんな彼らを見ながら、僕の心は――妙な充足を感じていた。
 これもグリムに言わせれば、魔王らしさってことになるのかな。

「……人間の社会にはもう戻れないな」

 故郷を追われた時点でもう戻るつもりも無かったけど。
 まあいいや、帰る場所は別にあるんだし。

 さあ、魔王城に帰ろう。
 フェアリー族も、僕たちの帰りを心待ちにしているだろうから。





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