ぼくは今日も胸を揉む
#1 異世界に転生させたいと思います
死んだ――と思った。
体に伝わった痛みは本物で、夢や妄想などとは到底思えない。
なのに、何故かぼくの目は開く。
なのに、何故かぼくの手足は動く。
その事実に訝りながらも、ぼくは顔を動かして辺りを見回す。
が、ここがどこなのか分かるような情報は、何一つとして存在していなかった。
いや、そもそもこの空間には何もない。
周囲はどこまでも漆黒が続いていくばかりで、そんなところにポツンと置かれた椅子に、いつの間にかぼくが座っているのだ。
ああ……そうか。やっぱり、ぼくは死んだのか。
きっと、ここは死後の世界ってやつなのだろう。
悔いがあるとしたら、せっかく買ったエロ本を読むことができなかったことか。
しかも、ぼくの遺体に気づいた人に、ぼくが所持していた本を読まれてしまう可能性もあるわけで。
そんなの、あまりにも恥ずかしすぎる。ぼくの性癖がバレてしまうじゃないか。
更に言うと、ぼくは見知らぬ少女を庇って死んだ。
つまり、あの女の子がぼくのエロ本を読むこともあるかもしれない。
見た感じ中学生くらいだったし、あんなに過激なものはまだ早い。お兄さんはそんなこと許しません。
などと、頭を抱えて悩んでいたら。
「あ、あの……大丈夫ですか? 何をそんなに悶えているんですか?」
不意に、そんな可愛らしい声が聞こえて。
ぼくは顔を上げ、前を見る。
さっきまで何もなかったはずのそこには、一人の少女が椅子に座っていた。
ほぼ闇しかないこの空間で靡く、黄金の長髪。
くりっとした大きな双眸や座っていても分かるほど小柄な体躯、更に凹凸の全くない胸部……明らかに幼女だ。
ぼくの目測だと、おそらくAカップ。身長は、大体百四十前半といったところか。
二次元だけでなくリアルの女の子も好きなので、胸のサイズや身長くらいなら見ただけで概ね分かるようになってしまった。
これも、愛が成せる業だね。
「いや、何でもないよ。ところで、君は誰なんだ?」
「あ、わたしですか。わたしは、ユズ――神です」
「……へー」
「へーって何ですかっ!? もっと驚いたり、こう……他に何かあるじゃないですか!」
いや、そう言われても。
いきなり神だとか告げられて、それであっさり信じるほうがおかしいと思う。
「あー、大丈夫だよ、困惑はしてるから。まさか、電波系の女の子だとは思わなくて」
「そういうリアクションが欲しいんじゃありませんよ! 電波系って言わないでくださいっ」
真っ赤な顔で、がなり立てる幼女神(笑)。
ここは乗ってあげるのが優しさだろう。
「分かった分かった、神さまなんだね。わーすごいなー」
「棒読みじゃないですか! いいですよ、それなら信じるしかできなくしてあげます」
コホン、と咳払いをし、ユズと名乗った幼女神(笑)は再び口を開く。
「ええっと――雷夢杏さん。年齢は十六歳、身長は百六十七、体重は五十六、血液型はB型。生物学的には当然男性ですが、少し童顔な上に可愛らしい顔立ちをしているので、女だと見間違えられたこともある……合ってますよね?」
「こわっ……ストーカーなの?」
「違いますよっ! んあぁぁあぁああぁぁッ! 一体どうやったら信じてくれるんですかぁっ!」
ユズは頭を掻きむしりながら立ち上がり、天に向かって全力で叫ぶ。
とはいえ、こんなところに天地という概念すらあるのか定かじゃないけど。
ユズが発したぼくの情報は、全て正確だ。どれも、嘘偽りないぼくの真実である。
本当にストーカーじゃないなら、ここまで詳しいプロフィールを把握できているユズは神だとしか思えない。
まあそもそも、車に轢かれた後にこんな謎の空間で目を覚ましたのだから、ここが死後の世界であることは多分間違いない。
しかし、死んだ本人であるぼくはともかく、もう一人いるのはおかしい。
その人が、神とかじゃなければ。
「で、そんな神さまが、ぼくに何の用なの?」
「……はぁ……はぁ……やっと信じてくれるんですか……?」
「うん。別に、最初からあんまり疑ってないし」
「んなぁ……っ!? じゃ、じゃあ何で……?」
「だって、ユズの反応が面白くてちょっと可愛かったから」
「…………」
ぼくの言葉に、ユズは赤面した顔でぼくを睨む。どうやら、めちゃくちゃ怒っているらしい。
でも正直なところ、可愛いだけで怖くはなかった。
ぼくが苦笑で誤魔化すと、ユズは諦めたように溜息を漏らす。
