ぼくは今日も胸を揉む
#10 時間だ
〈フェヌグリーク〉という国の〈バトリオット〉という町にある、巨大なドーム状の闘技場。
その入口に、ぼくたち三人はやって来ていた。
そう。今から、この国の奴隷制度に関わる大事な戦いを行うのだ。
離れたところからでも分かってはいたが、近くまで来ると建物の大きさに圧倒されてしまう。
この町に存在する他の施設などは小さかったりボロボロだったりしていただけに、尚更。
言い知れない緊張感を孕みつつ、大きな扉を開け放って中へ入る。
途轍もなく広いロビーと思しき空間には、中央の辺りに受付があり、隅にはたくさんのソファやテレビなどが配置されている。
そして、そのソファに座って休憩している者や、テレビを見ている者も何人かいた。
受付の奥には、左右に扉が二つ。受付の横には、左右に上階へと続く階段も。
外観から概ね想像できていたことではあるが、内部もやはりとても綺麗で広かった。この町には似つかわしくないのではないかと思ってしまうほどに。
ぼくたちは観客ではなく参加者なので、とりあえず参加者としてのエントリーをしなくてはいけない。
そう思って受付の男性に声をかけると、あまり歓迎はされていなさそうな冷たい声色で返してきた。
「……話は聞いている。もう直に始まる、奥の控え室で待ってろ」
どうやら、ぼくたちが勝負をする旨は既に聞いていたらしい。
対戦相手はもう来ていて、先に話しておいてくれたのだろうか。
何はともあれ、受付の奥にある右側の扉へ入る。
そこは控え室となっているらしく、モニターやらソファやらロッカーやらベッドやらが設けられていた。
人は……誰もいない。
今から始まる試合は、ぼくたちだけでなく、この町で暮らす人々にとっても非常に重要な一戦となるだろう。
だから、きっと注目度は高いはずだ。
ぼくたち以外の人は、わざわざ今エントリーはせず、観客席で待っているに違いない。
もうすぐだ。もうすぐで、始まってしまう。
一秒、一秒と時間が経っていく毎にその事実を実感し、今までの人生で一番の緊張感に苛まれる。
心臓が激しいくらいの動悸を起こし、気分が悪くなってきそうだ。
「大丈夫ですか? ライムさん」
「えっ?」
「いや、少し顔色が悪いので……」
思いきり顔に出ていたのか、ユズに心配されてしまった。
だめだだめだ、試合前に無駄な心配させてどうする。ネガティブな考えは、もう消し去ってしまわないと。
「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけだから」
「そうですか……」
見たところ、ユズもミントも明らかに緊張している。
だが、それは当然のことだ。むしろこの状況で、緊張するなというほうが無理な話。
ただ、緊張のせいで負けてしまうようなことだけは絶対に避けたい。
「そういやユズ、戦う順番ってどうするの?」
ふと気になったことを、ユズに訊いてみる。
今から行うのは、一対一が三試合。
つまり、三人が同時に戦うわけじゃないのだ。
「わたしが一番最初でもいいですか?」
「ユズは一番強いんだから、最後かと思ったんだけど」
「わたしは、あんまり最後には向いてませんよ。ライムさんかミントさん、二人のほうが相応しいです」
「……何で?」
「わたしは、あくまで付き添いですから。今回の主役は……わたしじゃない」
確かに、これに勝てば〈バトリオット〉の奴隷制度は廃止となる。
そういう意味では、ぼくやユズよりミントのほうが最も大事な一戦であることに相違ない。
「そうだね、じゃあ――ユズ、ぼく、ミントっていう順番かな」
「……え、わ、私が最後、なの……?」
「嫌かな? 主役は間違いなくミントだろうし、きっとぼくやユズが最後に決着をつけてしまうより、ミント自身で決着をつけたほうがいいと思ったんだけど」
「……で、でも、最後はたぶん一番強い人が相手になるはず。私なんかじゃ……」
「わたしは、ライムさんの案に賛成ですよ? どうしても嫌っていうなら仕方ありませんけど、ミントさん以上に最後に相応しい人なんていませんよ」
「……わ、分かった……がんばる」
ぼくとユズの意見を聞き、ミントは不安そうにしながらも頷いてくれた。
これで順番は決まったが、相手が誰で、どれだけ強いのか、どんな能力を持っているのかなど何も知らない。
当然、不安だ。勝てるか分からない勝負、尚且つ絶対に負けられない勝負。
でも、ぼくには仲間がいる。一人で戦うわけじゃない。
だから、ぼくは全力で頑張るだけだ。最後まで諦めず、必死に食らいつくだけだ。
そして――絶対に勝つ。
心の中で決意を改めていると、不意に扉が開いて一人の男が控え室に入ってきた。
訝しんでいたら、男は口を開く。
「――時間だ。先鋒の者だけ、ついて来い」
ついに、始まってしまうのか。
ぼくたちと〈バトリオット〉の住民の命運を分ける、命懸けの試合が。
「それじゃあ、行ってきますね」
ユズは一歩を踏み出し、こちらを振り向いて言う。
そんな人に向けて贈る言葉なんてのは、たった一つだ。
飾る必要はない。今の、正直な気持ちを告げればいい。
「うん、頑張ってね。ユズが勝って戻ってくるのを、待ってるから」
「……はいっ」
最後に満面の笑顔を見せ、ユズは男とともに控え室から出ていった。
正直、心配なんか全くしていない。
ユズなら、余裕で勝利を掴むだろうと心の底から信じているから。
ぼくは久しぶりに自分の胸を揉み、モニターの画面に注目した。
僅か数秒後、モニターに試合の映像が映り込んだ――。
