本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました

みりん

6 神崎くん家へお見舞いに

 放課後、私はさっそく神崎くん家へ向かった。

 学校を出る前に、一応LINEでお見舞いに向かうことを伝えておいたけど、既読も返事もないから、もしかしたら寝てるのかもしれない。

 電車に揺られて、高校から二つ目の駅に初めて降りる。神崎くんとは同じ沿線だから、勉強会が終わって一緒に帰る時、いつもこの駅でお別れになる。ちなみに私はその2つ次の駅だから、そのまま電車に乗って、小さくなるホームに立つ神崎くんに手を振る。神崎くんは、手を振り返してはくれないけど、見えなくなるまで一応見送ってくれる。律儀なんだよね。

 そんな駅の改札を抜けると、どこにでもある普通の商店街が広がっていた。お肉屋さんが揚げるコロッケの良い匂いがしてる。一度も来たことがないはずなのに、何故か懐かしい雰囲気のある商店街だった。

 スマフォのマップを起動して、さっき電車の中で登録しておいた目的地、神崎くんの家までの道のりを確かめる。商店街を抜けて行けばいいみたい。徒歩7分かあ。どんなお家なんだろう。マンションみたいだけど。

 私は、途中にあったコンビニで冷えピタとポカリスエットを買ってから、神崎くんの家まで向かった。

 ローレルハイツ大丘山。3階建ての鉄筋コンクリートのマンションで、白に近いグレイの小奇麗な外装だった。ここかあ。神崎くんのお部屋は、203号室。

 私はエレベーターで2階に上がると、203号室の前に立った。表札はないから、少し不安になるけど、ここで合ってるはず。私はインターホンを押した。

 ピンポーン。

 チャイムが鳴り、しばらく待ってみた。だけど、応答がない。スマフォを確認するけど、返事どころか、既読もない。やっぱり、寝てるのかな。そんなに熱ひどいのかな。どうしよう。どうすれば良いかな。心配だけど、起こすのも悪いかな。

 途方にくれそうになる。

 こういう時の判断力の無さに自分が嫌になりながら、もう一度だけチャイムを鳴らしてみる。静けさに悲しくなった。仕方ない。せっかく来たけど、もう帰ろう。

 私は、ドアノブにコンビニで買ったものの入ったビニール袋をかけて、LINEを開いた。

「神崎くん、チャイムを鳴らしたけどお返事がないので、もう帰ります。お休み中だったかな? 返事も待たず勝手に来たから、気にしないでね! お見舞いの冷えピタとポカリ、ドアノブにかけておくから、良かったらもらって下さい♡」

 送信!

 これでよし、と思った瞬間、メッセージに既読がついた。

 あ、気づいた!

 その瞬間、ドアの奥からドシン! というものすごい物音が聞こえた。

 え? なんの音?

 私が驚いて耳をすませていると、バタバタと慌てたような足音が近づいて来て、ガチャリと玄関のドアが開いた。

 Tシャツにジャージ、いつにも増してのボサボサ頭に眼鏡なしの神崎くんが姿を見せた。熱のせいか顔が赤く、汗もかいている。

「神崎くん! 大丈夫!?」

「ああ」

 と、神崎くんは頷いたけど、ドアに寄りかかっていて苦しそうだ。

「大丈夫じゃないよね!? ごめん! 起こしちゃった!? 早くベッドに戻って、戻って!」

 慌てて神崎くんを部屋の中に押し込んで、ついでに私もお部屋に上がり込む。1ルームで、玄関からお部屋まで四歩でたどり着いた。カーテンはグレイ。部屋にはベッドと勉強机と本棚と冷蔵庫と電子レンジ、そしてノートパソコンしかないけど、ちゃんと片付けられていてゴミひとつ落ちていなかった。あと、なんとなく神崎くんの匂いがする。嫌な匂いではない。