「……信じてくれるなら、もう、いいです。というか、自分でも言うのも変ですけど、よく信じれますね。いや、もちろん信じてくれるのは嬉しいですし、そうじゃないと話が進まないんですけど」
ユズの言うことにも、一理ある。
いくら死んだとはいえ、神が目の前に現れるなんてことはそう簡単に信じられることではないだろう。
それ以前に、普通の人なら神の存在を信じたりはしないし、自分が死んだことすら夢か何かだと思ってしまうのではないだろうか。
でも――少なくともぼくは違う。
何故なら――普通の人ではないから。
「ほら、ぼくって結構アニメとか好きだし。死んだことで神さまと出会うなんてことも、あってもいいんじゃないかな。そういうアニメとかラノベも、何回か見たことあるよ」
「そ、そういうものですか……。死んでしまったと自覚している割には、幾ら何でも落ち着きすぎな気もしますが」
「そりゃあ、もちろんショックだよ。ぼくが買ったばかりのエロ本を、誰かに読まれてしまったらと思うと……恥ずかしすぎていたたまれないよ。でも慌てたり叫んだりしたところで、どうにもならないでしょ」
「……冷静ですね。確かに、その通りなんですけど」
死ぬなら、せめてぼくのお宝を持って来たかった。
だけどそんなことは無理なのだろうし、死んでしまった以上、またあっちの世界に戻ることもできないだろう。
「単刀直入に言いますね。雷夢杏さん――あなたを、異世界に転生させたいと思います」
唐突に発せられた、その言葉は。
既に予想はできていて、ぼくも少なからず望んでいたことだった。
「……異世界転生ってやつ?」
「そうなりますね。杏さんを生き返らせて元の世界に戻すことはさすがにできませんので、異世界へ転生させる形で、また生き続けることができるようになります」
――異世界転生。
ライトノベルなどでは、割とよくある導入だ。
二次元だから当然と言えば当然だが、異世界の住人は基本的に可愛い子ばかり。
そういう状況に、憧れないわけがない。
いつかはぼくも異世界に行って、可愛い女の子とイチャイチャするのを夢見たりもした。
だが、まさかこんなに突然その日がやって来るなんて。
「でも、何でぼくなの?」
単純に疑問に思ったことを、ユズに問いかけてみる。
地球は大きい。世界は広い。人間は多い。
毎日、どこかで誰かが生まれ、どこかの誰かは死ぬ。
もしや、死亡した人は全員、異世界へと転生しているのだろうか。
それだけで半端ない人数になるし、さすがに有り得ないとも思う。
だとしたら、ぼくだけが異世界に転生する権利を与えられるという理由も気になってしまう。
すると、ユズはぼくの目を見据えて答える。
「杏さんが――親切な人だからです。杏さんが――勇敢な人だからです」
「親切……? 勇敢……?」
ユズの答えを聞いても、どうにも得心がいかない。
その二つの単語は、ぼくと正反対なようにも思えた。
「はい。見てました、杏さんが女の子を助けようとしているところを。杏さんにとっては赤の他人なのにも拘わらず、果敢に庇ってましたよね。その結果、杏さんが代わりに轢かれて。おかげで、あの女の子は無事でしたけど……他人を庇って死ぬなんて、可哀想です。だから、わたしは杏さんを放っておくことができませんでした」
死ぬ直前の、あの出来事のことを言っているのか。
ぼく自身、不思議なのだ。主人公のような自己犠牲精神など、ぼくは持ち合わせてはいないはずなのに。
と、そこまで考えて、ぼくは思い出す。
思い出した結果、ぼくは一つの結論に至った。
「……あー。そういや、あの女の子が凄く可愛かったんだ」
「……へ?」
「見た感じまだ十三歳か十四歳くらいだったし、これからどんどん成長して可愛くなっていくんだろうなー……って想像したら、さ。こんなところで事故死するのは勿体ないって、つい女の子を庇っちゃった」
「え、いや、え? そんなの、女好きにも程があるじゃないですか……っ」
「ん? だって、可愛い女の子は宝でしょ?」
「……もう、言葉もありませんよ……」
何やら、ユズは嘆息して項垂れる。
どうしたのだろう。ぼく、何か変なこと言ったかな。
「……今更嘆いていても仕方ありませんし、そろそろ異世界に転生させますね。いいですか?」
「うんっ、もちろんだよ」
「何でそんなに嬉しそうなんですか……」
半眼で呟き、ユズはぼくの目の前に立つ。
そして、ぼくの両手を掴み、瞑目した。
次の瞬間、ぼくの視界が淡い光に包まれて。
特に何も考える暇がなく、意識を手放した。
