最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その3 魔王さま、格の違いを見せつける
「マオさまっ、今日こそは必ず世界征服の第一歩を踏み出してもらいますよ」
初日をまるっと掃除に費やした事が不満なグリムは、目を覚ますなりそう言ってきた。
ちなみに掃除は、風魔法でホコリを吹き飛ばし、水魔法で汚れを洗い流し、そして火魔法で床を乾かすことでスムーズに終わらせることが出来た。
日本の業者も真っ青の掃除効率、魔法さまさまだね。
巨大な城の掃除が1日で終わるとは、町で暮らしてた頃、この力を使わなかったのが馬鹿みたいだ。
「まずはマオさまには、その名を魔物界に広めてもらわなければなりません」
「具体的にはどうすればいいの?」
「有名で、かつ強い魔物を倒してもらいます!」
どんな無茶振りをされるのかと思えば、思ったよりずっとまともな方法だった。
だけど、今は人間が支配する世の中。
科学も魔法も発展し、兵器により大体の魔物は討伐できてしまうようになった。
そんな世界で、誰もが知ってるような凶暴な魔物が現存してるんだろうか。
「私が集めた情報によると、城の東の方に凶暴な竜が生息しており、その傍若無人な振る舞いで近辺に住む魔物たちを脅かしているそうです。要は人間相手には強く出られないチキン野郎ってことですよ、みみっちいったらありゃしません」
「竜なんているんだ、よく今まで討伐されずに生き残ってたね」
「見ての通り、魔王城の周辺を含む世界の北側にはあまり人間たちは手を出していませんから。開拓し放題って意味でもあるんですけど」
確かにここに来る途中、周囲に人が住んでそうな施設は見つからなかった。
だからこそ、僕はこの城に逃げ込んだわけで。
「それに魔物相手に身勝手に振る舞う分には、討伐依頼、でしたっけ? そういうのが出ることも無いと聞いています」
人間相手に危害を加えた魔物には即座に討伐依頼が出され、賞金稼ぎたちが我先にと群がってくる。
そんなシステムが生まれたせいで、勇者が居ない今の世界でも、魔物たちは人間のテリトリーを侵食することはできなかった。
人間は魔物を危険な化物のように語るけど、実際は世界を支配してる人間の方がよっぽど恐ろしい存在だと僕は思ってる。
人間である僕が言うのも変な話だけどさ。
「その竜はニーズヘッグを名乗っているそうで、自分で自分を邪竜と呼んじゃうぐらいナルシズムに酔っ払ってる状態です。竜風情が調子に乗っちゃって、気に食わないですねぇ。その天狗っ鼻をへし折ってやりましょう!」
「と言っても、周囲の魔物たちを脅かすぐらいの力はあるんだよね?」
「マオさまには及びませんがね」
グリムには一度も力を見せたことは無いはずなのに、この信用っぷりは一体。
「それでは早速いきましょう、ナビゲートは私に任せてください!」
魔王になると決めてしまった以上、いつかは誰かと戦うこともわかってたはず。
気乗りはしなかったけど、いつまでも城に引きこもって掃除ばっかりしてるわけにもいかないか。
僕は城の外に出るとレビテートで空中を舞い、グリムの指示に従って邪竜ニーズヘッグが棲むという洞窟へと向かった。
洞窟はすぐに見つかった。
入り口から溢れ出す瘴気って言うのかな、そういう禍々しい気配が尋常じゃないからすぐにわかったんだ。
ニーズヘッグはこの洞窟に引きこもり、テレパシー的な力で周囲の魔物たちに一方的に食い物や生贄(どっちも最終的には食い物になるんだけど)を要求しているらしい。
「魔物たちに話を聞いたのですが、姿すら見たことがないと話す者もいました。それでも供物を捧げてしまうほど恐れられた存在のようです」
どうやら僕が魔王城にたどり着くより前に調査を進めていたらしく、グリムは饒舌にニーズヘッグの悪行について語ってくれた。
湿っぽく暗い洞窟を、魔法で作った光球の灯りを頼りに奥へと進みながら、そんなグリムの話に耳を傾ける。
しかし、聞けば聞くほど胸糞悪い奴だ、親の顔が見てみたい。
「実際の所、強さはどうなの? 姿を見たことが無いってことは、誰も戦ったことはないんだよね」
「かつてこの地域に現れた際に一度だけ力を見せたそうです。大したことありません、軽くブレスで山が吹き飛ばす程度ですから」
「いや、絶対にやばいってそれ!」
そんなんで人間を恐れる必要があるの? むしろ僕が怖れてるよ。
「問題ありません、マオさまなら」
「大アリだって、僕だってまだ自分の力を完全に把握できてないのに。それに、グリムだって僕の力がどの程度か知らないはずだよね」
「大体わかってますよ、魔力を肌で感じることができますから。平気です、マオさまなら絶対に倒せます、それこそ赤子の手をひねるように」
グリムの根拠のない信頼に不安を抱きながらも、洞窟を奥へと進んでいく。
瘴気は濃くなる一方だ。
「マオさまが障壁を作っていなければ、とっくに精神を蝕まれて正気を失っていたかもしれませんね」
瘴気だけに? と言おうと思ったけど、喉から出かけたギリギリの所で止めておいた。
危ない危ない、まるで35歳のおっさんみたいなギャグを言う所だった。
「さて、そろそろニーズヘッグの登場ですよ。魔王デビュー戦を華々しく飾ってやりましょう!」
グリムの高い声が洞窟に響いている。
この先にニーズヘッグが居るのなら、もう僕たちの存在にも気づいてるはずだ。
道の向こうにひらけた場所が見える、間違いなくそこにニーズヘッグが居る。
見えなかったけど、気配のようなものを感じるんだ。
そして僕が広場へ足を踏み入れようとした、その時。
重低音のボイスが脳内に響いた――
『愚かな人間よ、そこで止まれば命だけは助けてやろう』
これは声じゃない、脳みそに直接語りかけてきてるんだ。
不気味さ満点だ、こんなの聞かされたら魔物だってビビるに決まってる。もちろん僕だってビビってる。
出来ることならその場で引き返したい所だけど――
「レッツゴーファイトオー! マ・オ・さ・ま!」
騒がしい魔導書がそれを許してくれない。
と言うか、その振り回してるちっちゃいポンポン、どっから出したの?
