魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

冒険者組合

イチャイチャデートの翌日。二人は街の中心部にある建物を訪れていた。四階建ての煉瓦造りの大きな建物でその入り口からは鎧を着た人や杖とローブを持った人など、様々な格好の人々が出入りしている。その入り口には大きな看板で『冒険者組合エルネ支部』と書かれていた。

内部は酒場の様になっており、昼間からガバガバとお酒を飲んでいる人達が多くいる。奥の方には受付が十人いるカウンターと横には様々な紙が貼られた巨大なボードがある。

想像通りの雰囲気で弥一は昨日の宿よりわくわくが止まらない。ラノベ好きの弥一としてはこの世界に来てから一度は行ってみたいと考えていたので今とても満足した気分だ。そのまま弥一とセナは酒場を通り過ぎカウンターに向かおうとすると、顔を赤くし酔っ払った雰囲気の男達に阻まれた。

「おい兄ちゃん随分と可愛い彼女連れてるじゃないか」
「俺らと一杯どうよ?なに俺たちはそれなりの冒険者だ、金ならあるぜ」
「一杯ついでくれよ」

まさしくテンプレ展開に弥一はおお、とよりテンションが上がる。しかし今回はそんな状況を楽しんでるわけにはいかないので断っておく。それに男達のセナに対する下心が見え透いてるので承諾するわけにはいかない。

「すみませんが急いでるので」

そう言って男達の横を通り過ぎようとするが、男がセナの腕を掴もうと手を伸ばし。

「まぁまぁそんなこと言わず・・・」

と引き止めようとした瞬間男が瞬間移動のように消え、次には奥の壁から物凄い音がする。

爆音のした方の壁を見ると男が壁に埋まっていた。そして先程まで男がいた場所にはセナを庇うように立ち拳を突き出した状態の弥一がいた。

取りまきの男達は男が瞬時に消えて奥の壁に顔からめり込んで釘のように刺さっている光景を見て何も出来ず呆然とする。酒を飲みながら今の一連の流れを見ていた周りの人達も何が起きた、と言った表情だ。

「俺の嫁に触れるな」

そう言って弥一は少し怒った表情で取りまきの男を睨む。弥一はセナの事になると物事に敏感に反応してしまう。旦那は嫁に対して意外と独占欲が強いのだ。

呆然としていた男達が弥一の視線でハッとなり拳を構え酒に酔って真っ赤な顔をさらに真っ赤にして弥一を怒鳴りつける。

「てめぇ!何しやがる!!」
「よくもロンデルを!!」

男達はすぐさま弥一に殴りかかろうとするが今度はセナが弥一の前に立ち右手を突き出す。

「【風弾】」

「ぐぼっぁ!」
「げふっ!」

威力を抑えられた風の弾が男達の腹に直撃し吹き飛ばす。男三人仲良く一列で壁のオブジェクトとなった。

「私の旦那に手を出すな」

旦那も旦那なら嫁も嫁である。嫁は旦那に対して独占欲が強いのだ。

「な、なにがおきた・・・!?」
「あの男ロンデルを一撃で仕留めただと!?しかも見えなかった」
「いやそれよりあの女の子、詠唱したか・・・?」
「事前に詠唱して魔法を待機させてたのか・・・?」
「そんなバカな!?魔法の待機なんて高等技術、第八階梯の魔法使いの冒険者並だぞ!?」
「奴ら一体何者だよ・・・」

周りで見ていた人たちは弥一とセナが起こした光景に考察を立てている。周りがザワザワと騒ぎ始めると奥のカウンターから受付の女性が駆け寄ってくる。

「何事ですか!?」

「そこの男達が俺の嫁に手を出そうとしたんだ」
「そこの男達が私の旦那に手を出そうとしたから」

「え?・・・きゃぁあああ!!ロンデルさん!?」

壁に埋まったロンデル達はを見て悲鳴を上げる。それから他の職員も駆け付けてロンデル達を壁から引っこ抜く。三人とも完全に気絶しており鼻から血を出して白目を剥いている。弥一達はその場で事情聴取を受けたので、嫁が(旦那が)手を出されそうになったからと説明すると怪しむ様な目を向けられるが、周りの証言とロンデル達が酒を飲んで酔っ払っていたこともあってか一応容疑は免れた。過剰防衛な気もしないが夫婦の愛はこれくらいでは収まらないのである。

そして弥一はここに来た目的である冒険者登録について話す。

「冒険者登録ですね。わかりました、それでは先に書類に記入をお願いします。」

「あ、そういえばこれを登録の際渡すよに言われてたんだった」

ポケットからリカードからもらった推薦状を渡す。冒険者登録をする際、他の冒険者が推薦状を出してその登録者を推薦するシステムがあるので受付の女性は慣れた手つきで受け取る。