体に伝わった痛みは本物で、夢や妄想などとは到底思えない。
なのに、何故かぼくの目は開く。
なのに、何故かぼくの手足は動く。
その事実に訝りながらも、ぼくは顔を動かして辺りを見回す。
が、ここがどこなのか分かるような情報は、何一つとして存在していなかった。
いや、そもそもこの空間には何もない。
周囲はどこまでも漆黒が続いていくばかりで、そんなところにポツンと置かれた椅子に、いつの間にかぼくが座っているのだ。
ああ……そうか。やっぱり、ぼくは死んだのか。
きっと、ここは死後の世界ってやつなのだろう。
悔いがあるとしたら、せっかく買ったエロ本を読むことができなかったことか。
しかも、ぼくの遺体に気づいた人に、ぼくが所持していた本を読まれてしまう可能性もあるわけで。
そんなの、あまりにも恥ずかしすぎる。ぼくの性癖がバレてしまうじゃないか。
更に言うと、ぼくは見知らぬ少女を庇って死んだ。
つまり、あの女の子がぼくのエロ本を読むこともあるかもしれない。
見た感じ中学生くらいだったし、あんなに過激なものはまだ早い。お兄さんはそんなこと許しません。
などと、頭を抱えて悩んでいたら。
「あ、あの……大丈夫ですか? 何をそんなに悶えているんですか?」
不意に、そんな可愛らしい声が聞こえて。
ぼくは顔を上げ、前を見る。
さっきまで何もなかったはずのそこには、一人の少女が椅子に座っていた。
ほぼ闇しかないこの空間で靡く、黄金の長髪。
くりっとした大きな双眸や座っていても分かるほど小柄な体躯、更に凹凸の全くない胸部……明らかに幼女だ。
ぼくの目測だと、おそらくAカップ。身長は、大体百四十前半といったところか。
二次元だけでなくリアルの女の子も好きなので、胸のサイズや身長くらいなら見ただけで概ね分かるようになってしまった。
これも、愛が成せる業だね。
「いや、何でもないよ。ところで、君は誰なんだ?」
「あ、わたしですか。わたしは、ユズ――神です」
「……へー」
「へーって何ですかっ!? もっと驚いたり、こう……他に何かあるじゃないですか!」
いや、そう言われても。
いきなり神だとか告げられて、それであっさり信じるほうがおかしいと思う。
「あー、大丈夫だよ、困惑はしてるから。まさか、電波系の女の子だとは思わなくて」
「そういうリアクションが欲しいんじゃありませんよ! 電波系って言わないでくださいっ」
真っ赤な顔で、がなり立てる幼女神(笑)。
ここは乗ってあげるのが優しさだろう。
「分かった分かった、神さまなんだね。わーすごいなー」
「棒読みじゃないですか! いいですよ、それなら信じるしかできなくしてあげます」
コホン、と咳払いをし、ユズと名乗った幼女神(笑)は再び口を開く。
「ええっと――雷夢杏さん。年齢は十六歳、身長は百六十七、体重は五十六、血液型はB型。生物学的には当然男性ですが、少し童顔な上に可愛らしい顔立ちをしているので、女だと見間違えられたこともある……合ってますよね?」
「こわっ……ストーカーなの?」
「違いますよっ! んあぁぁあぁああぁぁッ! 一体どうやったら信じてくれるんですかぁっ!」
ユズは頭を掻きむしりながら立ち上がり、天に向かって全力で叫ぶ。
とはいえ、こんなところに天地という概念すらあるのか定かじゃないけど。
ユズが発したぼくの情報は、全て正確だ。どれも、嘘偽りないぼくの真実である。
本当にストーカーじゃないなら、ここまで詳しいプロフィールを把握できているユズは神だとしか思えない。
まあそもそも、車に轢かれた後にこんな謎の空間で目を覚ましたのだから、ここが死後の世界であることは多分間違いない。
しかし、死んだ本人であるぼくはともかく、もう一人いるのはおかしい。
その人が、神とかじゃなければ。
「で、そんな神さまが、ぼくに何の用なの?」
「……はぁ……はぁ……やっと信じてくれるんですか……?」
「うん。別に、最初からあんまり疑ってないし」
「んなぁ……っ!? じゃ、じゃあ何で……?」
「だって、ユズの反応が面白くてちょっと可愛かったから」
「…………」
ぼくの言葉に、ユズは赤面した顔でぼくを睨む。どうやら、めちゃくちゃ怒っているらしい。
でも正直なところ、可愛いだけで怖くはなかった。
ぼくが苦笑で誤魔化すと、ユズは諦めたように溜息を漏らす。
「……信じてくれるなら、もう、いいです。というか、自分でも言うのも変ですけど、よく信じれますね。いや、もちろん信じてくれるのは嬉しいですし、そうじゃないと話が進まないんですけど」
