Spiral Labyrinth……螺旋の迷宮

ノベルバユーザー173744

里鶴夢りずむが事故に遭ってから、家族の生活は変わった。
家族の口数は減り、皆笑うことなく、リズのテーブルの椅子や、居間のソファで座っていた場所、そして、リズの部屋を見ることもなくなっていた。

リズは、あの日から昏睡状態が続き、一時は脳死寸前とまで言われていたのだ。
苦しみをお互い分かち合うすべも忘れ、家族は崩壊への道を進んでいく……。
ただ、それを繋ぎ止めているのが、眠ったままの眠り姫。

リズの部屋には音楽が流されている。

「リズ……パパが演奏した『ペール・ギュント』だよ。英玲奈えれなが『ソルウェイグの歌』を歌ったんだ」

今日は忙しい家族が集まり、見守る。
悠紀子ゆきこは、手を握り、はらはらと涙をこぼす。

「リズちゃん……ママよ。お目目開けてちょうだい。来週には又ツアーがあって……リズちゃんのお声が聞きたいわ」

入院して二月。
もう、季節も変わってきつつある。
骨折に全身打撲、頭部を強く打ち、後遺症の心配もある。
お金は家族で何とか出来る。
だが……リズの声が、存在が失われていくようで、家族は辛くて堪らなかった。

『ペール・ギュント』の曲が変わる。
『ソルウェイグの歌』である。

前奏が始まると、ぴくっと唇が動いた。

「リズ……?」

海音かいとが呟き、高飛たかとが耳を寄せると、

「……『ソ……ルウェイグの歌』」

とかすれた声。
そして、

「……『Der Winter mag scheiden……』」

とたどたどしく、歌い始める。

「リズちゃん!」
「しっ!お姉ちゃん」

蓮斗れんとはスマホを操作し、動画を撮影し、高飛が録音するため、リズの口に寄せる。
リズは英玲奈が歌っているドイツ語の歌詞をたどるように、ポツリポツリ口が動く。

「リズちゃん……上手よ?」

悠紀子は涙を流しながら、誉める。
すると、頬が緩み、ニコニコと笑う。

「リズ?疲れたんじゃないかな?大丈夫かい?」

憲広のりひろの声に睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。

「リズ!」
「……パ、パ……?」
「そ、そうだよ……ママやお兄ちゃん、お姉ちゃんも皆いるよ?」
「ママ……?」
「リズちゃん!ママのこと判る?」

まばたきをして、小さくうなずく。

「た、かと……おにいちゃん……お迎え……ごめ、ん」
「そんなことはいいんだ。リズが生きているだけで……おにいちゃんは……」
「か、いとおにいちゃん……も、蓮斗お、にいちゃんも、目の下にくま?体、だいじょぶ?」
「リズ……」
「お姉ちゃんの声、綺麗。歌音かのんお姉ちゃん?」

後で泣いていた歌音が、近づく。

「ここよ。リズちゃん」
「お姉ちゃん、大好き」
「お姉ちゃんも大好きよ」
「あ、そうだ!」

海音がナースコールを押した。
すぐに、

『はい!ナースルームです』
「妹が目を覚ましました。診ていただけますか?」
里鶴夢りずむちゃんがですか?解りました。先生にも連絡して、すぐに伺います』
「よろしくお願いいたします」



さほど時間がかかることもなく、主治医と看護師が姿を見せる。

「里鶴夢ちゃん。急にビックリしたでしょう?主治医の清水しみずです。よろしくお願いします。一応、小さい頃の里鶴夢ちゃんに会ったこともあったんだよ」
「……?」

まばたきをするリズに付き添いつつ、高飛が睨む。

「嘘つくな。馬鹿が。リズ。こいつは兄ちゃんの中学校の同級生だ。リズには会ってないぞ?」
「そうそう。残念だなぁ。こんなに可愛い妹だなんて」
「先生!里鶴夢ちゃんは目を覚ましたばかりです。ちゃんとなさってください!」

看護師に叱られ、診察を始めるが、リズは首をかしげる。
手足が思うように動かない。
母や姉二人を見上げ、

「ママ……変なの」
「リズちゃん。大丈夫よ?」
「首は動くけど……体、変……足、変……」

訴えるリズに、清水はリズを見つめる。

「里鶴夢ちゃん。家族の皆さんには伝えたけれど、君はこの病院に運ばれてきたとき、出血もそうだけれど全身の骨が折れていたんだよ」
「骨が……?」
「そう。それに、2ヶ月以上眠ったままだったんだ。筋力も落ちている。だから、リハビリに強ばってしまった体を柔らかくするマッサージにストレッチから始めなくてはいけないんだ」
「……蓮斗おにいちゃんみたいに?」
「それとはちょっと違うな。でも、頑張って筋力をつけて歩けるようになるまで頑張らないといけないね」

カルテに書き込みながら、答えるが、思い出したように、

「里鶴夢ちゃん。瞳のことだけど……コンタクトレンズは使わないようにね?」
「えっ!」
「事故の時に目に傷が出来ているんだ。だから、禁止です。眩しいものも目に負担になるから、先生に言われているって言って、普段からサングラスをかけてください。それと無茶はもう出来ない体だと理解しようね」

呆然とするリズに、申し訳なさそうに、

「普通の生活に戻るには、最低でも1年はかかると思うんだ。中学校は義務教育で卒業は出来ると思うけれど、高校は難しいと思う。それだけは伝えておくから……ごめんね。目が覚めたばかりなのに……」
「……」

瞳に涙を浮かべるが、小さく首を振る。

「が、んばります……」
「うん、お父さんやお母さんやおにいちゃんたちがいるから……頑張ろうね。でも、無理は禁物だよ?」



しばらくして、出ていった清水の背に、小声ですすり泣く幼い声が聞こえてきたのだった。

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