「はい、推薦状ですね。えっと推薦者はリカード・アイヤード・・・リカード・アイヤード!?」

推薦状の表に書かれた名前を見て受付の女性は驚愕の声を上げる。その名前を聞いた周りの人達も驚愕の声をあげて辺りが騒がしくなる。

「えっと、どうしたんです?」

「どうしたもこうしたも推薦者があの『紅翠の拳神』リカード・アイヤード様ですよ!?あなた一体アイヤード様とどういった関係なんです!?」

「どうって、嫁のお父さんだけど」

「よ、嫁のお父さん・・・?」

そういって弥一の横にいるセナを見る。セナはその視線を受けて頷く。

「うん。リカード・アイヤードは私の父」

その言葉にもう何度目になるかわからない驚愕の表情で顎をカクンと開く。しばらくそうしていると受付嬢は思い出したように、手紙を開き内容を確認する。

「ほ、本物のアイヤード様直筆のサインですね。そして推薦内容は『ヤイチ・ヒイヅキは我、リカード・アイヤードとの決闘で勝利したため冒険者に推薦する』・・・えぇえええええええええええーーーーー!!!」

誰もが推薦状の内容を見て驚愕を通り越して呆れた表情になる。『紅翠の拳神』リカード・アイヤードは冒険者の中で最高ランクの第八階梯の冒険者だった。セナが産まれたことでリカードは冒険者を引退したが、現役時代は魔王軍との戦争で多くの功績を上げ、王国内では『蒼銀の剣神』、『碧撃の弓神』、『炎夜の槍神』、『紅翠の拳神』と呼ばれる剣、弓、槍、拳の武術師の頂点に立つ『四天武神』の一人として名を馳せている。

そんな世界最強の一人であるリカードに決闘で勝利した事に誰も脳内処理が追いつかない。リカードはかなり強かったがまさか世界最強の拳闘師だったのか、と思い驚きと同時に納得もする。それくらいあの時のリカードは強かったのだ。

すると周りの人達もようやく処理が追いついたのか冒険者組合内部が騒がしくなる。

「まじかあの紅翠の拳神様を倒しただと・・・!?」
「女の子は凄腕の魔法使いで男は拳神に勝ったとか、一体何者なんだあの二人」
「おい待てお前ら、今はそこが重要じゃない。重要なのはあんな可愛い子が嫁ということだけだ・・・」
「ああ、どうやって妬み殺してやろうか・・、、!」
「そんなことやってるからあんた達はモテないのよ」
「「なにを!!」」


それぞれが思い思いに言葉をもらす。驚愕と尊敬、畏怖の眼差しが二人を襲う。もっともその中にはセナという美少女が嫁という事実に対する嫉妬や怨嗟の視線はここでも起きた。

受付嬢はようやく復帰して慌てた様子で手元の書類を渡す。

「こ、この手紙は私だけで済ますのはまずいので直ぐに組合長をよんで来ます!その間にお二人はその書類に必要事項のご記入を!!」

そう言って受付嬢はすぐさま階段を駆け上がっていく。それを見送った二人は近くのテーブルに座って、書類に記入をしていく。ここでは名前、性別、職業のたった三つである。この際、職業が魔法使いだったら契約精霊も書く。弥一はこの時職業をどうするか悩んだ。この世界にはない《魔術師》という職業は目立つ。なので弥一は職業欄に《魔法師》と書いておく。
幸い手紙には弥一が魔術師とは書かれていなかったので誤魔化せる。

しかしセナは違った。セナの職業は職業は《精霊神》であるためこんな職業を書いては大変な事になる。だからと言って魔法使いではない職業を書いても、先程魔法を使ってロンデルの取り巻きを吹き飛ばしたばかりであるため誤魔化せない。なので職業欄には弥一と同じく《魔法師》と書く。
契約精霊は全属性を司る精霊神マーダーを体内に宿しているので、精霊神マーダーと契約している状態だ。
そのため全ての属性が使えるので流石にこれは誤魔化せる気がしないので素直に全属性の精霊を書いて、精霊のランクは全て最上級にしておく。

こうして夫婦二人して正直に職業を書いていない書類が完成したところで、受付嬢が階段を物凄い勢いで降って走ってくる。ゼェ、ゼェと肩で息をしながら走り寄って来る女性を見て弥一は軽く頬を引きつらせて少し後ずさる。

受付嬢は荒い呼吸を整えると改めて二人の前に立ち、組合長の伝言を伝える。

「お二人は直ぐに四階の組合長室に行ってください。そこで組合長からお話があるそうです」

二人は若干面倒だな〜と思いつつ四階の組合長室に向かって歩き出した。




「「失礼しまーす」」

組合長室を訪れた二人は挨拶をして部屋に入る。部屋は全体的にシンプルで必要最低限といったような感じだが、一つ一つが丁寧な作りの家具なのでシンプルながらも豪華な印象を与える。部屋の奥には立派なデスクが置かれその椅子には二十代くらいの若い男が座っていた。