謎の多い魔導書に背中を押されながら、僕は警告を無視して一歩を踏み出し、広場へと足を踏み入れた。
広場が光球に照らされ、ニーズヘッグの全容が明らかになる。
『愚かな、おぬしらなど矮小すぎて餌にすらならんと言うのに――』
目の前で、漆黒の竜が牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。
その牙だけで、僕の体ぐらいの大きさがあった。
邪竜って言うからもっと禍々しい見た目を期待してたんだけど、想像してたフォルムよりずっとスマートで、全身がエナメル質のてかった鱗に包まれている。
ニーズヘッグはその巨体を持ち上げ、立ち上がり、臨戦態勢を取った。
でも洞窟のサイズが合っていないのか、頭の角が天井に突き刺さって、結構マヌケな状態だ。
そもそも、この大きさでどうやって洞窟に入ったんだろ。
「グウウゥゥゥゥ、オォォォォッ……」
その喉から発せられる声は、人間に聞き取れる言葉じゃなかった。
テレパシーを使わないと、竜族以外とはコミュニケーションが取れないのか。
僕にはテレパシー能力なんて無いし、意思疎通は一方通行ってことになる。
引きこもり、コミュ障、飯を持ってきてくれる保護者を脅す。
役満だ、矯正しなきゃ。
『我に不敬を働いた愚かな人間どもには、相応の罰を与える必要があるな。
見せてやろう、我の力を――』
ニーズヘッグは天を仰ぐと、大きく息を吸って肺を膨らました。
鼻先で天井をガリガリ削ってるのはこの際だから目をつぶってあげよう。
この挙動、おそらくグリムの言ってたブレスを吐き出そうとしてるんだろうな。
山が吹き飛ぶほどの威力、普通に受ければ即死は免れない。
けど僕には、不思議と危機感が無かった。
目の前に居るこの竜が、とてもじゃないけど僕より強いとは思えなかったから。
「マオさま、防御を!」
「大丈夫だよ、必要ないから」
ゴオオオオォォォォォォッ!
ニーズヘッグの口からブレスが放たれる。
ブレスと言うよりは光線とか、ビームって言った方が相応しい見た目だった。
ブレスは広場の壁に命中、硬い岩で構成された壁はいとも簡単に壊れ、貫き、新たな洞窟を作ってしまった。
開いた風穴からは外の景色が見えている、よく見てみると、その先にあった山すらも破壊されている。話通りとんでもない威力だ。
だけど僕には当たらなかった、それが全てだ。
ニーズヘッグのやつ、威嚇のつもりなのか、わざわざ僕が居る方とは違う向きにブレスを発射したんだ。
僕相手に、そんな余裕をかましてていいのかな。
『ふん……どうだ愚かな小僧、これが現実だ』
「どうもこうも無いよ」
『なに?』
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる。ニーズヘッグよ、これが現実だ、ってね」
僕は早々に脳内でイメージを展開していた。
想像するのは、調子に乗ったニーズヘッグの天狗っ鼻をへし折るための、最善最高の手段。
破壊にはそれを超える破壊で応じた方がいいのか? いや、それじゃあニーズヘッグがムキになって話がこじれるだけだ。
もっとスマートに話を決着させたい。
僕の力を見せつけるなら、破壊ではなくもっと別の形で――そう、破壊の真逆、反抗する気も起きないぐらいの再生を。
体内にある無尽蔵の魔力を粘土のようにをこね、僕は新たな魔法を作り出す。
ぽっかりと開いたブレスの通り道へ向かって手をかざすと、想像し、創造した魔法を発動させた。
名前はわかりやすく、シンプルに。
「リストア」
手のひらから、莫大な量の魔力を帯びた光が放たれる。
光は膨らみながらブレスが開けた穴へと飛んでいき、静止し、その場で散り散りになった。
まるで蛍のように飛び回る光たち。
散った光はそれぞれが、破壊され地面に落ちた残骸に取り付いていく。
魔力を帯びた残骸は空中に浮かび上がり――そしてかつての状態、ブレスが発射される前の場所で止まった。
残り全ての残骸もことごとく浮遊し、止まり、元の形を取り戻していく。
動画を逆再生させたように、ブレスによって開かれた風穴は、みるみるうちに埋まっていった。
もちろんこの洞窟だけじゃなく、先にあった山の方も治してある。
