現実逃避から始まるメンヘラ狂騒曲

片山樹

10

 「ねぇ、どういう意味なのかな? それは?」
 美穂の声が明らかに暗い。今にも猫の如く飛びかかってきそうなぐらいである。
 殺人が起きてもおかしくないかも。

 この雰囲気をどうにかしなければ。

 「将来の仲を約束したってのはちょっとした言葉の文なんだ。実際にはそんなことは一切合切無いぞ」

 「ふぅ〜ん。どうだか……ふんっ」
 鼻を鳴らして、顔を俺から背ける。その姿は浮気をした男が女から逃げられたみたいな感じだ。


 「や、やめろぉ! 行かないでくれぇ〜」


 「ってか、そのさ。あなたは別に何も思わないわけ? 私と悠斗が二人っきりで、それもラブラブで、イチャイチャでファミレスに行ってきたこととか」
 皮肉にもそんな言葉を先輩にかける、美穂。

 口調がいつもと違う気がするが、いいだろう。
 彼女も切羽詰まって変な感じになっているのだろう。
 一人で納得していると、先輩が言った。
 というか店内でラブラブでイチャイチャな展開とか無かった気がするんだが。

 「はい。別になんとも思っていませんよ。だって、悠斗君と私は結ばれる運命ですから。それに私は悠斗君がいつか私へ愛を向けてくれればいいだけですから」

 なに、この先輩? 神様ですか?
 あまりにも寛容過ぎるだろ。詐欺とかに引っ掛かりそうでもう俺は心配です。

 「えっ? 何それ? ってことは私が悠斗とあんなことやこんなことをやっても別にいいってわけ?」

 美穂は動揺しているのか口調が荒かった。そのまま色々と口走ってしまいそうだ。

 「あんなこととはなんでしょうか?」
 先輩が素で首を傾げた。そうなのだ。先輩は無垢なのだ。何も知らないのだ。性知識を知らずに生きてきたのだ。

 赤ちゃんがどうやって生まれるの、と尋ねたらコウノトリが運んでくれたとかキスをしたらできたとかそんな純真無垢な心の持ち主なのである。
 そんな彼女を汚す事は断じて出来ない!

 「だから、そのあれよ。あれ。その……セから始まって、スで終わるやつよ。男が好きな! ほらっ、言ってみなさいよ」

 本当に美穂は先輩に何を言わせるつもりなのだろう。
こんな純真無垢で汚れを知らない美人な先輩に。
 注意をしておくべきか。いや、だが先輩の口からあの言葉を言わせるというのも悪くない。
 辱められる先輩というのも悪くない。

 『ほらほら、セから始まって、スで終わるあれを答えてみろ!』

 『えぇー。言えませんわぁ〜。ほら、良いから答えろ。答えたら、ご褒美をやろう!』 

 『せ、せ……せっ……い、言えませんわぁ〜!』

 『言えない奴にはお仕置きが必要だな!』 
 ということがあったりなかったり。こんなプレイも悪くない。

 って、俺は何を妄想してんだ。それもこんな先輩で妄想するとは。それにあんな喋り方では無いはずだ、先輩は。妄想って怖いなぁ〜。本当に。

 そんな俺の妄想タイムの間に先輩は何回も首を傾げたり、うぅ〜んと唸ったりしていた。
 ようやく答えが出たのか、手を上品にポンと叩き、答えた。突然花が出現したり、鳩が飛んだりはしなかった。どうやら手品ではなかったようである。

 「セールスですね! 私も大好きですよ! セールス! 安くなりますからね」

 俺と美穂は何も答えることはできなかった。

 でもこれであることが証明された。

 先輩は汚れを知らない可愛い女の子である。

 「もう、いいわよ。なんか、ごめんなさい」
 美穂が先輩に呆れを通り越して尊敬の眼差しを向けていた。すげぇーよ、先輩。

 「いえいえ、そんなに下げなくても。顔をあげてくださいまし」
 純真無垢な先輩は少しだけ怖いと感じてしまいました。無知って怖いな。

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