「やぁ、いらっしゃい。」

男は気くさな笑顔で手を上げる。長い碧色の髪を後ろで束ねている。顔はとても整っていて柔らかく微笑んだ顔は誰もを魅了するような美系の青年だ。
しかしそれだけではない。柔らかく微笑んだ目は今もなお鋭く弥一を観察している。その目に宿る芯に思わず弥一は感心する。

やがて観察を終えたのかその鋭い視線が消え、男は話しかけてくる。

「立ち話もなんだから座るといい」

そう言って男は立ち上がりデスクの前のソファーに座る。二人もそれにならって正面のテーブルを挟んで反対側のソファーに並んで座る。するとそれを見計らってか、職員の女性が紅茶を持って来る。そして職員の女性が出て行くと男が口を開く。

「初めましてヤイチ・ヒイヅキ君、セナ・アイヤードさん。僕はここ冒険者組合エルネ支部の組合長、ビルファ・クライトだ。君達の事はリカードの手紙から聞いている。まさかあいつが負けるとはな。驚きだよ」

男、ビルファはそう言って楽しそうに笑う。リカードと親しい関係らしく、今この場にいないリカードをからかっているように見える。

「クライトさんとリカードさんは随分と仲がよろしいようですね」

「あいつとは昔、同じ戦場で戦った仲だからね。あいつの強さは俺が、いや、俺たちがよく知ってる。しかしそのリカードが負けるとは本当に驚きだよ。弥一君でいいかい?君は一体何者なんだい?」

「そうですね・・・話してもいいでがこの事は他言無用でお願いします」

「わかった。君の話を聞こうじゃないか」

弥一はリカードに説明したようにこれまでの経緯と正体を明かす。説明を聞いていくうちにビルファは驚愕から納得したような表情になる。そして【世界六大迷宮】についての話になるとビルファは一番の驚きを見せる。

「まさか迷宮にそんな秘密があったなんて・・・それに君は先月召喚された勇者だったのか。しかし《魔術師》というのは聞いたことがない。その魔術とやらでリカードをたおしたのかい?」

「倒したとは言っても結構ギリギリでしたけどね。」

「それでもあのリカードを倒した事は事実だ。それは誇るべきものだ。これほどの人物なら冒険者登録も問題なくクリアできるだろう」

「そういえば、冒険者登録はどうやったらできるんですか?」

肝心なことを聞いていなかったと思いビルファに質問する。

「冒険者登録をするためには組合側が用意した冒険者と試合をしてもらって、そこでどれ程の力量があるかを見定めるんだ。この時推薦状があればそれを基準に対戦相手を決める。どうだい?簡単だろ」

推薦状は冒険者の中でも上位のものしか書くことができない。そのため推薦を受けた冒険者登録者は試合でもそれなりの相手と戦うことになる。

「ええ、そうですね。それで俺達はいつ頃試合ができますか?」

「セナさんは午後から試合をしよう。ちょうど昼頃に第七階梯の魔法使いパーティーが帰って来るから、その中の誰かと試合をしてもらう。そして弥一君は今から試合をしよう。準備はできているかい?」

突然の試合に弥一は驚いてしまう。てっきり自分も午後からの魔法使いパーティーと戦うのだと思っていたのだ。

「え、ええ。準備は出来てますけど、そんな簡単に試合の相手はいるんですか?」

「いいや。君はリカードを倒したからね、そこらの冒険者じゃ試合にならないだからーー」



「ーー僕が相手になろう」



強烈な鋭い殺気。荒々しく暴力的な殺気ではなく、鷹のような鋭い視線で荒々しくぉ洗礼された殺気が弥一を貫くように突き刺さる。

殺気が突き刺さると同時に瞬時にその場から飛び退く。遅れてセナも弥一の横に着地してお互いに戦闘態勢になる。弥一はバクバクと激しくなる心音を聞きながら既視感を覚える。

殺気の種類にどことなく既視感を感じる。あの時とは少し違い鋭い殺気だが身に覚えがある。そうそれはあの時のリカードと同じ。

「あんたただの組合長じゃないな。一体なにもんだよ」

弥一から出たのはバクバクと激しくなる心臓を隠した挑発気味に言葉。
ビルファはそのまま言葉を漏らす。

「改めて名乗ろう。僕は冒険者組合エルネ支部組合長、そしてーー」


「ーー『四天武神』が一人。『碧撃へきげきの弓神』ビルファ・クライト」





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コメント

  • ノベルバユーザー67098

    これからも頑張ってください!

    7
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