鱶澤くんのトランス!

とびらの

アホとアホ鮫団とモモチ

 夏だ! 太陽だ! 海だ! ウサギだー!!

「やっほう皆の衆、おはようっ! さぁ行こうか!」

 と、のっけからテンション高い俺。とはいえ実は、まだ海もウサギもそこにはない。ただ朝っぱらからぎらぎら輝く太陽と、夏だけがそこにある。

 霞浦本駅、その手前のロータリー。すなわち地元の待ち合わせ場所だ。俺たちはこれから在来線、新幹線、フェリーと移動を重ねて、ウサギの島へいくのである。
 移動だけで六時間、乗り換えや食事休憩も入れて八時間になる長旅だ。少しでも長くウサギとふれあうため、少しでも早く現地入りしたいよな。

 さっそく駅構内へと向かう俺――ふと、静かすぎる反応に、気になって振り向く。
 そこに十五名の少年が、ずらりと並んでアホ面していた。
 言うまでも無くいつものメンツ、『青鮫団』一同である。男オンリーの旅行に全員来ちゃうのが俺たち『青鮫団』のイイトコロ。
 俺は首を傾げた。

「どーしたおまえら、ぼんやりして。早く行こうぜ」
「いや……なんつうか……」
「おじょーちゃん、誰?」

 エッ、と、そこで声を上げる俺。慌てて、大山と小川を振り返った。

「おい大山、小川! 俺、ちゃんと朝イチでメールしたよな! カゼひいたから、妹が代わりに行くって!」
「え……いや、……妹ちゃんじゃなくて、団長当人から連絡きたけど」
「なに、オレっ? 妹ちゃん、団長としゃべりかた一緒なんだな」

 慌てて手を振った。

「た、ただの言い間違いだ、ツッコムなよ。だからっ――ね? ほら……お兄ちゃんが言ってただろ……でしょ。俺、あ、あたし、が、お兄ちゃんの代わりに行くって」

 なんとなく、言葉遣いも女っぽくしてみる。それでも小川は苦笑した。

「それは聞いたけども、オレたち妹ちゃんの顔も名前もしらないもん。いきなり行くぞ野郎どもってやられても誰だかわかんないよ」
「あ、そうか。そうだな。こっちは知ってたから――お兄ちゃんからよく聞いてたから、すっかりトモダチみたいな気がしてたんだわ。ごめんなさぁい」

 なんとなく身体をくねらせてみる。
 それだけで、男どもの表情が緩むのが見えた。ふ。単純な野郎どもめ。残念、中身は鱶澤くんだ!
 ……実は、自分自身ちょっとダメージ受けたけどな。

 本日の俺は、上から下までシノブコーディネートの女性服。ピンクのノースリーブシャツに白のデニムスカート、申し訳程度にヒールのついた、オレンジ色のサンダルだ。……TシャツとGパンでいいと言ったのだが……いわく「このあたしがそんなの着るわけないでしょ。クローゼットの中はフェミニンオンリーよ」だと。
 これでも、限界まで厳選し、ボーイッシュに努めたのである。

 しかし……自宅で着せられたときはまだ大丈夫だったけど、外に出たとたん、なんとも言えない違和感、罪悪感、羞恥心。まあ、仕方ない。今まで雌体化したときは家に引きこもり、身内相手にそのまんま男の言動でいたからな。気分はまるきりオカマか変態女装男だよ。

 別に、シノブのそっくりモノマネをする必要も無いんだけどな……。だってコイツらはみんなシノブを知らないんだし。要するに中身が鱶澤ワタルとバレなきゃいいわけで……キャラは素でも大丈夫だろ。
 まあ一応、一人称くらいは女のものに変えとこう。

 俺はクネクネぶりっこを即行でやめて、いつものように、胸を張った。

「どーもみなさんはじめまして、あたしは鱶澤の妹だ。今夜までよろしく」
「……今夜まで? 旅行は二泊三日で、解散は明後日の夕方だけど」
「だから言い間違いにいちいちツッコむんじゃねえっ! でもお兄ちゃん、もしカゼが治ったら一人でやってきて、夜のうちにあたしと入れ替わったりするかもね!」
「はあ……?」

「ていうか、そういう事情はトモダチじゃなく、幹事のおれに連絡してよね」

 無駄にハイテンションな俺に、冷や水を浴びせるような声。
 大男ぞろいの『青鮫団』で、ひょこっと毛色の違う、美少年――モモチだ。
 俺はなにか違和感を覚えながらも、モモチのほうへ向き直った。

「ごめんモモチ、人数かわらないからイイかなーっと思って」

 モモチは片方の眉を上げた。ものすごく不思議そうな顔……ん? なんか俺、変なこと言ったか? 
 聞き返す前に、モモチは自分の携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。

「もしもし、おばちゃん? ……突然すみません、今日の予約なんだけど……いや人数は変わらないんだけど、ひとり女の子を連れて行くことになったんだ。……うん、女湯と、彼女の部屋を用意しといて欲しい。急でごめん」

 あっ……そうか。そうだよな。

 一人の人間が別人になっても構わないが、性別が変わるとそうはいかない。
 小さなペンションだということで、俺たち十六人、三人部屋を五つで貸し切りにすると聞いていた。気心しれた男達ならむしろ楽しそうだが、紅一点が紛れこんじまったら……。
 電話を切ったモモチに、俺は素直に頭を下げた。

「ごめん……あの、お、じゃなくてあたし、行ってもいい……?」

 モモチは眉を寄せたまま、苦笑い。

「大丈夫、部屋人数を調整すればちゃんと空くから。でもこういうのはホント迷惑だから、もうやめろよな」
「ごめんなさい……」

 頷くしかない俺。
 なんだえらそーにモモチのくせに、という気持ちがなくもない。しかし全面的に俺のせいだもんな。お世話になる宿と幹事にはもちろん、メンバーにも、予定変更は連絡するべきだった。初対面の挨拶もちゃんとすればよかった。

 集団旅行のマナー違反、のっけからペケひとつ。反省。

 それにしても……モモチがこういう物言いをするのは、意外だった。
 なんか、初対面の女相手にしては気遣いがないというか、砕けすぎてるというか……ちょっとキャラが変わってない? 自分のことも前は『僕』っていってなかったっけ。

 え。なにこいつ、女の前だと話し方変わるのかよ。

 俺は軽く、モモチの本性に引きながらも、とりあえずおとなしく従う。
別に、こいつの人格がどんなんだって構わない。もともとトモダチでもなんでもないし。
 今日の旅行のお膳立てをしてくれたんだ、ウサギ島まで連れて行ってくれるならそれでいい。

 俺とモモチが話している間に、暇つぶしにいってたらしい、アイスクリームショップから仲間達が出てきた。
 買ったアイスをさっそく舐めながら、

「うるせえなこれが好きなんだよいいだろー」
「チョコレート風味の歯磨き粉」
「やめろっつってんだろ」
「チョコレート風味の歯磨き粉」
「うわあああやめろ、二度と食べられなくなるだろうが!」
「チョコレート風味の歯磨き粉」
「クソガキども、店先でやるな! 営業妨害だ!」
「ごめんなさーい」

「……なにやってんだあいつら」

 馬鹿じゃねーの、といいながら、笑ってしまう。いつもの『青鮫団』のノリである。

 ゲラゲラ笑う俺――視界の端に、モモチがいた。彼はその甘ったるい目を細め、わずかに眉をしかめて、俺の方をじっと見つめていた。

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