その入口に、ぼくたち三人はやって来ていた。
そう。今から、この国の奴隷制度に関わる大事な戦いを行うのだ。
離れたところからでも分かってはいたが、近くまで来ると建物の大きさに圧倒されてしまう。
この町に存在する他の施設などは小さかったりボロボロだったりしていただけに、尚更。
言い知れない緊張感を孕みつつ、大きな扉を開け放って中へ入る。
途轍もなく広いロビーと思しき空間には、中央の辺りに受付があり、隅にはたくさんのソファやテレビなどが配置されている。
そして、そのソファに座って休憩している者や、テレビを見ている者も何人かいた。
受付の奥には、左右に扉が二つ。受付の横には、左右に上階へと続く階段も。
外観から概ね想像できていたことではあるが、内部もやはりとても綺麗で広かった。この町には似つかわしくないのではないかと思ってしまうほどに。
ぼくたちは観客ではなく参加者なので、とりあえず参加者としてのエントリーをしなくてはいけない。
そう思って受付の男性に声をかけると、あまり歓迎はされていなさそうな冷たい声色で返してきた。
「……話は聞いている。もう直に始まる、奥の控え室で待ってろ」
どうやら、ぼくたちが勝負をする旨は既に聞いていたらしい。
対戦相手はもう来ていて、先に話しておいてくれたのだろうか。
何はともあれ、受付の奥にある右側の扉へ入る。
そこは控え室となっているらしく、モニターやらソファやらロッカーやらベッドやらが設けられていた。
人は……誰もいない。
今から始まる試合は、ぼくたちだけでなく、この町で暮らす人々にとっても非常に重要な一戦となるだろう。
だから、きっと注目度は高いはずだ。
ぼくたち以外の人は、わざわざ今エントリーはせず、観客席で待っているに違いない。
もうすぐだ。もうすぐで、始まってしまう。
一秒、一秒と時間が経っていく毎にその事実を実感し、今までの人生で一番の緊張感に苛まれる。
心臓が激しいくらいの動悸を起こし、気分が悪くなってきそうだ。
「大丈夫ですか? ライムさん」
「えっ?」
「いや、少し顔色が悪いので……」
思いきり顔に出ていたのか、ユズに心配されてしまった。
だめだだめだ、試合前に無駄な心配させてどうする。ネガティブな考えは、もう消し去ってしまわないと。
「あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけだから」
「そうですか……」
見たところ、ユズもミントも明らかに緊張している。
だが、それは当然のことだ。むしろこの状況で、緊張するなというほうが無理な話。
ただ、緊張のせいで負けてしまうようなことだけは絶対に避けたい。
「そういやユズ、戦う順番ってどうするの?」
ふと気になったことを、ユズに訊いてみる。
今から行うのは、一対一が三試合。
つまり、三人が同時に戦うわけじゃないのだ。
「わたしが一番最初でもいいですか?」
「ユズは一番強いんだから、最後かと思ったんだけど」
「わたしは、あんまり最後には向いてませんよ。ライムさんかミントさん、二人のほうが相応しいです」
「……何で?」
「わたしは、あくまで付き添いですから。今回の主役は……わたしじゃない」
確かに、これに勝てば〈バトリオット〉の奴隷制度は廃止となる。
そういう意味では、ぼくやユズよりミントのほうが最も大事な一戦であることに相違ない。
「そうだね、じゃあ――ユズ、ぼく、ミントっていう順番かな」
「……え、わ、私が最後、なの……?」
「嫌かな? 主役は間違いなくミントだろうし、きっとぼくやユズが最後に決着をつけてしまうより、ミント自身で決着をつけたほうがいいと思ったんだけど」
「……で、でも、最後はたぶん一番強い人が相手になるはず。私なんかじゃ……」
「わたしは、ライムさんの案に賛成ですよ? どうしても嫌っていうなら仕方ありませんけど、ミントさん以上に最後に相応しい人なんていませんよ」
「……わ、分かった……がんばる」
ぼくとユズの意見を聞き、ミントは不安そうにしながらも頷いてくれた。
これで順番は決まったが、相手が誰で、どれだけ強いのか、どんな能力を持っているのかなど何も知らない。
当然、不安だ。勝てるか分からない勝負、尚且つ絶対に負けられない勝負。
でも、ぼくには仲間がいる。一人で戦うわけじゃない。
だから、ぼくは全力で頑張るだけだ。最後まで諦めず、必死に食らいつくだけだ。
そして――絶対に勝つ。
心の中で決意を改めていると、不意に扉が開いて一人の男が控え室に入ってきた。
訝しんでいたら、男は口を開く。
「――時間だ。先鋒の者だけ、ついて来い」
ついに、始まってしまうのか。
ぼくたちと〈バトリオット〉の住民の命運を分ける、命懸けの試合が。
「それじゃあ、行ってきますね」
ユズは一歩を踏み出し、こちらを振り向いて言う。
そんな人に向けて贈る言葉なんてのは、たった一つだ。
飾る必要はない。今の、正直な気持ちを告げればいい。
「うん、頑張ってね。ユズが勝って戻ってくるのを、待ってるから」
「……はいっ」
最後に満面の笑顔を見せ、ユズは男とともに控え室から出ていった。
正直、心配なんか全くしていない。
ユズなら、余裕で勝利を掴むだろうと心の底から信じているから。
ぼくは久しぶりに自分の胸を揉み、モニターの画面に注目した。
僅か数秒後、モニターに試合の映像が映り込んだ――。
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