『きっ、貴様……何を、一体何をしたっ! 全て修復されていくだと!? しかも詠唱も無しに! 私は幻覚でも見ているのかっ、そんな馬鹿なことがありえると言うのかっ!?』
柄にもなくうろたえるニーズヘッグ。
破壊より修復の魔法の方がずっと難しいもんね、驚くのも仕方ない。
「こんなもんでいいかな」
「素晴らしい魔法です、マオさま」
『魔王だと? そこの本っ、貴様、今しがた魔王と言ったか!』
またそのパターンか。
でも訂正はいらないか、今はマオでも魔王でも話は通じるだろうから。
「本ではありません、グリムです」
本は本だよね、って突っ込みは入れないでおいてあげよう。
『そんなことはどうでもいいっ、魔王と言ったかと聞いておるのだ!』
「ええ言いましたとも。あなたが愚か愚かと侮辱の限りを尽くしたこの御方こそ、新たに生まれた魔王さまなのです!」
『ま、まさか……あの魔王が、再びこの世に生まれてきたというのか……?』
ニーズヘッグの体がガタガタと震えている。
魔王ってそんなに恐ろしい存在だったんだ、僕が軽々しく名乗っちゃってよかったのかな。
「今しがた見たばかりでしょう、魔王さまのチカラを、起こした奇跡を! そして気づいたはずです、自らの矮小さに! 魔王さまの偉大さに!」
『確かに、あのレベルの再生魔法を詠唱も無しに行使できるのは、伝説として語り継がれる、かの魔王しか居ない……』
「さあひれ伏しなさい無礼者よっ、そして自らが犯した罪を悔いながら魔王さまの裁きを待つのです!」
『ははぁーっ!』
巨大な竜が、まるで犬に”伏せ”を命令した時のように顎を地面に付ける。
おおう、本当にひれ伏した。
実力を目の当たりにしたってのが一番大きいんだろうけど、それにしたって魔王のネームバリューには驚かされる。
しかしこうなった以上、もうニーズヘッグは悪さを働かないだろうし、僕たちに攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
さて、どうしたもんかな。
「さあマオさま、ニーズヘッグを煮るなり焼くなり好きにしていいですよ。竜の肉は魔力たっぷりで美味と言いますし、文字通り煮て焼いてしまってもいいかもしれませんね」
『魔王様、命だけはっ、命だけはどうかっ!』
「んー、どうしよっかなー」
さっきまでデカイ態度を取ってたやつが急に媚びへつらってくるってのは、中々に気持ちいいシチュエーションだ。
このまま僕の力を示すために、ニーズヘッグを倒してしまうのも手……だけど。
どうも、僕が甘すぎるだけなのかもしれないけど、相手が極悪非道の竜だって知ってても、命を奪う気にはなれないんだよね。
『命以外なら何でも捧げよう、だから命だけはぁ……っ』
「なんでも良いんだ、本当に?」
『二言はない』
オーケー、なら僕も腹をくくって、ニーズヘッグの期待に答えることとしよう。
容赦せず、全力で、命ではなく、命より大事であろう尊厳をぶち壊す。
他人を愚かだと見下していたニーズヘッグが、自らの愚かさに気づけるように。
「なら僕に捧げてもらおうか、命以外の物全てを」
僕の魔法は多少の無理でも、莫大な魔力で強引に押し通すことが出来る。
さっきのリストアを使ったって魔力が枯渇する様子は無いんだ、もはや無限と言ってしまってもいいかもしれない。
これだけの量の魔力があれば、僕に実現できない現象なんて無い。
さあ変わり果ててしまえ、自らが最も嫌悪する形に。
さあ成り果ててしまえ、お前が愚かと呼んだ脆弱なる命に。
この魔法を名付けるなら、そう――
「メタモルフォシス!」
それ以外に、相応しいネーミングは思いつかなかった。
ひれ伏すニーズヘッグに触れ、僕は手のひら越し魔力を送り込む。
送り込まれた魔力は、与えられた役目を全うするためにその体全体に広がっていき、少しずつ竜の体を変形させていく。
じわじわと、体を毒で蝕むように。
「グオォォォォォオオオオンッ!」
ニーズヘッグの苦しげな叫び声が、洞窟に響き渡る。
因果応報だ。
懺悔をするように苦しむニーズヘッグを見て、僕は魔王っぽくほくそ笑んでいた。
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