現実逃避から始まるメンヘラ狂騒曲

片山樹

5

「夕飯どうする?」
 これはゲームを終え、リビングへと戻り、二人揃って夕方のニュースを見て一段落着いている時に話した最初の言葉。

「適当に……」
 どうやら他人任せらしい。
こういう時は女の子というものは女子力発揮よ、という感じで手料理を作ってくれるはずなのだが、彼女に限ってはそんなことは無かった。
冷蔵庫と戸棚をとりあえず確認し材料を無いことを分かった状態でもう一度美穂に尋ねる。

「夕飯どうする?」

「私が作るよ!」
 どうやら2回目は作る気満々らしい。
俺の心の声でも聞こえていたのか。
それとも中身に何も無いことを察してそんなことを言っているのだろうか。
でも。

「残念なことに材料は無いぞ。すっからかんだ。あるのはジュースと缶ビール(母親のもの)ぐらいだ。まぁーそうだな。今日は美穂が俺の家に来たお祝いだ。パァーっと、どこかに食べに行こうぜ!」

「パァーっとどこかにってどこ?」
 テレビから視線を変え、こちらを見る。

「そうだな。ファミレスとか?」
 適当に思いついたことを口走る。

「いいよ! ファミレス行こっ!?」
 こうして俺と美穂の夕飯は決まったのであった。
案外思ったことはすぐに口に出すべきだ。

「ここからファミレスってどのくらい?」

「うーん。30分ぐらいだな。歩きで」

「えぇーそんなにかかるの!?」

「まぁーここは田舎だし。しょうがないよ」

「えぇー。サンダルしか持ってきてないから足痛くて歩けないよぉ〜」

「そうだな……ちょっと待ってろ。すぐに戻ってくるから」

 家の納屋に収納していた錆びた自転車を取り出す。
高校に入って以来、全く使っていないのでサドルに埃かゴミか分からない何かがかなりついている。
タオルを濡らして、自転車を拭く。
後ろの荷台置きも拭いておいた。
これで二人乗りができそうだ。
流石に前に乗ろうとはしないと思うが、一応籠の所も拭いておいた。

「おーい! みほー!? 行くぞぉー! ファミレス!」
 玄関を開け、リビングにいる美穂に声をかける。

「あ、ドア全部閉めてるか確認してくれぇー」
 ペタペタペタ。ペタペタペタ。
美穂の足音が聞こえる。
分かったという意味なのだろうか。
ペタペタという音がこちらに近づいてくる。
玄関の真正面にある部屋のドアが開いた。

「おまたせぇー」と言うと驚いた表情をし、目を丸くして「あぁー!? ママチャリさんだ!」とサンダルを履く。俺は鍵をポケットから取り、鍵を閉める。
美穂は初めて自転車を見た子供の様に興味津々でママチャリを前から後ろから横から眺めていた。
そしてサドルに跨る。

「よしっ!? 行くよ! ゆうとぉ! 出発だァァァーー!」そう言って彼女は左手をえいえいオー的に、夏という事でまだ沈んでいない夕日を殴るかの様に、手を上に向けた。

「ほら、じゃあー行こうぜ」
 後ろに跨がる。ケツが少し痛いがこれぐらいなら大丈夫だろう。

「す、進まないよ。ゆうとぉ〜」
美穂が後ろを振り向く。涙目だった。

「やれやれ」

「選手交代だな」
 美穂の肩に触れ、荷物台から降りる。
ビクッと身体が動いた。

「ヤダ」
 美穂がペダルを漕ぐ。車輪が動き出す。
クルクルクルクルクルクルドテっ、バタン!?
自転車が倒れた。

「あ、あのさ……美穂。もしかして自転車乗れないだろ?」
 顔を真っ赤にした美穂は言う。

「の、乗れるもん!?」

「いや、確かに乗れたかもしれない。だけどな、世間一般的に自転車を漕いで前に進まないと(これでは美穂は自転車に乗れるということになってしまう)。ま、とにかく、美穂は自転車には乗れない」

「いや、さっき乗れてたじゃん! 漕いでたじゃん!」

「はいはい、わかったよ。ファミレスまで足を付かずに行けたら自転車に乗れると認めるよ」

「ふふっん! それぐらい容易いことだ!」
 自転車をまた漕ぎ始める。
しかし、クルクルクルクルクルクルクルクルバタン!?
結果は同じだった。

「いててっ……いたいよぉ。ゆうとぉ〜」

「自業自得だ。全て美穂が悪い。血は出てないけど大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫」
 美穂が視線を俺から逸らす。
少し彼女の顔が赤くなっている気もする。

「や、優しいね。やっぱり悠斗は」

「そうか? 普通だろ。こんなこと」

「いや、優しいよ。悠斗は。昔からずっと」

 遠い目をして美穂が言う。
全く思い出せない。

「ほら、美穂。代われよ。俺が漕ぐから」

「で、でも……」

「今度自転車の練習一緒にするからさ」

「う、うん! 絶対だよ! 約束だよ!」

「あぁー勿論」
 サドルに跨がる。
荷台に美穂が座り、漸く出発だ。


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 なぜ、こんなことになってしまったのか。
俺はそんな呑気なことを考えていた。
ズボンを脱がされているというのに。
今から俺の守り抜いてきた貞操を奪われるかもしれないというのに。だが、もう奪われることに変わりはないさ。ある人に俺の初めては捧げると誓っていたのに。


――桐桜キリサクラ先輩。
 ごめんなさい。

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