 真っ黒なシーツと真っ黒な夏用羽毛ぶとんのベッドに神崎くんは素直にすぐに横になった。相当しんどいみたい。

 私は神崎くんのおでこに手を当てる。

「熱い! すごい熱! しんどいよね。起こしてごめんね。お医者さん行った? ちゃんとお薬飲んでる?」

「――いや、ずっと寝てて……。今起きた。常備薬もきらしてるから」

「飲んでないの!? だめじゃん! ああ、でもしんどすぎて病院行けなかったのか」

「寝てれば治る」

「ばか! ちゃんとお薬飲まなきゃダメだよ! 待ってて。私買ってくる。神崎くんは寝てて! あ、そうだ。冷えピタ買って来たんだ。これも貼って」

 私は箱を開けると、神崎くんのおでこに有無を言わさず冷えピタを貼る。

「ポカリ飲む?」

 神崎くんが頷いたので、買ったばかりでまだ冷たいポカリスエットを手渡した。半身を起こしてポカリを一口飲んだ神崎くんは咳き込んだ。

「――濃い」

「ええっ!? ポカリが濃く感じるってどんだけなの! わかった、お水も買ってくるね。熱の他に症状は?」

「――喉が痛い」

「わかった。熱と、喉に効くお薬買ってくるね。鍵預かってもいい?」

 神崎くんは頷いた。

「玄関に……」

「わかった!」

 私は通学カバンを掴んで玄関に急いだ。備え付けらしい扉付きの下駄箱の上に、きっと神崎くんだろう5歳くらいの小さな男の子と、お父さんとお母さんらしい笑顔の三人が写った家族写真と、鍵3つが置いてあった。ひとつは自転車の鍵。残りの二つは一見しただけではどっちがこの家の鍵かはわからなかったけど、両方とも革のキーケースに繋がっていたので私は気にせず手にとった。

「じゃあ、行って来るね!」

 一応声をかけて、返事も待たず私は神崎くんの家を出た。

゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜

 商店街まで戻って、ドラッグストアを探し、パブロンSα錠と500ミリリットルのペットボトルのお水2本、ついでにレトルトのお粥と4個入りの卵、りんごヨーグルト、ぶどうのゼリーを買って、急いで神崎くんのお家に戻った。

 鍵を一度間違えて、開け直し、部屋に入ると、部屋は静まり返っている。神崎くんの寝息だけが聞こえていた。

(寝ちゃってる……)

 私はそっと神崎くんの顔を覗き込んだ。熱に浮かされて苦しそうに眉根を寄せている。でも、眼鏡をとっているから、いつもより表情がよく見えた。無防備で、意外と可愛い顔をしてるような気がする。やだ、私ったらこんな時に何考えてるんだろう。

 私は慌てて目をそらすと、買って来たものを冷蔵庫に入れようと勝手に冷蔵庫を開ける。

(げ。卵あるじゃん。失敗したあ。あ、大根もある。油揚げ、梅干、トマト、きゅうり、キャベツ、もやし、ウィンナー。冷凍庫にはお肉も入ってる。すごい、一人暮らしなのにちゃんとしてる! 神崎くん、料理ちゃんとするんだあ)

 私は感心しながら、冷蔵庫に買ってきたものをしまい込んだ。

 LINEにメッセージを入れて、そのまま帰っても良かったんだけど、暇だったのと心配だったので、私はなんとなくこの場に残ることにした。

 暇だから、つい神崎くんの部屋を観察してしまう。本棚には何が入ってるんだろう。何なに、うわ。参考書じゃん。参考書は、高校のものが多いみたい。もう買い揃えてるんだなあ。真面目だ。

 あ、でも参考書以外のもある。これは、自然の写真集? 星や月、オーロラの写った北極の写真集だ。シロクマや雪うさぎもいる。可愛い。神崎くん、こういうのが好きなんだあ。あ、一番下の棚には子供向けの図鑑がある。宇宙、動物、魚、鳥、昆虫、恐竜、植物、乗り物、鉱物、元素、10冊もある! 図鑑が好きだったのかな? 結構ボロボロになっているから、きっとたくさん読んでたんだろうなあ。可愛い。

 小説とかは無いな。神崎くん、いつも図書室で借りてるもんね。節約家なのかな? お兄ちゃんの本棚と大違いだ。アイドルの写真集とか、ジャンプや単行本の漫画ばっかり並んでるもん。

 元彼の家に行った時はどうだったかなあ。あいつら、何にもしないって言っときながら、部屋入った瞬間すぐ手を出して来たから、こんなにじっくりお部屋を観察したことなんて、そう言えば無かったかも。男の子の部屋観察って、面白いなあ。

 しばらく写真集を見て癒されていたけど、それにも飽きてしまう。いくら観察が楽しいからと言って、さすがに勝手にクローゼットの中を開ける気にはなれなくて、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。仕方がないから、神崎君の勉強机を借りて、宿題をしながら神崎くんが起きるのを待つことにした。神崎くんはぐっすり眠ったままだった。

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