ユズの言うことにも、一理ある。
いくら死んだとはいえ、神が目の前に現れるなんてことはそう簡単に信じられることではないだろう。
それ以前に、普通の人なら神の存在を信じたりはしないし、自分が死んだことすら夢か何かだと思ってしまうのではないだろうか。
でも――少なくともぼくは違う。
何故なら――普通の人ではないから。
「ほら、ぼくって結構アニメとか好きだし。死んだことで神さまと出会うなんてことも、あってもいいんじゃないかな。そういうアニメとかラノベも、何回か見たことあるよ」
「そ、そういうものですか……。死んでしまったと自覚している割には、幾ら何でも落ち着きすぎな気もしますが」
「そりゃあ、もちろんショックだよ。ぼくが買ったばかりのエロ本を、誰かに読まれてしまったらと思うと……恥ずかしすぎていたたまれないよ。でも慌てたり叫んだりしたところで、どうにもならないでしょ」
「……冷静ですね。確かに、その通りなんですけど」
死ぬなら、せめてぼくのお宝を持って来たかった。
だけどそんなことは無理なのだろうし、死んでしまった以上、またあっちの世界に戻ることもできないだろう。
「単刀直入に言いますね。雷夢杏さん――あなたを、異世界に転生させたいと思います」
唐突に発せられた、その言葉は。
既に予想はできていて、ぼくも少なからず望んでいたことだった。
「……異世界転生ってやつ?」
「そうなりますね。杏さんを生き返らせて元の世界に戻すことはさすがにできませんので、異世界へ転生させる形で、また生き続けることができるようになります」
――異世界転生。
ライトノベルなどでは、割とよくある導入だ。
二次元だから当然と言えば当然だが、異世界の住人は基本的に可愛い子ばかり。
そういう状況に、憧れないわけがない。
いつかはぼくも異世界に行って、可愛い女の子とイチャイチャするのを夢見たりもした。
だが、まさかこんなに突然その日がやって来るなんて。
「でも、何でぼくなの?」
単純に疑問に思ったことを、ユズに問いかけてみる。
地球は大きい。世界は広い。人間は多い。
毎日、どこかで誰かが生まれ、どこかの誰かは死ぬ。
もしや、死亡した人は全員、異世界へと転生しているのだろうか。
それだけで半端ない人数になるし、さすがに有り得ないとも思う。
だとしたら、ぼくだけが異世界に転生する権利を与えられるという理由も気になってしまう。
すると、ユズはぼくの目を見据えて答える。
「杏さんが――親切な人だからです。杏さんが――勇敢な人だからです」
「親切……? 勇敢……?」
ユズの答えを聞いても、どうにも得心がいかない。
その二つの単語は、ぼくと正反対なようにも思えた。
「はい。見てました、杏さんが女の子を助けようとしているところを。杏さんにとっては赤の他人なのにも拘わらず、果敢に庇ってましたよね。その結果、杏さんが代わりに轢かれて。おかげで、あの女の子は無事でしたけど……他人を庇って死ぬなんて、可哀想です。だから、わたしは杏さんを放っておくことができませんでした」
死ぬ直前の、あの出来事のことを言っているのか。
ぼく自身、不思議なのだ。主人公のような自己犠牲精神など、ぼくは持ち合わせてはいないはずなのに。
と、そこまで考えて、ぼくは思い出す。
思い出した結果、ぼくは一つの結論に至った。
「……あー。そういや、あの女の子が凄く可愛かったんだ」
「……へ?」
「見た感じまだ十三歳か十四歳くらいだったし、これからどんどん成長して可愛くなっていくんだろうなー……って想像したら、さ。こんなところで事故死するのは勿体ないって、つい女の子を庇っちゃった」
「え、いや、え? そんなの、女好きにも程があるじゃないですか……っ」
「ん? だって、可愛い女の子は宝でしょ?」
「……もう、言葉もありませんよ……」
何やら、ユズは嘆息して項垂れる。
どうしたのだろう。ぼく、何か変なこと言ったかな。
「……今更嘆いていても仕方ありませんし、そろそろ異世界に転生させますね。いいですか?」
「うんっ、もちろんだよ」
「何でそんなに嬉しそうなんですか……」
半眼で呟き、ユズはぼくの目の前に立つ。
そして、ぼくの両手を掴み、瞑目した。
次の瞬間、ぼくの視界が淡い光に包まれて。
特に何も考える暇がなく、意識を手放した。
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